兎に角日記
三日に一度は兎に角と書いてしまう。

2002年11月03日(日) 知らない番号

ナンバーディスプレイという便利な機能が携帯にはついている。
この機能が電話に付き始めたのはいつ頃からでしたっけか?
私が高校生くらいのときからだったんじゃないかな。もっと後かな。

一昨日から知らない番号の電話がしつこく掛かってくるので、誰かしら? と出てみたところ、旧友で御座いました。
長野に来てるから。っていうただそれだけの連絡だったのではありますが、受け取るのが遅くて、もうお宿を決めてしまったとのこと。(つまりはウチに泊まる気だったのだろうか…)
知らない番号からの電話は、取らないことが多くなった。
気が向けば、取るんだけれど。
間違い電話かなぁ。とか何か面倒事が起きるのではと思うと、取る気になれない。
昔だったらありえないことですね。
実際、知らない番号でも取ってみたら郵便局だったとか、宅急便だったとか、必要な電話もあるわけです。
だから、知らなくても取った方がいい。
ということは、ナンバーディスプレイあんまり必要なし??

と、思っていたのですが。

最近、自宅に家電がつきました。今まで携帯だけだったんですが。
ところがこの家電、ナンバーディスプレイ機能がない。
無いと、電話に出るのがなんとなく怖い。
つくづく、この機能に頼りきっていた自分に気付きましたよ。

たとえ、市外局番だけでも分れば安心というものですね。

では、また明日。



2002年11月02日(土) 有難う御座います!!/暇があったら何するの?

中途半端な時間に開けたにも関わらず、ご注文有難う御座いました!
「耳切り坊主(前編)」無事窓口が閉まりました。
今回は、結構時間が掛かったので、ヒヤヒヤしました。
夜9時、10時という、トレンディな時間帯に、有難う御座います。

実は今日、夜9時にしたのはわけがありました。
いつも真夜中なんで、夜遅くまでおきてなければいけない、というのは大変かなぁと思って。
でも、良く考えたら。
テレホタイムとかは、夜11時からだし。
だったら11時。もしくは思い切って朝の8時とかにすればよかったのだろうか…。
などと考えるのは、不毛ですな。
結局、誰がどの時間に暇か、などということは、その人それぞれだし、その日の予定によっても変わるわけですし。
でも…テラネッツで「あなたはどんな時間がヒマ?? アンケート」とか取ってくれたら、嬉しいな。
最近コミネットに出来た東京怪談スレッドに、書き込みでもしてこようかな。
ちゃんと、IDとって。<どう取るんだっけか…。なんか、ライターとかは取る方法が違った気がする。一度理解したのに…忘れてしまった。

***
ヒマだったので。
モノカキしてました。
何を書いていたかって。

悟空×チチ のシリーズもの。
一日で。
4本書いて。
さっきUPしてきました。マイサイトへ。
バカですな。

まだ画像確認とかしてないんですが。そんな事やってて力尽きた土曜日。
でも悟空×チチのカップルは好き。
好きだという人が、他にも居るかなと思ってネットサーフィンしてきました。
そうしたら、泣ける創作に出会って、つい触発されちゃったんですよね。

多分、同じ世代の人は知ってると思うんですが、悟空とチチは「ドラゴンボール」という漫画の主人公とその妻。(妻!! 正統派カップリングなのにな。影薄い)
「じゃ、結婚すっか」「んだ!」
で決まるシーンはなかなか大好きであった。
けれども、なんか知らんが、悪者に良く付けねらわれる悟空は、そのうち地球を守って死んでしまうのでヤンス。
死んでも全然元気なんだけどもさ。

その頃、悟飯(悟空とチチの息子)の教育ママゴンと化して、当初の可愛らしさがすっかり抜けていたチチなんだけど、悟空の死の知らせを受けて、確か卒倒するんだわ。
後、生き返った(生き返っちゃうんだ、これが!)悟空に対して、自分だけ年を取っていくことを気にしたり。
も一度悟空が死ぬときに(また死ぬんだ、これが!)「母ちゃんに、すまねぇって言っておいてくれ」という辺りが。
『愛って何? 食えんのか?』的悟空も、旦那の事などすっかり愛してないと思わせてくれたチチも。
なーんだ。結構ラブラブなんじゃねぇの? というのを邪推(邪じゃねえだろ!!)させる漫画であった。
ちなみに悟空とチチは新婚当初から5年目くらいを除いて、殆ど一緒に暮らしてないと見た。<理由は、悟空がずっと戦ってるから。
だから、いつまで経っても新婚みたいな二人だったのかな。
ていうか、チチって筋斗雲に乗れるし(字を登録してしまったよ)、ただ純粋なだけか。

という感じです。
有意義な土曜日であった。<本当に……?

では、また明日!



