コロンビア号が、「まだわからないけど」落ちたかもしれないそうだ。
この先不謹慎かもしれないので、かくしておきます。
宇宙で死ぬのと、深海の底で死ぬのどっちがいいか? と尋ねられた事がある。 その時は宇宙で。と答えたんだけども。 会話の相手は絶対に深海の方が言いといった。理由は、もしかしたら助かるかも知れないから。だって。 何か違うと思うんだけど。
レイ・ブラッドベリの小説で、 「もしお父さんが宇宙で死んでしまったらもう星は見られない」 て台詞が出てくるですよ。 宇宙飛行士のお父さんを持つ子供が言う台詞です。 切ない……。 だけど少し、ロマンを感じてしまう。 だから私は宇宙の方を選んだ。 だけど、宇宙で死ぬのは寂しいだろうな。 やっぱり地球で生まれ育っているんだから、幾ら外から見る地球が綺麗でも、やっぱり「畳の上で死にたい」という心境になる。
毛利さんのお話とか、今まで読んで来た本のこと考えると、あのTV映像の感じでは、………な感じ。 青い空に長い尾を引いて、先端がどんどん小さくなっていった。白い光がまぶしいくらいで、とんでもない熱さになっているのが分る。 でも私は専門家じゃないから分らないし、それでもどうにか助かっているといいなと思うんだけど。脱出用の何かあったはずだし。
イスラエルの乗り組み員さん(ハンサム)も今回は居たらしくて、何だか毎日、毎日、少しずつ戦争の子種が増えて、平和の為の何かが消えていく気がして成らない。 もう世界がこういう方向へ進んで転げて、止まらなくなり始めてるんだろうか。
では、また明日。
| 2003年01月31日(金) |
書き終わったッス!/メモリ節約ソフトのこと。 |
お待たせしました、ゴーストネットOFFの一本、書き終わりましたよ〜! 個別までちゃんと。 今日明日で、推敲します。 書きあがってほっとしました。
*** アウトルックではないメーラーにし、IEではないブラウザを導入しました。 スレイプニール(sleipnir)というブラウザと、EDMaxというメーラーなんですが、私ときたらこういうのが初めてで、うっかりミスをやらかしました。 もしかして、すごい恥さらしなことを書くかと思うんですが、すみません、本当にあったことを書くのが日記ですから、ここは一つ目をつぶってください。
1.スレイプニールを入れたら、もうIEは必要ないのだと思って、削除しようとした。 2.WINDOWSの設定を初期化しますか? と聞かれたので、はい。と答えた。(IEが消えるのだと思っていた) 3.そうしたら、スレイプニールを動かすには、IE5.x以上が必要だということがわかった。(思い込みでやった) 4.慌ててIEを入れなおした。 5.アウトルックもなくなっていたことに気付いた。(IEとアウトルックは連結されてるんですか……え?) 6.でもいいや、どうせ新しいメールソフトにする気だったんだし。と思った。 7.ふと我に返ったら、そういえばアドレスが無くなってました。
痛い…。 HP作成もそうだけど、基本的なところで、何か変な思い込みをしてたり、知らないことがたくさんあったりで、私は少々、自分の無知を嘆いております。 雑誌ではなくて、きちんとした本を一ページ目からちゃんと読むべきですね。 お金ないけど図書館にいけば、何かあるでしょう。
というわけで、凹んでますが自業自得です。 では、また明日。
| 2003年01月30日(木) |
戦争しますか。しますか? |
今チラッとニュース見ただけだから良く分らんのだけれど。 タイとカンボジアがヤバイらしいですね。 タイの一女優が、「アンコールワットは(を?)カンボジアが盗んだ」という発言をしたそうで、両国国境にて一触即発状態。 タイに住む人の日記を、慌てて読みに行った。
「あちらでは、国王の写真を踏む映像はカットされている」との事。 (無断拝借失礼いたします) そんなことが分ったら即……なのだそうです。
戦争になりそうな地域がこれでまた一つ増えましたね。 日本人は、あんまり危機を感じていないみたいですけども。
最近、良く思い出すのは『世紀末になると昔のものが良く流行る』という言葉。 映画のリメイク。 歌はカヴァー曲。 ファッションは一周してまた戻ってきたみたいだし。 私が最近ハマッてるのは、昔の漫画。
ノストラダムスは、世紀末に世界が終わるのではなく、そこから徐々に世界が壊れていくって言ったんだってさ。 ウイルスが流行るんじゃないかとか、色々聞いたけど。 終わりっぽいのは、新しいことを生み出せなくなってきている人間の方なのかもね。 こういうとき、武器マニアな友人とかの顔を思い出すと、キツイ。 普段は、ちょっといやだなと思いながらも話を聞いているけど(物を書くとき参考になるしね)。 身を守るものとか言っていても、結局それは人を殺せるものだから。
私は、人の死ぬ文章をあまり書かない。 書くときは、そうしようと決めて、書く。時々、ごくたまにだけどね。 殺伐としたものは、書いていて現実を思い出してしまって、辛い。 せめて文章の中だけでも幸せでいいじゃないですか。 例えば登場人物一人一人に辛いことがあっても、死なない限り、いつかは乗り越えられるものだしね。
でも……不幸せを知らないと幸せも、あんまり上手には書けないのも事実かもしれないな。
戦争を煽っているわけじゃないです。 知識としてだけでいいから、昔のこと、戦争があったこと、どんな出来事が起きたかを知っていないと、今が幸せだということを忘れてしまうのかも。 それには、知識をリアルに想像できる心と頭が必要になるわけで。 面と向って考える事(勇気?)も必要になるわけで。 それって、なかなか大変なことだとは思うんだけども。 戦争があった事を、 「アンタが先に手を出したんだよ」 とか、 「こっちの方が被害が酷かった」 とかって揚げ足を取る為に知るのではなくて。 『その結果何が起きたかを知っているから、戦争はしない』
という気持ちになるために知って欲しいと思う。
これはですね。 以前、広島に落ちた原爆関連のHPを見ていて思ったこと。 そのHPには、そこを見た海外から老若男女からメールが翻訳されて乗っかっているんだけども。 前者みたいな考え方をする人が多かったのよ。
日本も中国やら色々と悪いことしたけど、アメリカに原爆落とされたでしょ? それは自業自得ってヤツで、だからやっちゃったこともやられたことも仕方ないから、忘れてくれ。 って言ってるわけではない。んですよ。
まぁ時々は、『人間が減ったら地球は助かるかもな』と思わないでもないけど。 もう地球と人間は切り離せないみたいだし。 地球の為と、隣に居る誰かの為と、それから自分の為に。
戦争はしないほうがイイッスよ。
では、また明日。
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