MTBのブレーキシューを交換する。 この場合は磨耗というより、劣化というかゴムが硬くなって ブレーキングの感触がいささか悪くなってきたため。 ロードに比べてそれほど距離を乗らないせいか シューを磨耗するよりも、硬化させてしまう方が早い。
昨日、とある大手銀行で外回り担当の方が靴修理にいらした。
基本的にウチの店は販売が主なので『修理だけ』は受け付けないが お買い上げいただいた靴に関しては、ある程度の アフターケアもサービスとして行っている。 親会社(靴製造)まで上げなきゃいけない分、時間はかかるけれど 余程の酷さでない限り無料。 幅伸ばしなんて時間さえかければ店でできる。 お蔭で中敷のカスタマイズなど、朝飯前になってしまった。
ところがそのお客様、さすが外回りだけあって ヒール底のゴムはおろかヒール本体が既にボロボロ。 こうなってしまうと、もうヒールごと取り換えなきゃいけない。 当然私ができる範疇ではないので、お預かりしながら 笑ってそのお客様はこうおっしゃった。 『すっごく履きやすいから、直してでも履きたいんですよ』と。 …売った本人として、とても嬉しい一言である。
どういうわけだかジーンズのファスナーの右側だけ 決まって生地が薄くなる男性を知っている。 とりわけ『掻く』わけでもなさそうだが… 言われてみれば確かにそうなのだけれど、言わなけりゃ別に 気付くこともなかったわけなのだから言わないでほしかった。
別に他意はないのに、ついつい 股間を観察してしまうじゃないか!
GW以来ロードに乗るのは、実に3週間ぶりになってしまった。
 最初は軽く足慣らし程度に30kmくらい ちんたら流すかと思っていたのに ついつい天気の良さに誘われて、 河口の方にある新砂船着場まで。 (起点としている岩淵水門より約25km)
土手のあちこちにはクローバーの花が咲き乱れて、 甘いような青臭いような匂いが漂っていた。 時々虫が耳や顔に激突したりもする。 それでも、この時期と初秋がやはり一番走りやすい。
すれ違うロード乗りの方とたまに挨拶を交わす。 トライアスロンのトレーニングをしている方は大抵DHバーに 手をかけておられるせいか、あまり挨拶はしないのだけれど 普通のロード乗りの方とは、顔は知らなくても時々挨拶をすることがある。 ちょっとお辞儀をするだけだったり、右手をちょっと振ったり その程度でも何か気持ちいいものだ。 (そういえば皇居のパレスサイクリングではあまりこういうことがない。 道幅が広いためだろうか。)
屋形船が停泊している場所を過ぎれば、新砂の船着場は近い。 この船着場、一応柵があるにはあるけれど 容易にまたげてしまうため結構自転車乗りが休んでいる。 平日だと水上バスも殆ど動いていないし。
ここからは台場の観覧車がよく見える。 夜になれば景色もきれいだろうなと思ったが、よく考えれば この船着場はもとより土手に街灯などないから ここまで来るのがまず大変だ。
デート向きではないかもしれないが、この場所もまた 土手の中では『放心スポット』として ベスト5に入れていいと思う。私は。
祖父の授章祝賀会のついでに、鹿島神宮を散歩したくて6:00に家を出る。 6:50分発のバスは思いのほかスイスイ進んで、8:40現地到着。 バスを降りた途端、思いがけない寒さに身震いした。
鳥肌を立てながら1時間少々かけて散策し、駅前の喫茶店で一服。 冷えた体をコーヒーで温めつつ、気持ちを 臨戦態勢に切り替える。 会場は叔父が経営している料理屋を貸しきるときいていた。
何せこの祖父(彼の祝賀会だから仕方ないが) とことん自分が主役でなきゃ面白くないらしい。 周囲もそれを分かっているから、この日はぶっちゃけて言えば
じいちゃんヨイショの日なのである。
だからひさしぶりに会った従姉妹とも、あまりキャーキャー 言ってられずに祖父の家の台所で静かに旧交を温める始末。
その後会の方は、滞りなく実に和やかに終わった。 (カラオケ大会になった時だけ私はひたすら逃げたけれど) ただ、本当に意外だったのは祖父の挨拶の折に 祖母への感謝を述べたことだ。
周囲にしてみれば今までそんな言葉、殆ど聞いたことがないため かなり驚いた様子だった。
もっと早く言ってあげりゃいいのに というツッコミつきで。
何はともあれ、最初は少々気が重かったが 祖母がニコニコしながら『みんな集まってくれて嬉しいよぉ』と 何度も言うので、行ってよかったかな。と。
終わり良けりゃすべて良し。
ポータブルMDプレーヤーを買った。
ひと昔前に買ったヤツが録音もできるやつだからだろうか とても重くて大きく、再生専用のものが欲しくなったせい。 今はCCCDでない限りMDに落とすのはデッキで充分だし。
※拙宅ではDVDプレーヤーを CDプレーヤーとしても使っているため 一部のCCCDは再生不可 =繋がっているMDデッキに落とせない。 そんな時のみ寝室のミニコンポから先述のポータブルMDを使って 一旦MDに落として、居間のステレオで聴いている。面倒くさい。
ところが、買いに行ってそのあまりの種類に困った。 とりあえず見た目と再生時間を比較してみるが、 音質などの言葉がサッパリ分からない。 こんなことなら相方に聞いとくんだったと少々後悔する。
余談ばかりだがAV関係の配線や機材等の選択は全て彼まかせで 私は使い方以外殆ど頭に入っていない。 スピーカーが大きいから買い換えようと言った時も 『この木枠がイイからダメ』と即答し、 アンプ購入の時など完全に私のことは放置であった。
それでも何とか分かる範囲で説明してもらい、購入した後 今まで使っていたものとあれこれ比べてみた。
……時の流れというか技術の流れっつーのは、 すごいもんだ。ホント。
写真左より。 ・1kg近くあるポータブルDAT。 (今は全く使っていないが、面白かったので並べただけ。録再可。) ・今まで使っていたポータブルMD。 ・今回購入したポータブルMD。
最近、群ようこの『おやじ丼』という本を買った時に 同じ棚に『向田邦子ふたたび』なる本が並んでおり、一緒に購入。 (文春文庫 ビジュアル版)
実母が彼女のエッセイを好きだったこともあり、 最初に読んだのは小学生の時の『父の詫び状』だったように思う。 きっかけが実母だったことには間違いないが 何故かとても惹かれて読んだ記憶がある。
だからなのだろうか、彼女が亡くなった時 …即ち台湾での飛行機事故のニュースも、おぼろげに憶えている。
それからン十年、何度エッセイを読み返したか。 子供の時は、自分が知らない昔の生活を垣間見るようで面白かったけれど 大人になるにしたがって、見方が変わってきた。
一人の女性として『カッコいいな』と思い始めた。
こんな言い方、軽薄かもしれないし無論ご本人にお会いしたわけじゃない。 『ままや』だって、自分がもう少し大人になったら… そんなことを思っているうち、結局行けずじまいになってしまった。 (これは今でも非常に後悔している。行っときゃよかった、と。)
料理が上手で、さりげない気配りができて、颯爽としているのに 整理整頓が苦手。(最後だけは私と同じ)
本を読みながら改めて、憧れるひとだと思うだけに 白菊に飾られた祭壇の写真と弔辞は、今更ながら涙が出そうになった。
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