仕事というにはおこがましいほどしか働いていませんが、例の立ち尽くす仕事には慣れて、一日を少しだけ早く感じるようになってきました。 悟りを開いたのです。 時間をもったいないと思ったら負けです。
それでも丁寧に仕事をしていたら、9月までお願いといわれて、ちょっとだけ認めてもらえたようでうれしく。
でも今日は、上記とは違う、人生で一番好きな仕事をしてきた日でした。 ああ、テンションあがります。 人前で話すということは、脳と体が活性化して、肌ツヤまでよくなる気がします。 今日はお客様が大学生だったので、オバちゃんの話はいまいちスベリぎみではありましたが、まっとうに仕事して帰ってきた充実感がありました。 あと二日間、楽しんでやりたいなと思っております。
とはいえ、実は今日別の仕事の面接受けに行ってしまいました。 その動向次第かなと思います。 仕事のハイテンションのまま面接に行ったので、なんだか浮ついていて、合格する気がしませんです。
それはそれで立ち尽くす仕事をまた頑張ります。 なんだか気に入ってきました。
こんなふうに仕事がある日はハリがありますなー。 でもそれは扶養に入って、のんびりした時間をもらっているからこそ、仕事が新鮮という、かなり贅沢な話なんだと思います。
私が好きな言葉は、ダストレスチョークの日本理化学工業株式会社さんが「働く幸せの像」に刻んでいる言葉で
略してあるかと思いますので()内は捕捉ですが、
「導師は(言いました。人にとって大切なことは)
『人に愛されること、 人にほめられること、 人の役にたつこと、 人から必要とされること、 の4つです。 働くことによって愛以外の三つの幸せは得られるのです』 と。
(社長の考えでは) 「その愛も一生懸命働くことによって得られるものだと思う」
というもの。 会社経営に悩む社長が、ある日通りかかったお寺の山門に書いてあったこの言葉に胸打たれ、障がい者(という言葉はあまり好きではありませんが)、雇用を続けようと思ったと、カンブリア宮殿で言ってました。
私は、その、一番好きな仕事をしているとき、この言葉をお別れの際に伝えることにしています。
なんという素晴らしい言葉かと思って。
仕事をしているだけで、人生に必要なことのうち、3つも簡単に手に入ってしまうのです。 しかも毎日その充実感が味わえる。 愛すらも手に入れることができるのです。
働くのがイヤだとか、つらいとか、苦しいとか、そういうことも確かにあって、家でゴロゴロしているほうが確かに楽で楽しい。 でも主婦の家事という仕事も含めて、何かしらをしたとき、確かにこの3つが手に入ります。
忙しすぎて、つらくて、いやいややっているときこそ、この言葉を思い出して無理やりにでも自分は充実してるわ! と思うのもまた一興。 それにもし、小〜高校生の時々に、この言葉と考えを聞かされ続けて育ったなら、働くの嫌だなぁなんて考えなかったかもしれない。
この言葉を見るたび、いつも考えさせられます。 出来るなら今日の大学生にも話してやりたかった。 でもまだ一年生なので。 いつか自分でこの言葉を見つける日が来るとイイね。
***
そうそう、サイトのほうにポチリポチリと拍手下さってありがとうございます。 それに最近こっちの日記にも投票? してくださっている方がおられるようです。ありがとうございます。 特にランキングに参加したりはしていないんですが、面白いと思って読んでくれた人もいるのかなと思ってうれしいです。
モツの煮方書いた日が人気高かったですね。 季節柄ですね〜。
では、また明日!
| 2013年03月22日(金) |
ノルディスについて考えてみた。 |
そろそろアトリエ書ける感じになってきたかなー。ブームが来始めたかなーという感じ。 ひと月に一度更新できたらいいなとは思いますが、無理して書かないことを目標にやっております。 しばらく書かなければ勝手に書きたい時期が来るです。
*** それで、ちらほら考えを巡らせていたのですが。
どうやら私はノルディスという人があんまり掴めていないようで。
礼儀正しく賢い青年で、どうやら貴族出身ではないらしいけれど医者を目指している。 中流家庭出身なのか、それよりややいいとこのボンボンなのかと思っています。(ややいいとこのボンボンじゃないと、ノルアイ派的にまずい。壁は低いほうがいい) 兎に角マイスターランク(博士課程的な?)に行って研究に没頭できるくらいの余裕はあるらしい。 とはいえ、マイスターに進んだら学費も寮費もアカデミーが出してくれるのかもしれないし、中流家庭でも安心なのかも。
ザールブルグ出身なのか、ザールブルグ近郊の村か街出身なのかもよくわからない。 親が医者だという記述もないし、医者になりたい目的も聞いたことがない(ノルディスイベントはアイゼルを泣かせたくないので、一度しか見なかったため、記憶が薄い)。
と、書いてきたところで、これか! と思った。 「医者になりたい動機が具体的でない」
ザールブルグにも医者はいるんでしょうが、どういう治療をしているものか、どちらかといえば捻挫とか打ち身とか、外科的な手術で治るものを扱ってるのかな。 そこをあえて、錬金術士になろうとするからには、内科的に人を治療したいのだろうと思い……ますたぶん。
でもあの人結構ダークノルディスなときもあるので、血が苦手だからとかそういうこともなさそうだし、「医者は医者でもなぜに錬金術?」となってしまっているのですね。 このキャラ付が弱かったから、当初エリーのお相手だったはずが、ダグラスに持ってかれてるんでしょうな。
エリーは夢を持って錬金術に臨んでいるから、その夢と同じくらい強い夢を持って進む相手が隣にいないと様にならない。だから私はエリーにはダグラスを。となってしまいます。
