つなび。まえりの本棚(日記に出てた本はココに) can't be alive without you. why don't I miss you まえりの覚え書きリンク集。 四畳半? 人形プログはココ。 FROM 携帯 よゆう入稿
2003年07月02日(水) 甘い水・3


 目が覚めたら月雄のメモが枕元に置いてあった。

 コンビニのレシートの裏側に汚い字で綴られた言葉を、目を擦りながら解読しようとした。パラパラと視界に落ちてくる髪が煩わしい。一度レシートを握りしめて手首にはめたまんまにしてたヘアゴムで髪を後ろひとつに纏めて縛り上げた。
 もう一度広げたレシートに書いてあったのは”夜までに飯だけ炊いとけ”という一言だけやった。

 ……仕事から帰ってきてもオレがまだおると思てんのか、あいつ。

 そう呆れるものの、実際帰る場所が今はない。女のところは追い出されたばっかやし、最近負けがこんでたから、金出して宿とるわけにもいかん。いざとなったら秘密基地で寝たらええわ、まだ夏やねんし。と、思ったが、寝汚く布団の中にいても、ザァザァと雨が降る音は聞こえとんねん。

「……飯なぁ」

 昨日、そう言えば月雄が米を炊くんを遠目に見とったわ。今時の一人暮らしがなんでガス釜やねん!と言うたら(黙って食ってみろ、電子ジャーなんかで炊いた飯より全然美味い)と言われた。

 まぁ宿賃やと思ってそのくらいはしたろうかな、と思いながら起きあがった。昨日月雄が冷蔵庫の野菜室から米を取り出して、ビニール袋に一緒に入ってた升で中の米をすくう。

(釜はどこやろ)

 キョロキョロしてるとガス釜の中に入ったままになってる。昨日の月雄はこれに四杯すくってから同じだけでええんやろうと釜に入れて台所の流しに置いた。勢いよく回した蛇口からは生暖かい水が勢いよく出てきた。米なんか研ぐん何年ぶりやろ。女の家どころか、実家でもやった記憶ないわ。一人でおったら自炊することなんてないし、月雄はあんな見た目によらず、随分マメや。いちいち外食してる金がないゆうたらそれまでなんやろうけど。

「あれ?」

 米をすすぎ終わって、さぁ水入れてスイッチ押したろ、と思ったら釜には肝心の水を入れる線が入ってない。
 普通入ってへんか?と思ってよく見ると、よほど年代物らしいボロい釜は内側の線なんてとっくに消えてしまっていた。

「こんなんどうやって炊けっちゅーねん!」

 思わず声に出してそう言った。
 そんな釜、見たことないわ!大体、この部屋にあるもんは昭和で時代が止まってるようなもんばっかりやねん。黒電話も卓袱台も、二十年以上前のドラマの再放送でしかお目にかかれんようなもんばっかりが転がってるんや、ここは。

 オレは洗っただけの米が入った釜を流し台の上に置いて、そのまま布団に戻ってふて寝することにした。

「……ゅん、俊」

 ウトウトと微睡んでいると、まるで眠りの水底に横たわっているようだったオレを、揺すりながら呼ぶ声が聞こえてきた。

「俊!」

 ゴッ、と音がしたと思ったら、頭に殴られたらしい衝撃が走った。
「なにすんねん!!」
 飛び起きるみたいにすると、目の前には本当に呆れた顔をした月雄の姿があった。
「米炊いとけってメモしといたろうが!」
 般若のような顔をして大声で怒鳴る月雄に思わず肩をすくめて目を閉じてしまう。恐い。そんな風に怒鳴られるのはあかん。心臓がバクバクする。
「もういい」
 心底呆れたみたいな声を出されたから、慌てて目を開けた。
 作業着のままの月雄が、台所に立って、釜に水を入れいるのが見えた。
「……オレ!ちゃんと米研いだんやからな!!」
 そう言っても月雄は振り向かない。
「その釜が悪いんやん!目盛りが消えてしもとるから、どんだけ水入れたらええんか分からへんかったんや!オレは悪ぅないからな!!」
 どつかれた頭が痛いのと、怒鳴られて胸が痛いんとで、なんかホンマに泣けてきた。
 なんでこんなしょうもないことで月雄とケンカせんとあかんねやろ。
「俊」
 溜め息混じりに月雄に名前を呼ばれた。呆れた顔で手招かれて、オレはのろのろと立ち上がった。
「……なんやねん」
 流しのとこまで行くと、月雄に手首を掴まれた。
 そのまま、オレの身体は月雄の汗くさい腕にすっぽり収まってしまう。
 流し台に置いた釜の中に掌を押し当てられたかと思うと、月雄は蛇口をひねって勢いよく水を出した。
「こうやって米の上に手を広げて」
 月雄の尖った耳が縛ったオレの髪に当たる。
「おまえの手首の外側にあるこの出っぱった骨の下のところまで水を入れる。入れたら釜を炊飯器にセットして、30分くらいおいてからスイッチを入れたらいい……わかったか?」
 耳の後ろでずっと月雄の声がしてた。

 なんかそれだけで心臓がバクバクして、オレは口もきけずにただコクコクと頷いた。慣れてへんからビビるんや。こんな近くにおまえがおることに全然慣れへん。

「……今日は蒲焼き買ってきた。飯が炊けたら食わせてやる」

 手首を掴んでいた手が離されて、そのままポンポン、と頭を叩かれた。
 その瞬間、一昨日も昨日も聞きそびれた言葉が氷みたいに冷たい欠片になって胸に刺さった。

(オレはいつまで、ここにおってもええの?)

 そんな風に言葉に出して聞いてしまったら、すぐに追い出される気がしたから、そのまま黙った。なんで月雄には、思ってることの半分も話すことが出来へんのやろう。言葉で伝えられへんものをどうやったら分かって貰えるってゆうのんか。

 冷蔵庫から麦茶を出そうとしてる月雄を見ながらふと思う。

         ああ、オレはいつから、こんな風にお前のことばっかり目で追ってるんやろうかと。


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……妄想がつきない!

でもちょっと今日は乙女すぎた。甘すぎた。
そう思いはするのですが、俊は乙女思想が激しいと勝手に思っているのでそのまま載せました。
月雄は料理が上手いわけでもとりたてて器用なわけでもないけど、古い道具を何時までもきちんと使って寿命を全うさせることは出来そうな人だと思う。
月雄の部屋の電話、まだ黒電話だったよ……!びびった!
俊はバカにしたいけど、口で罵った分は全部わかりやすい制裁法で返されることを知っているので言葉数が少なくなります。
心の中でいっぱいいっぱいに言い返しているのだけど、それに夢中になるあまり月雄のいってることには上の空で、やっぱり「聞いてんのかよ!」とゴツンとやられると思う……理不尽!(但し、俊にとってのみ)


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