| 2005年02月15日(火) |
磨耗。追記:ほどほどに |
最近、徐々に生命力が奪われている感じがします。 一日じゃ体力が戻らない(^^; もう、十八歳十二年目は年寄りなのかねえ(^^;
体力は無理でも、ゆずっこに精神力をもらいに行きます。
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ゆずっこ効果。やはり大きい。 見事に体力まで回復させました。
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信頼ってなんだろう。 最近そんなことを思います。 ショックを受ける。落ち込む。ノイローゼになる……。 まあ、負の感情の動きはごまんとありますが。 (まあ、いろいろあったんですわ)
結局、期待すべきでない相手に過度の期待を寄せるからそうなる。 であれば、適度に期待しないのが一番いいのかもしれない。 そうすれば、期待以上のことをやってもらえれば、素直に感謝できるし。
よく、『疑って裏切るより、信用して裏切られるほうがいい』という言葉を聞く。 けれど、それは綺麗ごとだろうなって感じる。 確かに、疑っている人間は卑しく見える。 ゴリさんなんかは、まさに典型的。 人を常に疑ってかかるから、相手からもそう見られる。
けど、疑うってことはそんなに悪いことではない。 盲目的に信用することだって決して良いことではない。
ならば、やっぱり程よく、だ。 何事に関しても程よく。 信頼するにしても、疑うにしても。 程よくやれば、それほどの労力を使わず、大ダメージも受けずに済む。 当然、疑う度合いや信頼する度合いは、その相手によって違ってしかるべき。 結局、何が重要かといえば、その人間を見極めることであり、その事態を見極めること。 相手を傷つけないため、自分が傷つかないために、やはり目を鍛えるしかない。 物事を見極めるための眼力。 やはりそれが必要なんだろうね。 その目をもってして判断して、初めて程よい人生が送れるんだと思う。
……って、書いていて思ったんだが、それはやっぱり大観覧者では? そこにやっぱりたどりつくんかい(^^;
かかわって面倒くさいことにならないために目指した大観覧者。 しかし、今は、自分とその周りの者達を傷つけないために目指し始める大観覧者。 おんなじ目を持つ人間でも、その目的のために、質が変わるかな。己の。
ほどほどの諦め。ほどほどの期待。 そして、ほどほどの条件を見極めるための目。 楽に楽しく生き抜いていくための必携品。 そんな気がします。
PS ……初めて読んだ人、意味わからんかもしれんなー(^^; 大観覧者も造語だし(爆)
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