兎に角日記
三日に一度は兎に角と書いてしまう。

2003年02月16日(日) 結局元に戻してみました/URL申請

メールがですね。
無事でした!

何のメールかと言うと、あれだけ騒いでいた、メーラーを変えたので無くしてしまった、と思い込んでいたメールです。
結局、使い勝手がいまいちで、アウトルックに戻したら、あったのです。
無事でよかったなぁ。
MLとかならまだいいけれど、もう二度ともらえないようなメールもあったわけで、それが無くなったらやっぱり悲しいと思っていましたから。
その内、有料で評判の良いベッキー! など試してみる機会がもてたらその時は同じ轍を踏まないようにしたいと思います。

所で、無くしてしまって悲しいなと思っていたメールのひとつが、書いた文に対しての感想メール。それから、裏URL申請の時のメールです。これもある意味、感想をいただける貴重なメールですね。
これが地味に増えつづけて、100通を超え、裏サイトもこれまた地味〜〜に一万ヒットいきました。ということは単純に言うと100人のお客さんが一人100回来てくれた計算に。うひょ。そう考えるとすごい。
そう言えば、ペットのヴィクらいおんも、散々CGIにてこずって育て初めてから、とうとう一年、365日で誕生日がそろそろですよ(笑)
思えばのらりくらりとずいぶん続いていますね。

んでも……。
今日はとうとう申請ページの文を改定しました。今までも少しずつは変えていたのですが……。
私がURL申請メールで唯一確かめるのは「はじめまして」などの挨拶があるかどうかと、「HNもしくは名前」があるか。それだけなんですが、それさえも無いことが何度かありました。
今までにも何度もあって、その度に一生懸命お断りのメールを考えておだししていたりしたのですが、最近、どうも割合が大きくなってきていて……。
申請の具体的な条件は「書かなくても分かるだろう」ではなくて「書かない他意(つまり18以上ですよと必ず年齢を言わなくてもいいように)」があって書かなかったのですが、今までのらりくらりしていたのがまずかったなと、反省。
でも同時に、とうとうウチのサイトもこんなこと書かなくちゃいけなくなったか…と、ちょっとしんみりとしてしまいました。

でもしょうがないか〜文は変わったけど、気持ち的には前と同じですから、まったりやってくか。という感じです。

**
所で昨日の日記はひどいですね。何が言いたいのかさっぱりわかりませんね。
多分、どうかしてました。
だけど、どうかしてた私も残しておくのです。

では、また明日。



2003年02月15日(土) 兎に角って言われてもさ……

兎に角って言われても、どう兎に角しろってんだよ。兎に角って大体なんだよ。
兎に角は兎に角だよ。兎に角があろうが無かろうが〜って意味なんだよ。

って、でもその説明じゃ良く分らんよ………。

というわけで。
毎日毎日、なぜかは知らんが、この日記を「兎に角」で検索してくる人が必ず一人居る。コレはこの一週間リサーチを続けた結果だから、正確な情報である。
ただ、その「たった一人」が毎日同じ人なのか別の人なのかはわからない。必ず一人なのだ。目に付く言葉なら一人以上居てもいいような気がするのに、必ず一日一人。なぜだ…。
なぜ「兎に角」なんて言葉で検索をかけようなんて思うんだ。と思うより不思議だ。
人はもしかして、結構「兎に角」と言う言葉に惹かれるんだろうか。そんなに悪くも無いがメジャーでもない言葉だとは思っていたものの、こうなるとちょっと納得がいかない。

兎に角私は……

「兎に角」以外の検索ワードでグーグられたりしたい。たまには。


<補足> 最近の次点ワード:築地。多分一ヶ月で3回くらい…微妙。

では、また明日。



2003年02月14日(金) 私が仕事を辞めた訳

突然、書こうという気になった。
本当なら一年前に書くべきだったことなのだけれど、なんだか踏ん切りがつかなかったのだ。
でも今日は書くのだ。なぜなら私の面の皮が厚くなったからだ。
この1年で私はふてぶてしくなった。
そして漸く踏ん切りがついた、ってそういうことなのだ。
今日だけはどちらのサイトにも関係なく、赤裸々に行かせていただこうと思う。
反転するかどうか迷い、内容が重いので一応しておこうと思…ったんだけど、実際反転したら自分が読みにくかったので、やめました。
読むか読まないかは各自の判断でどうぞ。
そしてアドバイスや感想を……と言ってくださる方もいるかもしれませんが、これはもう一年も前のことですのであしからず。




