一日後記

2004年05月20日(木) 患部写真。

昨日『サンモンシャシン』の文を考えていた時、
とある知人が産婦人科にかかった一件が浮かんできた。

女性ならおそらく一度はデリケートゾーンの痒みというものを
体験したことが絶対ある多分あると思うけれど、
彼女の場合もまたそうだった。
ただ、なかなか痒みが引かなかったので病院に行ったところからの話。


その産婦人科の先生は、お年を召した大変品のいい女医さんで
診察もとても丁寧なのだそうである。
その上品な先生の丁寧な診察の後、身支度を整えた知人は
神妙な顔をして尋ねた。

『あの、これってもしかしてインキンですか?』

…いきなりそこかよ。
知人とはいえここに話が飛ぶところがこわい。

するとその先生、ちょっと驚いた顔をなさってからホホホと
品のいい笑いを浮かべた後でこうおっしゃった。
『あらあら…若いお嬢さんがそんな言葉言っては。ホホホ。』

そしておもむろに本を取ってパラパラとめくり
『ほぉら、これがインキンよ。』(あくまでも上品に)
と、どアップの患部写真を知人の目の前に差し出したそうである。

知人にとってはその写真よりも、
上品な笑顔でインキンの写真を出す先生の方が
はるかにインパクトが強いと言っていた。


何物にもかなわぬ笑顔というのは、素晴らしい。




2004年05月19日(水) 所有権。

3年ほど使った座椅子が、いい加減くたびれてきたので買い換えた。
無論古い方は粗大ゴミなのだから、都内の場合清掃局に電話して
相応の金額のシール状処理券に記名して貼付し
指定された日の朝に出さなきゃいけない。

朝7時半に出した座椅子は、8時半には門前から消えていた。
早いなぁと思いつつ、ふとここで考える。
『誰かが持っていったとしたら、どうなるんだろう?』

以前資源ゴミとして出された古紙を無断で回収し
中から大金が発見されてその所有権で一騒動あったっけか。
(確かこの時は回収した業者が所有権を放棄していたと思う。)

例えば、だ。
ゴミとして出した本人は真面目に処理券を購入したのにも関わらず
第三者が勝手に持ち出し、尚且つそれを不法投棄したとしたら。
しかも記名入りシールなんか貼られっぱなしだったら…。

ものすごく嫌だ。
まだ家で使ってくれている方がマシかもしれない。

そんなことを思っていたら、昔引っ越した時を思い出した。
当時ベースギター1本は人手に渡し、安物のもう1本とスピーカー、
それと大量のビデオテープを捨てたことがある。
ベースとスピーカーはまだ使える代物だったので、一応『使用可』という
紙を貼っておいたら30分も経たずに消えていた。

問題はビデオテープの方で、これまた30分も経たずに消滅。
おそらく『何か』を期待していたのだろうと思われる。
そう推測したのは、近所に住んでいた男友達。

中身は全部バラエティ番組なのに。

そんなに大量のバラエティ番組を録り溜めしていた
私も私なのだが、見る方はどう思ったのだろう。

単に重ね録り用にしたのかもしれないが、
個人的には期待して全部見てガックリきてほしい。ははは。







2004年05月17日(月) 出迎え。

朝から慌しく家事を済ませて、祖父を出迎えに東京駅へ。
まだ電車が到着していなかったので、まず実母を探し
合流して間もなく電車が到着。
祖父を探そうと背伸びしつつホームを走っていたら
コート姿の彼が眼中に入らずに横を突っ走っていた。
(だってステテコ姿が脳裏のユニフォームなのだから
 いきなりコート姿なんてピンとこない)

思ったより、祖父は落ち着いていてマイペース。
ちょっと期待はずれ。

タクシー乗り場まで移動中、突然ジューススタンドの方へ
寄っていこうとするのでどうしたかと思えば、
そこにいらしたのは料理研究家の小林カツ代さんだった。
私も実母も気付かなかったのに、こういう目は相変わらず鋭い。

