「隙 間」

2012年09月02日(日) 「最強のふたり」

一日の映画サービスデーの続きである。

午前中、まだもう一回微調整に通わなければならないとはいえ、ようやっと「さっしー」を手に入れたわたしは、秋葉原四十八士らの総監督お気に入りである「銀座 梅林」の「スペシャルかつ丼」を「さっしー」への最初の洗礼としたのであった。

「ヘタレ」よろしく、最初はおずおずと玉子が多いところをはむはむと噛んでみたりしていたが、つい、勢いで、ガブリと肉厚のところをかぶりついてしまったのであった。

しかし心配は初めから無用である。
「梅林」のスペシャルかつ丼は、箸でも切れる。

シャクシャクと柔らか歯応えの衣のカツを堪能しているうちに、外で、大雨が降りだしたのである。

とっくに食い終わり、湯呑みの茶をチビチビと舐めながら伺っていたのである。

「雨が上がるまで、どうぞごゆっくりなさってくださいな」

と、店の方が湯呑みに茶を注ぎ足してくれたのである。

なんともありがたいお心遣いである。

大事なところであるから、もう一度繰り返す。

なんともありがたいお心遣いである。

さて、前回言いそびれていたことをこの場で果たしたところで、「ローマ法王の休日」の次の作品である。

「最強のふたり」

をシャンテシネにて。

この作品は、際立った感動や涙があるわけではないが、爽やかな気持ちにさせてくれる。

全身麻痺で首から下が動かせないフィリップは、新しい介護者を募集していた。
フィリップはいわゆる大富豪で、面接を受けにくる者たちはそれに相応しいと自負するインテリ、真面目、頭でっかちな者たちばかりであった。

しかし、フィリップは自分を要介護者然として扱われたり、腫れ物を扱うような接し方を嫌っていた。

だからこれまでの介護者はすぐに耐えられなくなり逃げ出してしまっていた。

そこにスラム出身のドリスが「不採用」を目当てに面接を受けにきたのである。

「あんたからの不採用の証明書類があれば、「生活保護」を受けることができる。だから、サインだけしてくれ」
「わかった。サインしておくから、翌朝また来てくれ」

翌朝その通りに屋敷を訪ねると、なんと「採用」されていたのであった。

「障害者の俺を障害者として普通に扱いやがる。だからあいつを採用した」

介護などやったこともないドリスである。

フィリップの秘書から、朝起きてからのメニューをひと通り説明され、住み込む部屋に案内され、ドリスは試用期間として働くことになる。

ポットの熱湯をうっかりフィリップの足にこぼしてしまったが、フィリップは全く気がつかない。

「何かあったか?」
「い、いや。なんでもねえ」

驚いたのはドリスの方である。
試しにもう一度、ポットのお湯をジョロジョロかけてみる。
たしかに気がついていない。
さらにジョロジョロかけてみる。

「あなた何をやってるの!」

部屋に入ってきた秘書が慌ててやめさせるが、ドリスはそれぐらい、介護に対する知識や経験がなかったのである。

ガレージに眠っていた高級スポーツカーも、

「なんで使わないんだ?」
「車椅子に対応してないからだ」

高級スポーツカーなど運転したこともないドリスは、

「運転するのは俺だ。車椅子なら、後ろに乗せりゃいい」

と、フィリップを抱え上げて助手席に「放り込み」、腹に響き渡るエンジン音にご機嫌の音楽である。

それが、フィリップには愉快でたまらなかった。
そして、何よりも心地よかった。

障害者だからと、やたら過保護に扱われるのではない。
障害者として、対等に扱う。

互いに気持ちが通じ合い、試用期間が終わるころ、ドリスの弟が屋敷を訪ねてくる。

スラムのギャングみたいなチームに引き込まれ、売人の手伝いで警察に捕まったりしていた弟に、ドリスは、

「ヤバいことからは足を洗え。関わったりするんじゃねえ」

と諭し続けていた。
しかし長男であるドリス本人は何ヵ月も家に帰らず、たまにどうやって手に入れたかわからない金を渡しに帰ってくるだけであった。

何人もいる弟妹たちを母親がたったひとりで、ビル清掃のパートで育てているのであった。

兄貴ぶるな、と言われても仕方がない。
それでも兄貴である。

ヘマをやらかしたのだろう、痣だらけで訪ねてきた弟は兄貴であるドリスを頼ってきた。

「お前がいてやるべき場所は、ここじゃない」

フィリップはドリスに告げる。

誰よりも気の合った相手である。
フィリップにとってもここにドリスにいて欲しいが、介護ならまた探せばいいだけである。
悲しいが、それだけの経済力があってしまう。

弟たちにとっては、ドリスは兄貴としてたったひとりの存在である。

ドリスは荷物を、来たときと同じスポーツバッグひとつに詰め込み、弟を連れて屋敷を去る。

チームと話をつけて弟と手を切らせ、仕事帰りの母親を駅で出迎える。

「あんたなんかうちの子じゃないよ!」

と叩き出した母親だったが、無言で自分の荷物を持って歩き出すドリスに、安心の表情を浮かべて家に向かって三人で歩き出す。

この話は実話に基づいており、フィリップとドリスの交流は今でも続いているらしい。

こんな話だから、涙が溢れるような感動はない。
しかし、終始、あたたかな気持ちで魅せてくれる作品である。


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