もしノルディスに、明確な「どうしても錬金術じゃなくちゃ、どうしても医者にならなくちゃ」というエリーのような動機があったら、ダグラスも危ないところだったんじゃないでしょうか。
あと「医者になる」は、エリーの「錬金術で人を助けたい」の目標にちょっと被るんですね。 だからより一層キャラが薄まってしまったというか。ノルエリ的には美味しいと思います。
試験に負けて顔色が悪かったりと、打たれ弱いイメージもあるノルディスですが、かといって誰かのように捨て台詞をはいて(例:「ああわかったよ! もう来ねぇよ!」)いなくなることもない、礼儀正しい(発展途上の)紳士という点では、とても好感が持てるわけです。女性を大事にするし、力で守れるかと言われればそうでもないけど、尊重しているんだなというのは伝わってきます。
育ちのいいアイゼル視点で言うとそれはすっごく大事。
時々KYになっちゃうのは錬金術関係だけの話で、普段の生活からプライドが高すぎるというわけでもないイメージ。むしろ勉強しすぎでちょっと天然ボケ入っているんだろうなぁと思います。 二人のアトリエかな? 「生まれてからずっとこの寮で暮らしてる気がするんだ」みたいな台詞。 実際キャラクターとして生まれてからは寮でしか暮らしてないわけだからちょっと笑った。まぁあれは、ノルディスの台詞というより制作側の冗談ですけどね。
アイゼルはそのちょっと見え隠れする天然と、しっかりしている点にきゅんとくるんだろうか。 「私、この人に寄り添っていよう。それは私の成長にもなる」みたいな。 決して 「私がいなくちゃこの人ダメかも」ではなくて。
ノルディスは、アカデミー→マイスターランク→(研究者?)→研究者兼アイゼル工房のお手伝い。が公式ですが、ここで研究者として過ごしている期間も作品によっては二年くらいあって、結構長い。 どうやらクライスを尊敬しているらしい節もある。 ここで、医者になるのは急務ではなさそうなことも、ちらほら見て取れる。
最終的に彼が目指しているのは、医者というよりは新薬開発の研究員のようです。 ただその努力の結果が、ユーザーにはっきり分かる形で出てこないのが残念。 アニスのアトリエでは、いつわりの銀のつくり方とか教えてくれますけど、あれそれ薬関係あるの? 何の研究してるのノルディス? という状態に。 (いつわりの銀イベントはちょっと驚きました。ノルディスも冗談いうのねーみたいな。) アドバイスを薬関係に限定して、ユーザーがおおって驚いたら、研究員としてのノルディスが引き立ったと思うなぁ。
兎も角。 私がノルディスをまだつかめてないのは確かでして。 どうしてもノルディスのことを考えるとき、アイゼルのお相手として考えてしまうため、アイゼルにとって都合がいいキャラ付にしてしまいそうで、ちょっと迷い迷いやってます。
もっとノルディスの情報がほしいですよー。 こんなに書いたのにまだよくわかってないですよー。
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ところで、最近ダグエリ同盟に行ったら、ダグエリサイトさんさらに一軒増えてましたね!!
うひゃあー! って思って早速覗きに行ってきました。 最近じゃなくて結構前からやってらっしゃるサイトさんだった。 でもダグエリ絵見られて幸せ。 テンションあがりました。 上がったうえで、今日の日記なんですけど。 やっぱり目から入ってくる情報って刺激されますねー。
アトリエリング、自分で作りたいキモチが少しずつ……。 でもなぁ、管理し続ける自信、本当にないからなぁ。 昔よく使われていたウェブリングサイトさんが、復活していますけれど、どうも登録しているサイトさんが少ない気がする。 使い勝手もよくわからないし。 ダグエリ取扱いサイトさんだけでも、自分とこのリンクに集めまくる? どうしよう……。
悩んでおります。
では、また明日!
恒例の、旦那さん方のお墓参りに。それから親戚周りに。 どうしてもたっぷり一日かかりますね。近場なんですけど。
おばあちゃんちに義母を迎えに行く。 ↓ おばあちゃんとこのお墓にみんなで行く。 ↓ 義父のお墓に行く。 ↓ 親戚1件目 ↓ 親戚2件目 野菜をもらう ↓ 遅いお昼 ↓ 買い物(義理母は運転免許を持っていないので) ↓ おばあちゃんちに送る、お肉と米をもらう。 ↓ 義理兄の家にお肉を届ける。 ↓ 帰る
いつもこの流れです。 この一日で、お米とお肉と野菜をもらって帰ってくるのです。 充実した一日です……。
ただ今年はお野菜もらえなかったなぁ。 不作なのもありましたが、白内障の手術をして種まきができなかったとか。 いつも楽しみにしているものすごくおいしい野菜なのですが。
いやいや、それを目当てに行ってるわけじゃ……ないですよ。うん。 食べきれないから貰ってって……言ってくれるから。うん。
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お彼岸というのは、亡くなった方が彼岸に来る日ですから。 先日の震災で亡くなった人も彼岸に来ているのかなぁと思いながらの墓参りでした。
盆と彼岸は、亡くなったあの人はこういう人だった、ああいう人だったと、話が出ますよね。そしてそれはいつもいい思い出だったり笑える話だったりします。
震災と彼岸は日付が離れていませんが、被災された方々も、震災のことそのものではなく、亡くなった人の話をする機会が持てる日であればいいな思いました。 また、亡くなった方がちゃんと彼岸に行けていたらいいなとも思いました。
*** 17日に義実家の墓参り。 20日はウチのお墓参りに行ってくれる予定ですが。 旦那さんは仕事になっちゃうかもですね。 こういうのは仕方ないと思いつつちょっと残念ですね。
では、また明日!
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