2006年03月04日(土) 子育て現場

変更作業を一人しこしこやってます。
どーでもいいんですが、一人当たりの作業量多すぎます。
ぼーーーーーーーーーーーーーっとしてる人間いればそれをつかえばいいのに。
でも、スキルはない、やる気もない、じゃ使い道もないか。
やられるだけ無駄。

明日は、お休み。
ゆっくり休めるといいなあ。

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一児の父親になり、いろいろな事件を目の当たりにして、やはり見方が変わっている。
なんとしても子供の安全を図らなければならない。
しかし、機械に頼ってもそれは無理。
奈良市の女児の事件も、犯人に携帯の電源を切られていたという。
じゃあ、マンパワーかという話になるが、近所のおばちゃんに殺されてしまった件もある。被害妄想っぽかったみたいだけど。
かとおもえば親戚に殺された例もあったりして、これは、という対策がないのが実情。
そして、子を思う親がある反面、虐待も増えているという。

変質者が増えているのも事実かもしれない。
しかし、親や周囲の大人がおかしくなっているのも事実。
おいらの会社の話をしても仕方ないのだが、あまりに大人になりきれない60代が多すぎる。
なにが?
何が原因でここまですさむ?

子供の問題、不審者の問題、ではなく、何か人間そのものがゆがんできている気がしてならない。
元から在った問題が、顕在化してきた?
教師の生徒に対するセクハラは、前からあったものが顕在化したという話を聞く。
その一方で小学校に不審者が出没するようになったのは、最近のような気がする。

でた症状に対策を打つのではなく、原因を突き止めること。
本当はこれが最優先されるべきなのだろう。
じゃあ、誰がどうやって?

原因は、ひとえに日本人の肛門性格にあるきがしてならない。
価値観の一元化。勝ち組負け組みの存在。自分は割を食いたくないという狂った平等意識。
戦後目指した日本の形態が、徐々にひずみを生じさせている。
学歴であり資格であり容姿であり収入であり。
尺度を設けて自分の全体での位置を探ろうとする。

偏差値は悪いことではないと思うが、偏差値を上げたいのはなぜ?という根本を忘れた大人が多すぎる。
大人が道理がわからなければ、その子が道理がわかるわけがない。
意味なく、与えられたものを丸暗記し、マニュアルどおりに動く。
侵されれば反発し、自分の取り分を少しでも多くしたい。
そういうのが見え隠れする。

だらだら書いたけど、結論は、考える能力が不足しすぎているんだね。
それは痛切に感じる。
どの世代に関しても。
●●をしたい。なら、何を準備すればいい? 準備するためにはどうすればいい?
そういうことが系統立てて考えられる人間が、見てて少なすぎる。

どうやったら、そういう人間が育つのだろう。
今、育児のグッズや教材が増えている。
すごく有効に見える。

でも。
その教材で育った子供たちは、まだ大人になっていない。
まだ結果はでていないのだ。
考えることを促進する教育。
その教育自体が丸暗記を誘発してはいないか?

考える。
言葉で書くのは簡単。
でも、考えるとは何なのか考える。
この作業は必要なんじゃないかな。
新聞をよんでそうおもったのでした。 


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彩葉 [MAIL]

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