変更作業を一人しこしこやってます。 どーでもいいんですが、一人当たりの作業量多すぎます。 ぼーーーーーーーーーーーーーっとしてる人間いればそれをつかえばいいのに。 でも、スキルはない、やる気もない、じゃ使い道もないか。 やられるだけ無駄。
明日は、お休み。 ゆっくり休めるといいなあ。
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一児の父親になり、いろいろな事件を目の当たりにして、やはり見方が変わっている。 なんとしても子供の安全を図らなければならない。 しかし、機械に頼ってもそれは無理。 奈良市の女児の事件も、犯人に携帯の電源を切られていたという。 じゃあ、マンパワーかという話になるが、近所のおばちゃんに殺されてしまった件もある。被害妄想っぽかったみたいだけど。 かとおもえば親戚に殺された例もあったりして、これは、という対策がないのが実情。 そして、子を思う親がある反面、虐待も増えているという。
変質者が増えているのも事実かもしれない。 しかし、親や周囲の大人がおかしくなっているのも事実。 おいらの会社の話をしても仕方ないのだが、あまりに大人になりきれない60代が多すぎる。 なにが? 何が原因でここまですさむ?
子供の問題、不審者の問題、ではなく、何か人間そのものがゆがんできている気がしてならない。 元から在った問題が、顕在化してきた? 教師の生徒に対するセクハラは、前からあったものが顕在化したという話を聞く。 その一方で小学校に不審者が出没するようになったのは、最近のような気がする。
でた症状に対策を打つのではなく、原因を突き止めること。 本当はこれが最優先されるべきなのだろう。 じゃあ、誰がどうやって?
原因は、ひとえに日本人の肛門性格にあるきがしてならない。 価値観の一元化。勝ち組負け組みの存在。自分は割を食いたくないという狂った平等意識。 戦後目指した日本の形態が、徐々にひずみを生じさせている。 学歴であり資格であり容姿であり収入であり。 尺度を設けて自分の全体での位置を探ろうとする。
偏差値は悪いことではないと思うが、偏差値を上げたいのはなぜ?という根本を忘れた大人が多すぎる。 大人が道理がわからなければ、その子が道理がわかるわけがない。 意味なく、与えられたものを丸暗記し、マニュアルどおりに動く。 侵されれば反発し、自分の取り分を少しでも多くしたい。 そういうのが見え隠れする。
だらだら書いたけど、結論は、考える能力が不足しすぎているんだね。 それは痛切に感じる。 どの世代に関しても。 ●●をしたい。なら、何を準備すればいい? 準備するためにはどうすればいい? そういうことが系統立てて考えられる人間が、見てて少なすぎる。
どうやったら、そういう人間が育つのだろう。 今、育児のグッズや教材が増えている。 すごく有効に見える。
でも。 その教材で育った子供たちは、まだ大人になっていない。 まだ結果はでていないのだ。 考えることを促進する教育。 その教育自体が丸暗記を誘発してはいないか?
考える。 言葉で書くのは簡単。 でも、考えるとは何なのか考える。 この作業は必要なんじゃないかな。 新聞をよんでそうおもったのでした。
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