ふうこの英国留学日記-その後

2005年04月21日(木) 結婚パーティ第2Rで眉毛の手入れを励行

さて、明日は私の家族主催の我が家関係者による、私と彼の結婚パーティ第2Rの日です。ちなみに彼の親族を集めた第3Rは5月に弘前であり、3月、4月、5月と私は毎月結婚イベント耐久レースといったおもむきであり、私はそのたびにウエディングドレスのコルセットに身を嵌め込まねばなりません。

さて、前回の結婚式はホテルで行ったのでヘア・メイクさんというものがいたのですが、今回は会場は実家の駅前のレストラン、ヘアは地元商店街の母の行きつけの美容室なので、メイクはセルフメイクです。これは大変です。

普段メイクしない私は今日の夜になって
「アレ?口紅どこにあったかな?」
「ひさびさにまゆ毛の手入れしなくちゃ〜」
「あ〜、マスカラ全然使ってないから乾いちゃってるね〜(つうか何年前のマスカラだよ!)」

あーでもない、こーでもないとブツクサいいながら細眉ぎみのカーブした眉に仕上げて旦那に、どう?と見せたところ。
「なんかいかにも書きましたって感じで普段のほうがいいね」
とのこと。

なんか眉の手入してキチッと書きすぎると、自分の顔みても
「なんかヘン!」
これも普段しない下手さのせいなのでしょうか?
でも自分で言うのもなんだけど、けっこううまく綺麗にかけたんです。それでも普段のボサ眉のほうがいいっていうのは、「慣れって恐ろしい!」ってこと。

私の旦那は濃いお化粧が好きではない。なんでと聞くと、不自然だから。と答える。

私はきれいにうまくお化粧できるなら、しないよりした方がいいと思う。華やかな化粧顔が綺麗な女の人は見ているだけでも嬉しい。それにきれいに見える方が女の人は元気になるし。

でも私がお化粧しないのは単なるメンドクサガリだからです。



2005年03月31日(木) 江ノ島で生しらす丼に舌鼓!

最近友人の数人がたまたまそれぞれのブログで江ノ島に触れており、江ノ島か〜久しぶりに行ってみたいのう〜と思っていたところ、このあいだの日曜日が住んでいる団地の年に一度の駐車場シャッフルの日にあたったため車で出かける必要があり、行って来ましたよ江ノ島。

日曜の朝、私はなんだか体調も悪く出かけるのすら気乗りしなかったのですが、連れはなんだかソワソワ出かけたいモード。
土曜日の夜に早く寝ていたので、なんと9時半前には連れの勢いにつられ、車に乗り込んだ私たち。津久井湖でも行こうかと言っていたのに、花粉のこと考えたら海に行くしかない!ということで厚木方面に車を走らせた。
まだ道路もすいておりあっと1時間半で平塚に着いた。そういえば、江ノ島に行きたいと思っていたんだと彼にいうと、じゃ行こうということになり、そのまま江ノ島の近くの駐車場まで直行。昼前についてしまった。

ちょうどお昼どきだったので、五感を総動員して、あ、サザエの串焼きいい匂い、おっ、ここは海苔羊羹か〜などと観光というより、お昼に何を食べるかを探すばかりの道行きとなってしまった。
いろいろと目移りしたが、朝海に行くぞと思ったとき思い浮かべたのが「海が見える場所でのんびりご飯でも食べたい」だったので海の見える食堂で食べることにした。
減ったお腹を抱えつつも、食事をするのは島の先端である岩屋まで行った帰り道と決めガンガン歩く。天気も良く岩屋のあたりの岩場は人も多かったが、水もキレイだった。
しばらく岩場を覗き込んだり、水平線を眺めると、さて昼飯行くかということで、降りてきた石段を登り始める。
結局選んだのは、あちこちでのぼりがたっていた江ノ島の名物と思われる「しらす丼」。しかも今朝は入荷があったらしく生しらすが食べられるという。食堂は「江ノ島亭」というTVや雑誌でも紹介されている店だったのであまり期待していなかったのだが、これがなかなかのものだった。
連れ曰く、「海のキレイさはタヒチだけど、やっぱ食べ物は日本だよなー」。
朝水揚げされたばかりと思われるしらすはキラキラ半透明でシコシコしておりわさびしょうゆと薬味の野菜をかけて食べるだけなのだが、コレが旨いのだ。

帰りは結構渋滞して疲れたけど、以前に友達から聞いていた天然酵母のパンやに寄ってパンを買って帰った。
晩御飯に食べたがこれもいかにも手作りの丁寧な自然な味で素晴らしかった。



2005年03月23日(水) ボラボラ島から無事に帰還!

