兎に角日記
三日に一度は兎に角と書いてしまう。

2003年03月24日(月) 地雷を踏んだらサヨウナラ

♪ちゃらららっ ちゃらららっ だっだっ
♪ちゃらららっ ちゃらららっ だっだっ

浅野忠信が見たいばかりに東京まで行った映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」のメインテーマサントラが上の曲。<わかんねえって。
映画自体は、「一ノ瀬泰造っていうか、浅野忠信が見れました、キャラ的には満足です」というカンジだったけれど、この曲は凄くいいなと印象にのこっていた。
その後特に戦争に関係ないドラマやバラエティや、ノンフィクションでも、よく使われるようになったので、私のセンスもまぁまぁじゃないかと思ったもんだ。

さて。
地雷を踏んだらサヨウナラというのは、戦場カメラマン一ノ瀬泰造を描いた作品。というか、「アンコールワットの写真を撮りに行く。上手く撮れたら東京に持って帰る。けど地雷を踏んだらサヨウナラ!」と戦下の彼が日記に残した言葉。
実際に彼はアンコールワットを目指し、行方不明になってしまうわけだが。(死後9年たって死亡が確認された)
戦場カメラマンといっても、若くして太く短い人生を過ごし、この言葉を残したからこそ、本が出されたり映画になったりもしたわけで、写真自体は、ドキっとするようなのはそこそこかもしんない。

やや、ちょっと前置きが長くなった。
今回の戦争で、どうやらカメラマンたちは一箇所にまとめられ、軍の護衛つきでしか撮影もできないらしいんだが、無許可のカメラマンというのは、今回まったくいないんだろうか。と思ったわけです。
危険と隣あわせなわけで、お奨めするもんではないのだけれど、報道規制がされていることといい、
「アメリカよりの画面ばかりで、われわれはどうしても中東戦争のときの情報操作を思い出してしまうのですが、それも戦略のうちとして流しているわけですか」
「勿論こういった場面を見て、私たちはアメリカならばアメリカばかりが優位な場面ばかりで、操作されていることを感じるわけですが、それでいて本来の映像は手に入らないわけですから、中東の時よりもずっと情報操作が発達してきているということですね」
(↑何時だったかのニュースで言っていた。上手いこと言うなと思った。)

あ〜イライラしますな〜。
アメリカの自己正当化発言といい、見え透いた嘘だと分かりきっているのに、やっぱりニュースは見たい。それで
「本物のマグロ……のはずなんですけどねぇ? どうなんですかねぇ」
と板前さんが首をかしげるのを見ながらまずい寿司を食べさせられてるみたいで気持ち悪!!

だれかすっぱ抜いてくれないですかね、最前線の本との様子を。
でも、本当の映像が流れるのは、もっと未来になってから(たとえば次の戦争が始まってから)と相場が決まっているんですね。

最近鼻で笑うような思いばっかりだよ。


では、また明日。



2003年03月23日(日) OMC窓口について

OMC窓口
「あやかし荘奇譚」を3/26日(水)午後10時にOPENします。
定員は1〜4名です。
どうぞよろしくお願いいたします。

***
相当久しぶりのOMCですね。
クッハ−! 大緊張!!
本当にどうぞよろしくお願いいたします。


***
土曜・日曜と人様の日記を読んだり、ニュースを見たりでいろいろ考えたり情報を集めたりしていた。
戦争が始まったんだなぁと思うと同時に、平和についてとか世界情勢について語り合うなら今が旬! とばかりにいたるところに意見が書かれていることと、19.20をピークにして、やっぱりもうみんな日常に戻って居ることを実感した。
そういうものなんだろうな、と思った。

では、また明日。



2003年03月21日(金) さっぱり日記をかかなかった一週間だった

さて。金曜日。
いいですねぇ! 三連休。きゃほー!!
今日なんて最高に天気が良くて(でも寒かった)、浮かれつつ外の光を浴びておりましたよ。冬は日が短いから、仕事が終わって外に出たときには、真っ暗なんですもんね。
仕事場は、窓がなくて(目に画面が反射しないようにと作られているんだとか)薄暗いんですよね。このままではビタミンDが形成されなくなってしまう、なんて思ってしまいます。