***
今日から丁度一年前。蒼太さんは仕事を辞めた。
何の仕事をしていたか、ここに明示するのは初めてだが、発掘調査員をしていたのである。朝から晩まで空の下。土を掘っちゃー運び、図面を取っちゃー土を掘り、写真を撮っちゃー土を掘り、運んでいた。
外の仕事は気持ちいい。作業員さんたちも親切だ。一生この仕事をやっていくんだろうなぁと額の汗を拭う。
発掘。それは自分のルーツを辿る旅。器の一つ一つに多分ドラマがあり、今掘っている一件の家には家族が住んでいた。
さあ、私はそれを知りたいぞ!
ではここで、ちらっとそれぽいことを書いてみましょう。
           
時代の推定は全て土器と地層を見て行います。
どちらか一つでは駄目です。
地層は新しい家を建てるとき、下層まで掘りぬかれる事もあるし、川の氾濫などで押し流されまれに上下逆転する事もある。
土器は家を潰すときに投げ込まれて埋められたり、その後また何か建てられた時とき(近代の住宅なども含め)掘り起こされてごちゃ混ぜになっているかもしれないからです。
混ざって仕舞った所を見極め、混ざっていない所を目ざとく見つけ、すっかり一件なり一穴なり掘り起こせたらこっちのもの。
そして混ざらずに掘り終えた土器を運び込んで洗って復元して(稀に綺麗な個体になりますが、殆どは省きみたいなもんです)、それをとある本と照らし合わせて時代を測定します。
とある本というのは、昔のえらい人々が作った、土器の編年表。
土器Cはこのような形をしており、土器Bに変化し、最新型の土器Aとなった。土器Cからの派生形として土器Dが作られている地域もある。
とまぁ、こんな事が、今まで掘られてきた何千という現場資料を土台に纏められています。
そして我々はそれから推理する。このBという土器が出たB’という家は住居の形や炉の場所、地層Bから出土したことなどから判断しても、弥生時代後期のものだ。
というように。
これは正直、楽しい作業です。探偵・推理、そういう言葉が好きな人にはたまらないでしょう。実際私も久しぶりに書いていて、ああ、面白かったなと思いました。
んでも、土器が混ざらないなんてことは、滅多にない。(※補足:腕の調査員と作業員さんたちならそれは当然であるはずです。でも私の周りでは実際とても曖昧だったし、きちんと守るようにといっても、今までの経緯と事情により行き届かない所があった)
ちなみに発掘には土の境の見極めと言うのが必要です。(ここから数行、小話的に読んでください)
関東に行くとローム層という黄色い地層が目印になり、とても掘りやすいそうですが、こっちはあんまりそういうのがなく、地層も一層ごとの厚みがあまり厚くなく色も明確では無いので、ちょっと大変。
道路工事で新しくアスファルトが入れられた所と、以前のものとで色が微妙に違って見えるところがあるでしょう。あれみたいなもんなんですが、あれ位はっきり見えたらもう、万歳三唱して飛び回って三回回ってワンと叫んでもいいといつも思っていた。

そう、掘るのは楽しいのです。
でも……それで? どうしようってんでしょうか。
働いている時はいつも、「〜である」と断定する前に「〜ではない」という反対意見)を虱潰しに探しなさい。といわれました。すると推理がより確実になっていくからなんですわ。
 例:この家の竈は西にある
 例を否定するための考え:西にあった場合、西の川から吹き上げてくる風が竈を逆流する。だから竈は西には作られないはずだ。

