 can't be alive without you. why don't I miss you
仕事が終わって明け方に家路につく。ボロアパートに向かう途中、わざと河川敷の土手を歩いて帰った。そういう気分になる朝だった。
梅雨の終わりだがこんな綺麗に晴れてるのもここしばらくじゃ珍しい。先週拾ったビニール傘は昨日壊れちまったからありがたいけどな。雨に濡れんのはともかく、アパートに風呂がねぇとこういう時にこたえるんだ。それでも夜中に雨がぱらついたせいか、土手に敷き詰められたクローバーはまだ夜露に濡れている。シロツメクサの花が緑の波間に白く散るように咲き乱れていた。立ちこめるみたいな土と緑の匂いをかいで、そういえば子供の頃はよく河原で遊んだっけな、と思う。草野球もプロレスごっこもみんな河川敷の思い出だ。
人の気配に前を向くと、こんな朝っぱらからもう犬の散歩をしてるオッサンが、向こうから近づいてくる。ご苦労なこったな、と思いながら、雑種の白い犬をみてたら、大阪にいた頃、近所にいた野良犬のことを思い出した。
柴犬っぽい白の雑種犬で、ガキの頃は同い年の従兄弟がいつもそいつに追い回されてびーびー泣いてたっけな。別にむやみに人を噛むような犬じゃないのに、ちょっと吠えられただけでもう泣き出すんだ。 そういえばあの犬にマジックで眉毛を描いてよく遊んだ。ちょっとべそかいたみたいな情けない眉を描くと、その滑稽な顔が俊という名のその従兄弟によく似てた。「俊!取ってこい!!」と言いながら棒きれを投げては犬に拾いに行かせたもんだった。そうするだけで俊は今にも泣きそうな顔で「月雄、月雄」とオレの名前を呼んでいた。名前を呼ぶのが精一杯で、怖くて「やめて」とはいえねぇようなヤツだった。ひ弱で怖がりでオレに何されてもろくすっぽ立てつけもしねぇ。ぐずぐず泣きながらまたオレを責めるみたいに名前を呼ぶ。たまにたてついてきたところで、まぁボコボコにしてやったんだがな。弱いくせに妙なところで諦めが悪いんだ。 俊のことを思い出すとあの犬みたいに目を潤ませてこっちをみてる顔が記憶に蘇る。そうだ。あの頃のあいつはいつも、その小さな自分の世界に自分以外はオレしかいないような目でオレの後ろ姿を見てたっけな。 引っ越してからもう十年近く逢ってない。今頃、あいつも型どおりの大学生か、どうにも冴えねぇサラリーマンか。オレの予想を裏切ることなく生きてんだろう。実家にも随分帰ってないから、そんな噂を聞くこともない。
でもきっとあんな目をしてオレの背中を見てる俊はもういない、な。
そういうのがきっと大人になるってことなんだろう。つまんねぇけど、まったくその通りだ、と感傷的になる自分を振り払った。そして麗一が起こしに来るまでぐっすり寝る自分を思い描きながら家路につく。
この夏一番初めの蝉が鳴き出した朝だった。
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月雄と俊が再開するちょっと前の話ということで。 こういう風に思ってたら、17巻のあのテンションで目の前に俊が現れて月雄はさぞやグッタリだったろうな……という話です。 雑種の柴犬にマジックで下がり眉を描いたら、とても俊に似てると思う。 いつも尻尾がさがってるカンジの犬であってほしい。 ワンワン!じゃなくて、クーン、とかキューン、とかしか鳴けない犬です。
切ない。
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