この一週間、テレビも見ず、せいぜいメールチェックと掲示板のレスつけだけで過ごしておりました。というのも先週借りたゲド戦記を、我慢できずに読み始めてしまい、毎日零時過ぎまですっかりどっぷりはまってしまっていたからです。
小学校の頃に読んだきりだったので、スッゴク面白くて面白くて、途中デやめられなくなっちゃったんですね〜。
ゲド戦記は1976年初版発行。私生まれてませんな。…すでに30版以上刷られているみたいです。微妙に凄いと思います。
裏には、小学6年、中学生以上向けと書いてあります。
小学校で読んだとき、あんまり理解できなかった部分があったと記憶しています。難しかったのもあるし、一巻のゲドの性格の悪さにウヘーとなっていたはず。
今読むと、なんて人間くさいんでしょ。

映画化するとか、そういうタイプのファンタジーではないけど、言葉には力があrんだ、と感じた初めての本だったんだと思う。忘れかけてたけどね〜(笑)
登場人物はみんな魅力的で、世界が広くてイイなと思う。
何度も読み返してきた本ではないけど、好きな本の中にいつも入っていたのは、最初に読んだときの感動が、今とそっくりおんなじだったからなんだろうな。

ずっと全3巻だと思い込まされてきた十数年。4巻が出たときの衝撃。
読み返してみたら、あとがきの訳者のことば以外のどこにもそんなことは書いていなかった。訳者さんの思い違いだったのか、それとも、作者さんはもともとそのつもりだったんだけど、なんだか書きたくなったのか。
兎も角発売された新刊、原価で買ってしまいそうでス。ああ〜だめよ、だめ。とは思いつつ、普段(立ち読みさせてもらって)お世話になっているあの本屋に、お礼するつもりで……とも思ったり。
しかしこうなるとこのまま続きがどんどん(といっても3〜5年置きくらいに)出そうな感じもするな〜新刊は、ゲドたちじゃなくて新世代だっていうしね。
今は…手元に買って持ってるのは、第3巻のみという不思議な状態。古本ででてないかな〜。ほんと、児童書は古本屋でも肩身がせまいねぇ。

あと、皆川博子の「笑い姫」を読んだ。
うぅ〜ん…?? というカンジ。もうちょっと短くまとめて欲しかったなとか、自分と求めていた方向(軽い怖さを求めて手にとったので)と違う〜と思いながら読んでいたけど、最後の最後で、ま、これでも良かったかもなぁと考えた。

先日、図書館に行って気づいたこと。
邦書で何を読んだらいいか、よくわかんない……。
タイトルでは中身が分からないのです。といっても誰がどんなジャンルで書いているか、作家さんの名前が分かれば良いけど、最近はとんと読んでいなかったから、ふと手に取ったものが推理小説かもしれないし、恋愛小説かもしれないし……と迷った。(つまり、実は推理と恋愛小説が苦手だってことで)
そのくせ、タイトルはなんだかイイ匂いのするものばかり。
惹きつけられるようなのをつけるのが上手いねぇ。
どれを取ったらいいのか迷うなんてこと、今までに一度だってなかったから、ちょっと自分で驚いた。
読む時間が限られてきたから、一発でいいものを引き当てようとするようになったのか、とも思うけど、もしかして、読書嫌いというか、読書に縁のない子供達が本を読みなさいと言われて迷うときの気持ちというのは、これなのか、コレに近いものなのかな、と考えた。
確かにね……わかんないね。

前は、一冊の本が面白ければその後ろにくっついている他書のあらすじを読んで次に目をつけていた。でもなんだか最近は、あんまり惹かれないのよ。何でも同じに見える〜。
どうしちゃったのかなあ。
漫画も懐古趣味だけど、本も昔読んだのをまた読みたいなという気持ちが強くなってきた。
映画と同じで、昔一度読んでいれば、次はもっと気楽に、でも深く楽しめるというのに気づいて、味を占めたのかもしれないな〜。
前は。だから。
こんだけいっぱいあるんだから、次々新しいのを読んで、読み返すのはそう、老後でいいじゃん。と思っていたんだね。
年……? なのかしら〜?
それとも、私もしかして自分は50歳くらいで死ぬだろうからそろそろ折り返し地点だから、そろそろ読み返す時期に入ってるのよなんて、無意識に思ってるのかしら。


4月には……4月には誕生日が来るわね………うふふ……(遠い目)
一年なんてあっちゅー間だわ。

では、また明日。


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