本にこう載っとります。今から○○年前、稲作が始まった。それは地層Gから稲の穂が云々。この○○年前、ってのは、土器編年表に当てはめたりで推測したものです。ここで、ふと思うこと。
(いや、でも待って。その土器編年表もたしか、「推測」の元に作られたものでしたよね?)
それこそ虱潰し論法に反している。
この編年表を疑おうなんて思う人は居ないと思うし、これを発掘関連の方が読んだら何バカな事言ってんだといわれるだろうから先に言っておきますが、これは私の想像の中ですので、勘弁してください。
研究して論文を書いても、私の取ってた時代というのは文字や絵として残されたものが沢山ある時代に比べれば、とても証拠が薄い。
それこそ上の虱潰し論法をあいまいにし、「こじ付け」で何か書こうと思えば書け(余程じゃないとそりゃバレると思うけど)、捏造も出来ちゃうくらいに。<しませんが。
過去の事は過去の事。タイムスリップでもしない限り、本当のところは分らない。
でも土器と地層を見ているだけでは。掘り起こされた家を見ているだけでは。
やっぱり推理は推理。推定と言っても推測と言っても同じ。
良く出来たフィクションを頑張って作ってる…のか?
そして、発掘の手順や図の取り方、記号の置き方など、実は全国共通ではない。だから、データも曖昧な差が出てくる……らしい。
そんなのってアリか?
掘ったらもう二度と元には戻らないのに。
そんな曖昧なことをしているくらいなら、掘らずに置いておいて、いつか全てが確立した後にやった方が、絶対いい筈だ。(実際には、工事などで跡形もなくなる場合があるから、この考えは、とても狭い)

と言うようなことを思ったらいけないんだけど、思ってしまった。
そしてなんだか気持ちが冷めてきた。
そういえば本当は民俗学がやりたかったんだよな〜。休講で取れなかったけどな…なんて罰当りな考えも浮かんでくる。(この考えは、何年も世話になっておきながら、恩師や職場の人に失礼だから、それは無いだろうと自分が嫌になった)

「発掘って楽しい?」
と聞かれると、素直にウンといえなくなってきたのがこの頃。
「発掘の何が楽しいの?」
「あ〜……地元の人に野菜とかもらえるところかね」
「発掘って、でもさ、何になるの?」
「へ?」
「なんかの為になってるの?」

実は、発掘作業というのは、学術調査で無い限り、国からのお金は出ないんです。正確には半分以上が「その土地を使いたいと思っている人の自己負担」です。一現場に2ヶ月掛かるとして、億のお金が飛びます。作業員さんの代金、重機の使用代金、現場事務所の設置なんて感じでね。
それが個人の邸宅なら、まだ補助は出ますが、デパートや会社を作る時は酷い。負担率が高くなる上、例えば1月に開店する筈の店が3月まで遅れたら(実際はもっと遅れるだろうけど)それはそれは甚大な被害を受ける。
でも、その土地が発掘指定区域だったら避けられないんですよ。
なんかの為になってるどころか、ああ……大迷惑?
古代の歴史にロマンを感じて飛び込んだ世界も、なかなかシビアだった。

(人の為になっているっちゃーなってるよ。自分のルーツが分るわけだし、楽しいじゃんか。そりゃ…救急車の人や警察や、会社勤めのサラリーマンや、OLさんや…そういうふうに直接社会に貢献して無い気がするけども、さ)
などと自分に言い聞かせて数ヶ月。
……でも楽しいって言ってもそれは自分が楽しいというだけで。
……その楽しさも、なんだか最近あやふやで……。

(いや、いやいやいや、でも私は確かに発掘がスキだ。
そんな考えはどこぞに放り投げて一生コレで食べていこうぜ! 給料だっていいもんな!)
……あれ。そうだったっけか?
……この時代にこの土器がどうこうではなくて、この時代に「生きてた人がどんな生活をしていたか」が知りたかったんではなかったっけ…?
学術調査になれば、そういう視点から発掘は出来る。……でも……。

そして凄いでっかい現場が、何年かかけて終了した。
これから、図面整理やら、土器の整理が始まる。多分、3年、4年、かかる。
……その頃私は○○歳か…年とってもいないけど、若くもないなぁ……。
発掘の世界は、時間の流れが遅い。1m×1m×1mの穴を掘るのに一週間以上かかるときもある。そんなふうに私はずっとこの先も……。

私はすっかり、前述したとおり情熱は失っておりました。
ただ、それを自分では認めたくなかったし、言葉にもしたくないまま一年が過ぎました。この仕事を自分で選んだ、一生のものとしての仕事だと思い込んでいて、それが当然だと思ったから。
いま思えば、凄く潔癖だったと思う。潔癖でも良かったと思う。普通は職を転々としたりしないし、そのほうが偉い人間だと私は今でも思っている。