とはいえ先方にとっちゃご迷惑だったろう。
いきなり恰幅のよい老人が茨城弁で話し掛けてきて
無理矢理名刺交換までさせてしまったのだから。
…横で私と実母は平身低頭である。
まだ話し込もうとする祖父を時間を口実に
半ば無理矢理ひっぱがした。
タクシーに二人を乗せ、見送って『お出迎え』終了。

その後所用で南千住を歩き、夕方実家に電話すると
祖父は式が終わってすぐ帰ったという…茨城までタクシーで。

疲れていたのだろう(現に電話してもロクに話さなかった)が
いくらバスが嫌いとはいえ、この思い切りのよさも
昔から全く変わっていない。



2004年05月16日(日) とっかえひっかえ。

髪を切って気の進まぬ買い物に出かける。
どうでもいいが、前髪というものは何故ちょっとでも
切りすぎると落ち着かないのだろうか。

『気の進まぬ買い物』とは、来週に迫った祖父の
授章祝賀会というヤツに出るための服選び。
別に親戚の集まりなんだし
キレイめのジーンズをちょっとアレンジすりゃ
オッケーだろうと思っていたのに、実家からダメ出しをくらう。

『ンなこと言ったって、さぁ…。』

私の反抗は、ここまで。
自分の祝賀会とはいえ、一番楽しみにしてるのは
他ならぬ祖父なのだからそれをブチ壊すのも忍びない。
基本的にきちんとしたジャケットなんて必要ない生活なので
何とか妥協点を見つけようと。

次第に一体何着試着したのか、分からなくなってきた。
いやその前に、何をどこで着たのかが分からなくなってきた。
しまいにゃ一枚で見栄えしそうなワンピースにまで手を出した。
普段の私なら、到底あり得ない行動だが
その時の私の心理は、少なくとも平常ではなかった。
(もっともあまりに似合わず、そこでハッとしたけれど。)

結局買ったのは、やはりシンプルな黒のパンツスーツ。

しかも私の場合ジャケットとパンツのサイズが違うため
(肩幅広女の哀しさ…。)
華奢な店員さんに2往復もさせてしまう始末。
ついでに自転車屋巡りでもしてこようと思っていた気持ちは
その頃すでにヘナヘナと萎えていた。






2004年05月15日(土) あーあぁ。

また、だ。
朝から左脚の股関節が膝を上げるたび、ぱきぱきする。ちょっと痛い。
以前このような状態になった時にMRIをかけたが異常もなく
暫く放っておいたら治ってしまったことがある。
試しにインターリムでクランクを回してみるも、
どうしたって膝が上がるからその度にぱきぱき ぱきぱき。
これじゃどんなに天気良くたって、乗れやしない。
また暫く放っておくしかなさそう。とほほ。


月曜に叔父と上京する予定の祖父が、急遽一人で来るという。
とはいえ高齢のため付き添いが必要なわけで、
白羽の矢が立ってしまったのは実母。
東京駅から一番近くに住んでいるからというのもあるが、
元はといえば実父が言い出したらしい。

付き添いったって、ある程度かしこまった場だから
着るものに困ると彼女は言う。

それよりも、その娘として心配なのは実母の類稀なるほどの方向音痴。
池袋の駅ですら迷うほどなのに、東京駅なんて大丈夫だろうかと。
一人ならばいざ知らず、今回は高齢の祖父がいるから余計心配なんだ。
はっきり言って。

元々が出不精だし、出かけたとしても実父があちこち連れて行く方だから
どこをどう通ったかなんて憶えていないらしい。

んー…と首を捻りながら暫し考え、じゃぁということで
駅でのお出迎えとタクシーに二人を乗せるまで同行することにした。
来週祖父と会うとはいえ、上京することなど滅多にないから。
おまけに『ハレの舞台』直前の様子を見逃せるかってんだ。
(私としては後述の好奇心が比率大。)


それにしても、天気いいなぁ。


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