| 2006年02月04日(土) |
誰もが受けたくなる授業 |
って番組でしょうか。 土曜日の七時から九時までスペシャルでやっていたのは。
『たけしの万物創世記』という番組が終了してから、毎回見たいと思う科学教養番組がなくなって、寂しく思っていたが、たまにやってる、上記のようなタイトルの番組は、久しぶりに面白いと思えた。
数学の秋山仁の行う講義。 円周や三角柱の体積、三角錐の体積の求め方の公式を利用した講義は、面白かった。 ゆずも、「ああいう講義を受けられたなら、勉強がもっと好きになっていたかもしれない」といっていたけど、おいらもそう思うね。
結局、今の勉強って、国語も数学も社会も英語も理科も、全部丸暗記だもんね。 国語は漢字の読みや古文の文法を丸暗記。 数学は公式を丸暗記。 社会は年号や歴代の総理大臣、都市名や人口、産出品の丸暗記。 英語は英単語やアクセント、文法の丸暗記。 理科は化学記号や式、物理法則や石の名前を丸暗記。
決して、各教科も、強化という区切りさえしなければ、「おお、すげー」という感動とともに、学校で丸暗記させられていたものを目の当たりにして、実際の生活に成り立っていることを痛感するのだろうが。
化学で習う炎色反応だって、それを花火の火薬に用いていると知れば、また感覚は違ってくるはず。スターマインが、マンガンと銅と鉄を云々……という話が出れば、理解は違うはず。 社会だって、年号や武将、天皇の丸暗記ではなく、「うちの近所にはなぜ根岸(仮名)さんがおおいの?」というところから考察していくと、多い理由がわかる。そうなれば、社会の理解も違うはず。
英語は……。 (−−;) → (TT) でも、なんかきっとあるはず。
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下らん受験戦争を勝ち抜き教師になった連中が、そろそろ教鞭を握る立場でもレギュラーになってくる。 その時、自分達が丸暗記してきたものを教えるだけの授業に何の疑問も持たないのか。 それとも、自分なりに丸暗記に疑問を感じ、教える項目に味付けができるか。 結構、若い先生の話を聴くと、みんな疑問は持ってるんだよね。 ただ、それを系統立てて教える時間がないそうだ。 教育現場と教育者との意識の乖離。
突き詰めていくと、やっぱり国が悪いのか、なんて思ったりして。 ゆとりは、円周率を3で計算させることではないでしょう。 円周率が3.1415・・・・・となる理由をまず教え、その上でπを教えるほうがよほど納得できますけどね。
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五時間目の松井の授業。 実はこれが一番印象に残っていたりする。 『まず目的を意識し、その上で自分の目標を設置し、その目標に向かって努力する』 二時間目の脳科学の先生に言わせると、「努力の仕方がわかるのが天才」だそうだが、まさにその通りなきがする。 今のおいら。 必要とされていながら、充実感がまるでない。 あるのは疲労困憊のみ。 消耗し、磨耗しきったところで捨てられる。 そんな図が見え隠れして仕方ない。 今自分に本当に必要なものはなんなのか。 それに向かって何をすべきなのか。 そのためには何をしなければならないのか。 ゆずっこを育て上げるという目標はある。生活をしていくために仕事をしていかなければならないという理由もある。 しかし、仕事をこなしていく上でのモチベーションを保つものが何もない。 安定があるかといえばそれすらない。理論立てての主張が受け入れられるかと思えば受け入れられない。
ただ、自分に責任が降りかからないようにするための守りの仕事。 そして、それを精勤と判断し、どんどん仕事を押し付けてくる会社との不毛なサイクル。
今の、疲労だけたまって充実感のない生活を打破するためのヒントがわずかながら見えた気がする。
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