一昨日、無事ハネムーンで行ったタヒチから帰ってきました。
体が揺れている感じはだいぶ取れてきたけど、まだ少し三半規管がおかしな感じです。

ボラボラ島は良かった。本当に旅行会社の謳い文句のとおり、地上の楽園だった。
キレイな海でお魚と一緒に泳ぎたいという夢はあっさり叶い、それどころか、なぜか私に魚がたくさん寄ってきてシュノーケリングしているだけでも何度も魚にパクッと指を噛まれ(これが結構痛くてね)、手足をバタバタさせて熱帯魚をあっちいけーと追い払ったくらい。

一緒に泳いでいた連れはえさをまかないと魚が寄ってこないので、私を羨ましがっていたけど、私はホント、あまりに寄ってくる魚たちが怖いくらい。
でも、いろんな魚を観察できてすごく楽しかった。魚ってもぐって正面から見るとホーントおかしな顔なんだよね。魚がフンをするのもいっぱい見たなー。プシューってお尻から白いものが出るのですよ。
迫力だったのがサメとエイ。最初はビビッたけど、一緒に泳いぐのは面白かった。これもあまり近づくと食べられそうで怖かったけどね。

自然の美しさと同時に、この地を地上の楽園にしているのは現地の人々のおおらかさだと思った。
観光立国なのになぜか観光ズレしていないのだ。一番観光地ズレしてているのは現地の日本人かもしれない。タヒチアンたちはお土産物屋さんでも、全然売りつけようとしない。ニコニコ座っていて、ラジオ聞いたり、隣の店の人としゃべってる。こっちがコレ欲しいんだけど他の種類ある?と聞くと、やっと腰を上げて商品を見せてくれたり。そうすると親切にあれもこれもと奥から持ってきたり。でも、迷ったあげく買わなくても笑顔でマウルル(タヒチ語のありがとう)なのだ。

タヒチの人たちのゆったりとした感じは、この地の豊かな自然が育んだものだろう。そこにいる人たちが全くトゲトゲしくなく、リラックスした笑顔を見せてくれるということが、私にとっては何より心癒されることだったように思う。



2005年03月13日(日) 結婚式

昨日、無事結婚式&パーティを終えました。
儀式ぎらいの母とチャペルでの結婚式に興味のなかったダンナにもめげず、式場のおしきせの流れのも乗らず、自分が思っていた理想にきわめて近いというかそれ以上に嬉しくて楽しい式&パーティを行うことができました。これも、参列者・関係者みんなの優しさと協力、そして笑える突込みをしてくれたおかげです。どうもありがとうございました。

マイミクに名を連ねる私の大好きな友人・知人で招待できなかった方もいっぱいいましたが、十数人というのが私たちが気を配れる限界だったような気がします。

エピソードをいくつか紹介すると

挙式編
・外人牧師の顔がなぜか新郎とそっくり
・新郎の指輪がきつくて、なかなかはめられなかったこと。私は必死になって入れようとし、周囲からはクスクスと笑い声が。最後には彼が自分で押し込んでいました。
・私は髪が短かったため、つけ毛をつけていたのですが、友人後ろから、アレ付け毛だよね、アヤあんなに髪ながくなかったよね、とささやいているので、思わず付け毛だよー。と答えたこと。

披露宴編
・「間違いない」の長井秀和に話し方がそっくり新郎友人のスピーチ
・めめのスピーチに感動の一瞬
・海外の友人から思わぬお祝いの言葉がとどきまたもや感激
・新郎の会社の同僚からは、女っ気bのなかった彼の結婚が仰天ニュースだったという祝電が多数、激務の中伴侶を得たあなたは偉い、という言葉もいただきました。
・新婦(自分のことですが)酔っ払って、新郎の手をとりワルツを強要、踊りだす
・友人手作りのウエディングケーキは切ると白いムース断面にキレイにハート形が、みんなほおーっと写真を撮る
・ブーケトスでは、私の腕力の無さのせいで、ブーケが飛ばず床に落ちそうに!
・最後に両方の父からは含蓄のあるお言葉が。
・新郎今までに出た結婚式の中で今日の自分の結婚式が一番良かったと自画自賛の終わりのあいさつ

疲れたものの、二人とも充実した気分で昨夜は爆睡。
彼曰く、昔の人は長い披露宴のあと初夜を迎えたんだろうけど、たぶんその日は疲れて無理だったんじゃないかな?とのこと・・・