そして私は、発掘を疑問に思っている自分を誤魔化しつつ、兎に角皆と楽しく仕事しようぜという方向、姿勢へ逃げていった。その結果、向上心がなくなった。資料を眺める事もなく、論文も読まなくなった。それは、人間関係は豊かにしたが、仕事には覿面に出た。
この後何が起きたのかというのは、まだ辛くて書けないのだが、とても自業自得な話。今もまだ理解しがたい所も譲れない所もあるけれど、またそのうち考え方も変わっていくだろう。
その後なんだか色々と吹っ切れた私は、発掘から足を洗うことにした。
お世話になった人たちに済まないなと心底思った。知らない土地にふらっと来た与太郎に、随分親切にしてくれたのだ。
凹んでいた当時の日記(やっぱりエンピツだった)は、サイトに公開していたので、それを読んでいた人からの励ましが随分あったもんだった。
あれが、サイトをやっていた事で、凄く救われた時。今でも感謝しています。

そんで、私は生まれて初めて、進もうと思っていた道から外れて辺りを見回してみることになったのであった。
ちなみに、新しい仕事を探すに置いて、思ったのは
「もう二度と(重大な)責任のある立場には立つまい」と言う事。
私ごときは使われるほうが楽だ。ただ、使われるからといって責任が無いなんてことは勿論言わない。下っ端の方が性格的にも100%のかそれ以上の力を出せるだろうと判断しただけ。

ちなみに、OMCライターになろうと思い始めたのは、辞める3ヶ月ほど前から。その頃は仕事と両立させてフツーに行こうと思っていた。そういう人が大半だと思っていたし。
そしてライター募集要項でサンプル文章を送る、と読み、添付したつもりの文章が添付されておらず、あ〜落ちたかな。と思って1ヶ月位ぼんやりしていたのがこの辺の出来事である。
無論、後に気付いて送り直し、バカなやつと思われたとは思うが無事に雇ってもらえたので安心した。
その後、ライターサイトへの入り方がメールに書いてなくて、OMCのどこから入るの? と考え込んで1月ぐらい。始めの受注の仕方に悩んだり、窓口を開ける勇気が持てなくてグズグズしたりで、実際に活動できたのは6月のはじめ頃だったと思うな。

そして昨年の7月かその辺。
恩師から電話があって、福井県で発掘の仕事をしないかといわれた。
凄く魅力的な話だったと思う。
しかし、色々と考えた末、やっぱり熱意は薄れているんだなと思い知らされる結果になった。
多分、発掘の仕事に戻る事は二度とないだろう。
やるとしたら60越えてシルバー人材センターに登録できるようになったらだ。
嫌いになったわけじゃないから。

そして前述したように、私はとても図太くなったように思う。強くなったわけでも自分に自信がついたわけでも無いんだけど、なんか乗り越えたらしい。
日記をサイトに復活させたのもその一つ。サイトのジャンルをスッと増やせたのもその一つ。以前だったらぐずぐず日記に書いてから行動したと思う。
どういう訳でそんな事になったのかは、私には分らないのですが、多分正月があけて年を取ったせいでしょう。まだ誕生日は先ですが、気分的に。

早、一年か。
色々あったなぁ……(遠い目) 
今も色々あるけどね。もうちょっと秘密さ……ウフフ……。
来週くらいにはここに書くが、きっと吃驚するぞぅ…。

今思うのは、私は「人」を知りたいのだということ。時代や物は「人」がいるからこそ出来上がるものだと言う事。
人を知ることなら、何も発掘じゃなくても出来るんだってことさ。

コレね、夜書いてるからテンション高いしこっぱずかしい表現もしていると思うです。
そのうち言葉遣いは書き直すかもしれないけど、今はこういう気持ちだと言う事。
ああ、そういえばもののけ姫はすっかり見そびれたよ……。
帰ったらもう終わってました。
で、こんな日記書くつもりじゃなかったから、もう夜中3時過ぎてますわ。考え考えで、4時間近く掛けて書いていたようです。
無駄な部分が思い切りありますが、日記としてはこれで精一杯。メモ帳とかで整理でもしない限り、これ以上のことは書けないみたいですな。

……では、また明日。


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