 can't be alive without you. why don't I miss you
ボロアパートに差し込んできた強い西日で目が覚めた。 目が覚めてみれば、締め切った九月の午後の茹だるような暑さが体中を包んでいて、こんなクソ暑いのになんでオレはこんな時間まで寝とったんやろうと思った。
ガタンガタン、ガタンガタン
窓枠ごと硝子を揺すぶるような音がして、陽が射してくるほうを見ると、ビックリするくらい近いところを青い電車がうるさく音を立てて流れていった。つまらん顔して立っとるサラリーマンのオッサンらの表情が見てとれる。 つぅっと額から汗が流れてきた。畳から節々がまだ痛む身体を起こして、とりあえず窓を開いた。 とたんにジュワーっという蝉の大合唱が聞こえてくる。風なんて全然入ってこぉへん。狭い部屋を見渡しすと、部屋の隅に扇風機があるのを見つけて貼っていくようにしてスイッチを入れる……って壊れとるやんか!
しかたなく、布団の側に転がっていた英会話学校の広告がバーンとのっとるウチワに手を伸ばして首筋を扇いだ。少しでも風を感じて涼しいような気になる。ちょっと汗がひいたら、途端に腹が減ってきた。 こんな何もなさそうな家、と溜め息をついてると玄関の鍵がガチャガチャ回される音がした。
「なんだ俊、お前まだ帰ってなかったのかよ」 その声に身体が固まってしまう。 月雄や。 ココは月雄の部屋やねんから、そんなん当たり前やのに、なんか勝手に入ってこられたみたいな気分になるのは何でやろう。勝手に、それもそんな土足で、ここに入ってこんとってくれ、と思う。
「月雄」
まるでオレがココにおることになんか、まるで感心がないみたいな風に月雄はスーパーの袋の中身をボロッちい冷蔵庫に放り込んでいた。 「晩飯、食ってくか。腹減ってるやろ」 そう言われて、オレは何でか知らんけど、素直に頭を下げてもうた。 月雄は、土方のヘルメットを脱いで壁の釘に引っ掛けると、台所の蛇口をひねって水を出し、汚い手を石けんで洗っている。
こんな狭い部屋やと、そんなんが全部見えてしまう。月雄が歩くたびにギシギシと水屋の床が軋む音も全部聞こえる。オレは思わず目ぇを細めた。
台所に立つ月雄の後ろ姿を見てると、オレはコイツが憎いはずやのに、という疑問が頭に浮かんだ。
それやのに、なんでこんなにホッとしてるんやろう。
小さいアイロン台みたいな机に、月雄は敷きもんも置かんとフライパンを置いた。 「茶碗は一個しかないから、お前の飯は皿についでいいよな」 冷食の何の肉か分からんハンバーグと、目玉焼きが乗ってるフライパンと、食パンのシールで貰えるみたいな白い皿に盛られた飯と、俺の前に置かれた割り箸。麦茶が入ったコップはモロゾフのプリンが入ってあったヤツ。徹底してる貧乏の構図に言葉もない。 「お前、納豆食えるようになったか?」 忌まわしい発泡スチロールの小さなパックを開けながら月雄がそう聞いてきた。 「……そんなん、人間の食うもんちゃうわ」
なんでやろう。恥ずかしくて顔が上げられへん。 月雄の腕とか、視界に入ったらヤバイ。顔を赤くしたトコなんか、見せるわけにはいかへんのや。
「お前は子供の頃から本当に好き嫌いが多かったなぁ。いっつもオバチャンに怒られてたの思いだすよ」 悪態をつくオレに月雄は怒るでもなくそう言って笑った。コイツはオレを虐めてばっかりやったのに、ウチのお母ちゃんは月雄を気に入っていて、親戚やっていうのんもあって子供の頃はよく一緒に飯を食わされた。 このハンバーグ、うちのおかんもよく買うてきたわ。そんでこんな風にあほほどケチャップつけるのんも同じや。目玉焼きの白身だけを突いていると、それを見た月雄が笑った。 「まだ目玉焼きの黄味も食えねぇんだろ。あれ、オレが”卵の黄身のとこはヒヨコになるはずやったとこやぞ”って言ったからか?」 そうや。誰でも夏祭りの屋台で釣ったヒヨコが死んだ朝にそんなん言われたら、食えんようにもなるわ!
「……月雄は」 オレはいっつも言いたいことの半分も月雄には言い返されへんかった。 月雄のことが恐かったせいもある。変に言い返して、余計に殴られたりするのはいややった。せやけど。
「なんや、俊?」
そこで初めて、懐かしい自分と同じイントネーションでそう呼ばれてオレは、なんでかしらんけど、涙が出そうになった。慌てて俯いて、また飯をかきこんだ。月雄がそんな風に優しい声でオレのこと呼ぶからビックリしたんや。
オレはお前に殴られたんよりも、蹴られたんよりも、なりよりも。
……まるでなかったみたいにされたんが、一番イヤやったんや。オレなんかまるでおれへんみたいにされたんが、他のなによりも。
「まぁ食い終わってから、話せよ。久し振りだろ。こんなの」
そう言われて、このままずっと食べつづけて、この食卓が永遠に終わらなければいいのに、と思った。
先に食い終わった月雄がジッとオレを見てたから、月雄の目の中にはちゃんとオレがおるのを見てしまったから、そんな恥ずかしいことを考えながら、オレはゆっくりと割り箸で飯を口元に運んだ。
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まみおさんの日記の月雄と俊がかわいかったので、その10年後です。 昨日のチャットの予告通り勝手に捧げるんだ(迷惑)!こっちの水は甘いよ(笑)。 この二人が私は大好きです!
どういうシチュエイションとか全然考えてないんだけど、あの4畳半一間みたいなボロアパートで二人がご飯を食べてる姿を先週延々妄想していたので忘れないウチに書いておく……そんなカンジの話です。屋敷の関西弁にときめいている私。ちょっと月雄にも喋らせてみた。 この食卓の風景に、麗一が入ってくるのが見たい(笑)。麗一は小姑ですよ!自分の居場所に割り込んでくる者は何人たりとも許しはしません。
ああ、楽しかった!満足したのでもう寝ます。おやすみなさーい。
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