ひとひらの想い

2006年11月13日(月) 寒さ対策

寒くなりました。
というか、風がすごくて恐いです。
木枯らしってやつですかね。
ベランダの植木鉢が横転していたし、物干にかけておいた洗濯物がひとつ
飛ばされておりました。
下に落ちなくて良かった。
大家さんの車の上に落ちちゃうわ。

先日、ベルメゾンにてはんてんを購入し、これがまた、驚く程暖かくて
はんてん&コタツ&足の冷えない靴下(ドラッグストアで購入)で、なんとか
乗り切っています。
靴下は、ほんとに足が冷えないんですよ!
びっくりした、ほんとに。
そして足が冷えなければ、わりと室内の気温が低くても大丈夫だということが分かりました。
すご〜い。

でも、コタツに入れない今の状態は、やっぱりうすら寒い。
で、届いたばかりのカーボンヒーターをつけていますが、これもいいみたい。
ハロゲンは、つけてるわりにはあったかくないというか、表面しか暖かくならないので
身体の内側からの冷えには、あまり効果がないと思っていたのです。
楽天のレビューが良かったので、トヨトミ(だったかな?)というメーカーのものを購入しました。
一時間ぐらいつけていましたが、あったかいです。
スイッチを切った途端、寒いもの(笑)

ヒーターといえば、ハムスター用のヒーターも一個買って、今はハナが使っています。
どうも、ハナのほうが寒さに弱いみたいで・・・ハム全般が寒さには弱い生き物なんですけど。
ノンは巣作りが上手なので、自分で適当に紙をやぶって寒くないように出来るからオッケー。
ハナはへたっぴで風通しの良さそうな巣で寝てたので、ヒーターがよほど嬉しいのか
あったかくなるとこもったきり、出てきません。
寒がりなところは、私に似たのか・・・。

今年は暖冬らしいけど、冬が来ることに変わりはないもんな。
布団乾燥機もあるし、万全の体勢を整えております。
寒さよ、いつでも来い!


あ〜、睡魔が来ない・・・このまま起きてて朝一でゴミ出ししてこようかな。
あれ?ゴミって何時から出していいんだろう???



2006年11月12日(日) だからここに書く

眠れなくて困っておりまする。
こんな時間に起きてるの、久しぶりだなー。
布団から出て居間の扉を開けたら、すっごい勢いでノンが回し車を回っててびっくり。
先日のノンの白目、翌日に治っていたので病院へは結局行かなかった。
でも、昨日からまた、ちょっと白い。
白内障っぽいんだけど、この前のは回り過ぎて目を回していただけかもしれない。
食欲もあるし、動くものを捕らえる視力はあるみたいだから。
少し様子を見よう。

ここんとこ、毎日ニュースやワイドショーでいじめを取り上げていて、正直気が滅入る。
ていうのは、私自身がいじめられたこともいじめたこともあるからだ。
正確にいうといじめというと語弊があるんだけど、給食袋を隠されたり
こづかれたり、帰り道でつきまとわれたり、無視されたり、からかわれたり
机に落書きをされたり、椅子のネジをゆるめられて座れなくされたり、
自転車のタイヤをパンクさせらたり、風呂場を覗かれたり、と思い出しただけでもこれぐらい。

中でも落書きと椅子のネジは中3の時で、やってたのは男子複数犯で頭のいい子達のグループでした。
でも、中3という受験を控えた時期だったのと、その男子達はそこそこいい学校を狙っていた輩だったので
「先生に話した、ことを大きくすると内申書に響く」と遠回しのおどしが効いたらしく
ある時を境にぴたっとやんだ。(都立バンザイ)

いじめたっていうのは、ひとりで居たい時にひとりになれなくて友達を無視してしまったり
悪友にそそのかされて喧嘩をふっかけたり、先生にえこひいきをされてた子を
敵視したり、といった感じ。
今にして思えば、ひがみそねみの類いであまりにも幼稚。
相手の子達には、ほんとに申し訳なく思う。

今報道されているようないじめとは趣きが違うけれど、今に始まったことではなくて
昔っからあることで、それは子供のみならず、大人の世界でもあることだったりするんだよなあ。

正論や道徳が通じない今の世の中、諦めることも大事なのかもしれない。
「仲良くなるのを諦める」
「友達になるのを諦める」
「理解されるのを諦める」
「学校に行くのを諦める」
学校に行かなきゃいいじゃん、と言ってしまうのは簡単だけど、それを悪として捕らえてる人は
何をされても通学するし。

自殺してしまう子って、逃げ場がないというか、自分を受け止めてくれる受け皿がないんじゃないかって思う。
学校や家庭が「頑張る」ことを押し付けてないか。

子供を亡くした親が、学校側に詰め寄るシーン、ほんとに多い。
親だったら当然の行動だけど、私は違和感しか感じない。
学校の責任だけではなくて、親に話せない状況もあってその道を選んでしまったようにも見えるから。
本人にしたら、いじめられている事実もそうだけど、それを理解してもらえない苦しさもあったと思うし
それは学校の責任だけじゃないと思うんだけど、違うのか。

うちの親も、はた目にはいい親だけど、思春期のころは逃げてばかりだった。
手首にバンソーコ−や傷があっても見て見ぬふりだったし、何か相談しても
答えが返ってきたことがなかった。

一番印象的だったのは、高3の終わり頃、親知らずの影響でそれまでの歯並びがガタガタになり
散々悩んで母に相談したら「そのぐらい普通、気にするほどじゃない」と言われ続け
それでもひどくなるばかりなので、ひょうんなことから知り合いに矯正歯科を紹介してもらい受診したところ
「わ!ひどい!今まで診た中で一番ひどいかも!学会に発表出来るよ」
という結果が返ってきたこと。

ショックだったけど、はっきり言ってもらって安心したのを覚えている。
自分の価値観のほうが、やっぱり正解だったから。
と、同時に、なぐさめのつもりだったのだろうが今までの母の言葉の数々に
腹が立ち、もう親はあてにしないとはっきり見切りをつけたのもこの時だった気がする。
しかも初診の際、不安でいっぱいの私に付き添ってくれたのは、母ではなく伯母だった。

こんなことが物心付いた頃から数え切れないぐらいあり、私の子供を望まない心というのは
親になりなくない、こんな親になりたくないという拒絶反応から来るものかもしれない。
リストカットも完治してないし、自分を傷つける行為の対象が、子供に向かってしまったらえらいこっちゃ。
自分ひとり確立出来てないのに、子供を抱えてどうなるのか。
以前付き合っていた人の母親が、育児放棄をして父親に育てられたという家庭環境だったので
余計に気持ちが分かり、産み育てることの重要さを人一倍感じてしまうのも影響してるのかも。
望まれて生まれ、愛され育つ、当たり前のことかもしれないけど、なんと尊いことか。
結局のところ、私も逃げるだけなのかもしれないけど。

以上の点について、いつか両親や「早く子供、子供」とせかす伯母に話してやりたいと思うのだけど
やっぱり分かってもらえない(あてにしてない)ので、言葉にすることはないんだろうな。


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