最後に、パーティ会場となったレチュードのすばらしい料理と行き届いたサービスに感謝。全部自分で手配しなくちゃいけなくて大変だったけど、スタッフとオーナーの心和む協力の中で、結果的にレチュードでやって本当に良かったと思いました。

レチュードのHPはこちら
http://letude.com/index.html

味は、試食の結果数件のホテルでの結婚パーティを却下してこちらに変更したという過程がものがたっていると思いますが、
ご自分で試されるのが一番かと思います。



2005年03月02日(水) 結婚式で自分の価値観を思い知る

来週の結婚式を控え昨日は、イラストレーターの姉と当日配るペーパーアイテムの打ち合わせ。夜はブリティッシュ・カウンシル主催の英国大学卒業生同窓会のワイン会に友達と参加した。結婚式の
招待状は私が適当に作ってしまったので、当日配るものは姉が作ってくれるというので頼むことにした。この1月姉は仕事でちょうどウエディングの本のペーパーアイテムのページの仕事をしたばかりだ。なんだかタイミングが良い。

私はウエディング関係の本は全然買っていなかったので、姉が資料として買っていた雑誌(だって一冊1500円もするうえ、非常に重い)をもらってきて、その雑誌の付録についていた挙式までにやらなくてはいけないことリストで結婚式当日までのTO DOリストを再確認。

でも、私たちの結婚式はジミ婚なので、一般の結婚式にはあっても、私たちには必要の無いものがいっぱいある。例えば、宴会芸の手配、花束贈呈用の花束の用意、リハーサルヘアメイク、などなど。

私は小さい頃からウエディングドレスに憧れたことなど無かったし、山ほどのドレスを見ても、「どれにしよう〜!目移りしちゃう」という反応も無かった。でも、私のどこかに、どうせ結婚するなら気持ちの区切りとして式みたいなことをやりたい、という気持ちがあったらしい。そして、式をするなら衣装を借りたりするのが常道で、集まってもらうんだったら、その後みんなで美味しいものでも食べて一緒に過ごしたいよね。という気持ちになった。そうして、その気持ちから規模は極めて小さいけれど結婚式&パーティをやることになった。

私が結婚にまつわる様々な消費活動の中でで、イラついたのは「ウエディングですから」「一生に一度のことですから」「普通はみなさん**されますよ」などと言われることだった。

最初はなぜ、「今が一番幸せな時ですね」と一般的に言われる結婚式前に、私はドレス選びや、式場との打ち合わせなどがこんなに楽しくなく不快な気分になるののか分らなかった。

でも、最近気がついた。私のニーズは、彼らが提供してくれるサービスが応えようとしている「一生に一度の晴れ舞台で美しい私を見せたい」とか「来てもらった人に恥ずかしくない挙式や披露宴をしたい」といったニーズと少しずれているのだ。

そして、ウエディングならこれは必要でしょ?という無言の圧力のもとに消費活動を強制されているようで、たまらないのだ。
そして、それを必要ないと断わったり、値切ったりするのは、すごーく疲れることなのだ。満面の笑みで、一生に一度ことですから、これくらいはしておいた、(お金をかけた)ほうがいいですよ。と和やかに勧められることをを断ったり、高いとケチをつけたりするのは、非常に難しい。

そこで流されてしまえば、後悔するし、断ったり、値切ったりすればあれで良かったのかなあと思う。

結婚式や披露宴を自分らしくやりたいと思うと、それは自分の価値観と世間一般の価値観との戦いの場にもなるのだと思った。





2005年02月20日(日) 竹中平蔵に怒り!とおばあちゃんの命日

経済ニュースを読んでいたら今年景気は回復すると言ってるらしい竹中平蔵に怒りがこみ上げてきた、定率減税の縮小や社会保障負担の増加、上がらない賃金を考えたら個人消費が伸びる状態か?

そんなことより、緊縮財政をしいて税金のムダ使いを失くして欲しいです。NHKも国も一緒、タクシー代に何億も使ってんじゃないわよ!当たり前にあると思うな受信料と税収入!