2002年11月01日(金) どのように物を考えるのか。

人は、物を考えるとき、どう考えているのであろうか。
一人で居るとき、頭の中、どうなってますか。

例えば、風呂掃除をしているとき
「次は、スポンジを右手に取り、左手にバスマジックりんを構え…いやいやその前に吹き付けて垢を浮かせておくと良いのであった」
などと考えている人は居そうでいないと思う。
ほぼ無意識にできる事だから。
というわけで、人は何を思いつつ風呂掃除をするかというと、
「これが終わったら洗濯をして、布団も干して…あ、その前に鉢植えに水をやらなくっちゃ☆」
的なことを考えているのかもしれない。

人の考える事故、上記のものは全く小説風に想像しただけのはなしで、風呂掃除している人間全般がその思考だったら、それはちょっと、クローンじみてて怖い。
いや…マテヨ……風呂掃除をしているときは風呂掃除の事だけを考えるのが普通なのかな。
「カランとバスタブの間のカビが気になる。割り箸に布を巻いて取ろう。床のタイルは二度磨き、プラスチック椅子から湯垢が取れているかどうかは、しっかり確認せねば」
とか考えているのかもしれない。これはちょっとA型思考過ぎて大袈裟だけれど、そういうことを考えなければ、きっと風呂は綺麗にならないんだから当たり前の事だな。

****
というような事を、先程風呂掃除をしつつ考えていた。
私の場合は、起きている時間の間、大体において、思考が「日記調」である。
「〜だな」「〜だよな」をつかっていて、まさにこの日記そのものの言葉で考え事をしている。
みんなは、どうなんだろう。
漫画のフキダシみたいなのを想像しつつ、考え事をしているのか。
それとも…

もう一つ、考え事の方法がある。自分や、その場に応じた「誰か」に語りかけるというものである。

私:「上記のような事を考えてみたんだが、どう思う?」
誰か:「日記に書いたら面白いかもね。筋道立てて覚えておいて、夜書くときに忘れないように」
私:「忘れそうだ。思えば幾度もこのネタを日記に使おうと思って忘れていたんだ」
誰か:「ていうか、風呂掃除してる時にそんなこと考えてないで、足元濡れてるんだから、そのまま台所に行こうとするなよな」

…分ります? 意味。

古館伊知郎が、昔「山手線に乗りながら窓の外を流れる風景全てに実況を施す訓練をした」という話を聞いたことがあります。
私の場合は、実況ではなく、…え〜なんと表現していいものか…。
「一日中誰かとの会話か、日記を書くことを想定・予想しながら動いているらしい」

何か考え事をするとき、頭の中に「だれか」が居る事が多いのだ。
断っておくが、電波じゃないゾ。

誰かを想定しているだけあって、『誰か』になりきった何ものかが答えているのである。例えばそれが東京怪談に出てくるPCさんであることも、ある。
書いている間、常に頭のなかに居る成果、会話しやすくなっているのだ。
たとえばそれが、草間武彦であるとしよう。

私:「…というようなことを考えているのだということを。日記に書こうと思うんだがどうよ?」
草間:「それはいいが、やり過ぎないようにすることだな」
私:「なんで」
突然碇女史:「そんなの決まってるでしょう。変な人間に思われるからよ」
私:「…ヘンな人か…ヒトはどれくらい行ったら変な人と思われるのであろうか」
草間:「変人と呼ばれるのは、余り嬉しい事じゃないな」
私:「微妙にやはり、嬉しくはないね。関西じゃ「ヘン」は褒め言葉って意見もあるけど、地味に生きのが一番良い」
草間:「関西人でもなしな」
私:「この時点でもう、妄想ショーの達人だと思われているだろうか。でもここで言いたいのは、物を考えるとき、他人の頭の中は一体どうなっているのだろうというのを、知りたいって事で」
草間:「それで、とりあえずは自分の思考回路、思考の仕方を紹介というわけか」
私:「あ〜それそれ」

こういう風に考え事をしている。ずーっと。ちゃんと地の文さえ付いてくることもある。
そのうち草間さんはどこぞへ行ってしまい、現実の肉親であるとか、友人であるとかに相手はコロコロ代わる。
その時の考え事に一番適した人物が出てくるらしい。
「この人だったらこう答えるだろう」
というのを常に想像しながら、考えているという感じか。

(ここで言っておきたいのは、「『誰か』はあくまでも、考えを纏めるための話し相手として頭の中に存在する」という事だから、頭の中の誰かに、
「草間さんは変人って言われるの好き?」とか「碇さんは風呂掃除できる?」とか聞く事はない。
それは本当に妄想というか、夢見る乙女が好きな人と一緒に居るときのことをあれこれ想像するのに似ている。
「はい、あ〜ん☆ 玉子焼き、美味しい? な〜んちゃって♪」
この流れだ。
こんなことは、創作のネタを捻る段階にならないと、やらない。彼等を他人と見て、違う想像力を使う事になるからだ。 しかももっと突っ込んで言うと、これもまた微妙に違う。)


結局、相手を想定した会話調の考え事、とはいえ実際は私の一部が別人格のフリして、冷静な判断を下したり、程よいツッコミを返してきているのではあるが…。「相手」は『自分の一部』であって、そうでもない。時には自分でも驚くような返事を返してくるので、妙な感じがする。

…こう書いて文字にしてみると、なんだかホントに怖いヒトである。ウヒー。
本当に、危ない人じゃないからね。


ともあれ、「会話調」「日記調」で物事を考える人は、結構居るような気がするんだが、どうだろう。そしてそのほかにも方法があるだろうか。
機会があったら、皆さんにも尋ねてみたい。

では、また明日。


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