あの土地にいったのは、おいらがまだ幼稚園児が小学生。 親父に連れられて草刈に行った。 意外においらの記憶は正確。 ヤマザキのお店の存在、郵政公社の社宅の存在、そして、橋の存在。 すべて覚えていました。 そして、その記憶をたどり、地図にて見ると、どう見てもこの辺の区画でしかありえない。 親父様に電話で聞いてみると、まさにどんぴしゃ。
行きはほぼ見積もりどおりの二時間四十分。 伊達にガス馬車の配車はやってません。 ガス馬車の配車は時間がよめなきゃいけませんから。
草刈のときにカマキリをあげた子は、すでに二児の父となって、二世帯住宅に住んでました。 時代だねえ。 小さい頃はもっと広いと思っていた道も、実は車がすれ違えないほどに狭かった。 数分歩いたら沼があり、ザリガニが取れるのも当時と変わらず。
もし、母方の祖父がなくならなければ、おいらはその場所で育っていたはず。 そうなったら、今のおいらはあっただろうか。 今は群馬にいたろうか。
ありえないはずのパラレルワールドに少し思いを馳せつつ、ゆずっこの離乳食のことを考えて早めに帰宅。
果たして数年後、そこにいるのか、実家にいるのか、それとも群馬に住み続けているのか。 それは誰にもわからない。
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