さて、今日はおばあちゃんの一周忌です。
成城の実家に多くの人が集まって、おばあちゃんを偲ぶ会を母が主催しました。
私は仕事帰りで、宴会が盛り上がってからの到着でしたが、母の友人や母の手料理を美味しくいただき、久しぶりに会った親戚に結婚の報告などをした。
正座したり座ったりして、お客様方と話をしていたら、立ったとたん腰が・・・すごーく痛い!
軽いぎっくり腰になったようで、すぐに実家近くの整体院に行って来ました。

はあー。ビビッたよ。



2005年01月25日(火) 10年ぶりの邂逅


先日、10年ぶりに中学時代の友人と会った。
友人といっても



2005年01月24日(月) 厄落とし後入籍


昨日1月23日に私は現在一緒に暮らしている彼と無事入籍しました。

土曜日は独身最後の夜ということもあって、女友達5人と一緒に厄落としに行き、その後友人宅でおしゃべりに花を咲かせました。

友人から、結婚する前にやり残したこと/やっておきたかったことは?
という質問をされて、答えに詰まった。

今まではいろいろ過去や独身生活に対する未練、会っておきたい人もいるなあと思っていたけど、入籍を明日に控えたその夜、私には彼と結婚する以外のことは考えられなくなっていた。そう素直に思えるようになって良かった。

入籍当日、私は昼前からTOEICの試験で出かけなければならず、夕方試験が終わってから一緒に市役所に行き届けを出した。
あっさりしたものだった。私は以前は、自分は入籍するだけでいいよ。と思っていたけど、自分が想像していた通りのシンプルな結婚当日だった。

とても寒い日で、雪がチラチラと舞うなか市役所の駐車場から出るとすぐに家へ帰り、まだ夕方なのに2人で布団にくるまって温まった。
結婚したからと言って何も変わらない彼の態度、ぬくもり、くだらないおしゃべり、そして温かいふとんに包まれてなんだかとても安心し、昨日寝不足だった私はすぐに眠ってしまった。
7時過ぎに起きると、近所の行きつけの焼き鳥屋に2人で飲みにいった。
今日はお祝いだからケチケチしないで飲むぞーと思っていたのだが、二人ともすぐに酔っ払ってしまいいつもと同じからそれ以下しか飲んだり食べたりできなかった。

家に帰ると彼はベッドへ、私はリビングで深夜までDVDで映画を観た。
こうして結婚第一日目の夜は終わったのでした。



2005年01月16日(日) 父の誕生日


昨日、1月15日は父の誕生日だった。

一昨年の12月17日父は二度目の脳梗塞の発作を起こし、ほとんど半身不随になり、言語障害も出て何週間も入院し、その後もリハビリに病院に通ったりして大変だった。

昨日の父の誕生日、実家の近くのイタリア料理店に家族全員で集まり、私と姉からはバカラのグラスを、母からはノリタケのティーカップをプレゼントした。

父は嬉しそうだった。そんな父を見るのが私にはうれしかった。
そしてみんなでミラノ風カツレツを分け合ったりしてワイワイご馳走を食べた。目の前で話をしながらナイフとフォークを使う父を見ていると、よくここまで回復したなあと感慨がこみ上げてきた。

プライドの高い父にはうまくしゃべれないこと、物事がスムーズに行えないことは耐えられないことだったと思う。だからこそ、諦めることはできずここまで回復するようすごい気力で努力したのだと思った。

世の中努力でどうにもならないことのほうが多いだろう。でも、自分の気力で、やってみせるという思いの強さでどうにかなることもある。

父には子供のころから、「本気でやろうともしないでできないなんて言うな」と言われてきた。出来の悪い娘だった私は、いつもその言葉に反発してきた。人の能力には個人差がある。努力したってできないものはできない、のだと。

でも、かなり回復した父の姿をみて改めて思った。人の能力には個人差がある、それは確かだ。でも、それをただ受け入れるのではなく、少しでも良くなりたいという思いで続けている努力は、一朝一夕には実を結ばなくても長いスパンで無駄にはならないのだと。

こんなふうに考える機会を与えてくれた父に感謝することのできた、父の誕生日でした。



2005年01月15日(土) 寄席にいきたし ハワイ却下、タヒチ採用

クドカンのスペシャルドラマ「タイガー&ドラゴン」を見てたら、久々に寄席に行きたくなった。
昔、会社に勤めていたときに上司やそのお友達とよく行っていたのよね。とくに小三治のファンで。

というわけで、ミクシーで一緒に寄席に行ってくれる人募集。
いいですよ落語。落語のトークを学べば、営業にもプレゼンにも司会にも生かせますよ。

あと、ウェブライターの仕事でまた来週一日がかりで取材に行くことに。

また、色々とリサーチ&検討した結果、やっぱりハワイじゃ物足りないとダーリンPと意見が一致し、タヒチ5泊8日の格安ツアーをネットで見つけ、そちらを予約。
昨日旅行会社から電話があって、手配完了したとのこと。
今まで色んな国に旅行したけど、ビーチリゾートどころか、イギリスの大学の無料のプール以外は海外で泳いだことのない私。
一生に一度くらいは天国みたいな綺麗なビーチでお魚と泳いでみたいっす。


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ふうこ [MAIL]

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