2000年04月01日(土) |
選手名簿 2000年度版 |
▼基本布陣(名前の横は学年)
−−−−−−−−−−仁科克英1−−− 長沼圭2 −−−−−−−−−− (塩澤達也3) −−森山勇希2−−−−−−−−−−−−−−−−−−−日高拓磨2−−
−−−−−−−−−−鈴木隼人3−−−深澤良輔2−−−−−−−−−− (杉山浩太1) (河合真二2) −− 村松潤3 −−−高山純一1−−−渡邊優希1−−−高木純平3−−
−−−−−−−−−−−−−−浅山郷史2−−−−−−−−−−−−−−
期待された佐野裕也・菊地直哉が抜けた最終ラインは、高さと経験不足に泣かされたが、3年生の村松を中央に入れて190cmの鶴田をGKに起用するパターンで凌ぎつつ、1年生CB渡邊・高山が経験を積んで大きく成長していった。国体を前後して、長沼・塩沢・高木・深沢・日高・隼人と怪我人が続出したが、様々な布陣を組みながらも結果を残している。 クラブの期待の大きい杉山浩太は、4ヶ月の怪我から復帰後にFWやセントラルMFで使われたが、システムに上手く馴染めず。しかし、Jユース杯決勝トーナメントでは、ゼムノビッチ監督に代わった深澤監督が全く異なる4−3−2−1のフォーメーションを採用、杉山浩太をボランチの中央に据え、彼を軸としたシステムを構築した。
▼選手名簿(背番号順) 01:鶴田 達也 GK 3年 82.09.09 190/72 静岡:田子の浦中→(静岡学園)→清水→甲府 02:渡邊 優希 DF 1年 84.08.17 171/60 静岡:清水JY →(静岡北高) 03:河合 真二 MF 2年 83.06.24 168/62 愛知:旭ヶ丘FC→(静岡学園) 04:天野 数士 DF 1年 84.04.08 175/64 静岡:清水JY →(静岡学園) 05:高木 純平 DF 3年 82.09.01 169/60 熊本:清水JY →(清水商業)→清水 06:森山 勇希 MF 2年 83.07.24 172/58 静岡:清水JY →(静岡南高) 07:塩澤 達也 FW 3年 82.11.11 164/63 静岡:清水JY →(静岡学園)→清水 08:鈴木 隼人 MF 3年 82.05.13 176/65 静岡:清水JY →(静岡学園)→清水 09:日高 拓磨 MF 2年 83.04.08 172/57 愛知:旭ヶ丘FC→(常葉橘高) 10:深澤 良輔 MF 2年 83.06.29 175/63 静岡:清水JY →(静岡学園)
11:長沼 圭 FW 2年 83.06.06 179/65 愛知:愛知FC →(静岡北高) 12:大瀧 義史 MF 中3 85.05.05 163/53 静岡:清水JY 13:村松 潤 DF 3年 82.04.10 168/57 静岡:清水JY →(静岡学園)→清水 14:杉山 浩太 MF 1年 85.01.24 161/43 静岡:清水JY →(静岡学園) 15:杉山 拓也 FW 1年 84.11.10 179/61 静岡:清水JY →(静岡農業) 16:勝又 英人 GK 1年 84.04.26 182/73 静岡:中郷西中 →(静岡学園) 17:仁科 克英 FW 1年 85.01.17 171/58 広島:清水JY →(静岡工業) 18:高山 純一 DF 1年 84.08.18 176/62 静岡:清水JY →(清水商業) 19:阿部文一朗 FW 中3 85.04.02 179/73 静岡:清水JY 20: 21:浅山 郷史 GK 2年 83.04.25 180/71 神奈川:大和FC→(静岡北高) 22: 23:枝村 匠馬 MF 中2 86.11.16 170/56 静岡:清水JY
▼記録 ・クラブ選手権 グループリーグ敗退(2勝1敗) ・高円宮杯 不出場 ・Jユース杯 準優勝
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