蜜白玉のひとりごと
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2009年03月31日(火) |
読んだ本≪2009年3月≫ |
3月は9冊。
松浦弥太郎『今日もていねいに。』PHP研究所1365円(図書館) 一行感想:僕は、僕は、とまどろっこしいがせっかく借りたから我慢して読む。
タナダユキ『百万円と苦虫女』幻冬舎1470円(図書館) 一行感想:この映画は見てない。でも頭の中で蒼井優が動く。鈴子より弟の方が気になる。
井上荒野『あなたの獣』角川グループパブリッシング1470円(図書館) 一行感想:こわい。でもうまい。よく観察してるなあ、荒野さん。
井上荒野『ひどい感じ−父・井上光晴』講談社1680円(図書館) 一行感想:今も、これから先も、この本は私を助けてくれるはずだと確信する。
井上光晴『小説の書き方(新潮選書)』新潮社945円(図書館) 一行感想:どこまで本当でどこから嘘なんだろう、と構えて読む。
トーベ・ヤンソン『たのしいムーミン一家』講談社文庫470円(自分の) 一行感想:ムーミンを全部読んでみることにした。たのしい。
朝倉かすみ『田村はまだか』光文社1575円(友人の) 一行感想:タイトルから勝手にサスペンスものだと思っていた。
佐野洋子『神も仏もありませぬ』筑摩書房1365円(図書館) 一行感想:暗闇で山奥の川の温泉に入ったくだりにはただ驚いた。
三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(図書館) 一行感想:この町を知っているのでものすごい親近感。裏ではこうなっていたのか。
木婚式(結婚5周年)。ささやかなお祝いは昨日した。今日は普段通りの月曜日で仕事へ行く。なのに寝坊する。
NHKの朝のニュースにて。「ユーチューブの猫の動画」にはしゃいで見せたり、巷で流行りの「草食系男子」を取り上げたり、これがNHKの目指すところの「視聴者の立場にたった番組作り」だったらあきれる。視聴者に媚を売っているのか、はたまた視聴者をバカにしているとしか思えない。朝6時半から7時といえば、たいていの人は朝の準備をして仕事や学校に出かける前の忙しい時間帯で、出かけなくたって家事をしたり一日のスタートはそんなにのんびりではないはずだ。そこでは必要な情報を短く正確に流せばいいはずで、それでなきゃそんな時間帯にわざわざテレビに目を向けている意味はない。受信料でネットサーフィンしてユーチューブの無料動画を流されたときには笑ってしまう。それをまた「知らないでしょ〜」と言わんばかりに誇らしげに放送しないでほしい。どうしてもやると言うなら、午後の暇な時間にどうぞ。百歩譲って、ユーチューブを知らない世代には今朝の猫の図はウケたかもしれないから。でもそれにしたってやっぱりバカにしている。あの猫の話は結構前のものだ。
春は番組の改編時期だけれど、毎度のように無意味な改編にイライラする。上滑りの新番組、ない方がましの新コーナー、意図のわからない担当者替え。せっかく新しいテレビを買ったのに、またテレビが嫌いになりそうだ。今となっては全面的に楽しみに見られる番組は「モヤモヤさまぁ〜ず2」だけかもしれない。ありがとうモヤさま、最後の砦。そのモヤさまでさえ木曜深夜0時12分に移動する。金曜深夜が好きだったのに(いつも録画して見てるけど)。それでも内容は変わらないらしい。さすがだ。
月1回のまるの通院日。まるを鳥の専門病院へ連れて行く。昨年12月に卵を産みそこなって血だらけで死にそうになって以来診てもらっている。このときは本当に焦って、もう死んでしまうとばかり思った。まず鳥を診てもらえる先生を探すのに苦労した。まるは今まで病気らしい病気をしていない。一度だけ冷房のあたり過ぎで風邪をひいたけれど、このときはエアコンをつけずに生活したら数日で治った。
動物病院は多々あれど、鳥を専門で診てくれる先生は少ない。そして病院選びは人間と同様、先生の治療方針をよく知って気を付けて選ばないといけない。すぐに手術と言われてお腹を切り開いてショック死させられてはかなわないと、焦りつつも慎重に選んだ。インターネットとタウンページで探して、電話をして様子を話して決めた。連れて行くととても危険な状態と言われた。レントゲンを撮り(ナスカの地上絵みたいだった)、この状態では手術はできないので内科的治療(服薬など)でなるべく長く生きられるように、持つ寿命の最大限生きられるように努力しましょうということだった。あれから4ヶ月たった。
まるは産まなくていい卵を産む。ホルモンバランスが崩れて、発情抑制がうまくできない。発情するメスはオスがいなくても、飼い主やおもちゃや果ては鳥かごの止まり木にさえ発情するらしい。それでもできるだけ体内に卵を作らせないように、そして産まないように餌をダイエット用に切り替えたり、早寝遅起き(暗い時間が長い方がいいらしい)にしたり、話しかけたり触ったりしないで、だましだましここまできている。昨年12月の産卵失敗でお腹の中で腹筋が破れてしまい、外側にぼこっと膨らんだままだ(腹壁ヘルニア)。今は痛くはなさそうだけれど、ときどきお腹の方をのぞきこんで気にしている。この状態で卵を産むとお腹にさらに圧力がかかって命取りになる。発情抑制もむなしく、12月以降まるは何回も卵を産んだ。そのたびに今度こそ死んじゃうと思った。鳴かなくなってだるそうにしたり、羽を膨らませて動かなくなったりした。そのたびに鳥かごごと温めたり、緊急の飲み薬をあげたりしてしのいだ。
今日の診察でひとまず4か月飲み続けていた抗生剤をやめてもいいことになった。春は換羽(羽の生え換わり)の時期とはいえ、それにしても抜け変わりが激しく肝臓に負担がかかっているので、アミノ酸を補給する粉薬が出た。餌にふりかけて食べさせる。たかだか2700円くらいで買った鳥にここまでしなくてもと思われるかもしれないけれど、今となっては大切な家族の一員なので、無理のない範囲で、できるだけ長く一緒に暮らしたいと思う。
まるは羽が抜け過ぎて禿げた首とボサボサ頭で今日も元気にピッピピッピと騒いでいる。
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お世話になっている鳥の先生:あいり動物病院 小田急線「成城学園前」駅から歩いて行けます。バスもあります。
朝から強風。ビルの並び方によってはときどき身の危険を感じるくらいの突風が吹く。風に向かって必死に歩く。歩道橋にとまろうとしていた鳩が風にあおられて裏返しに飛ばされていくのを見る。そういえば昨日も風が強かった。出先で傘がおちょこになった。3月は一年でいちばん風が強い時期なのだそうだ。ホコリっぽさが増してかなわない。右目はおとといから赤く充血し、左目は昨日から結膜炎でゴロゴロする。目薬が手放せない。
昨日の夜、書くことをいろいろ思いついたのに忘れる。その場で書けなくても、言葉の切れ端くらいはメモしておかないともったいない。
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中村光「聖☆おにいさん」3巻発売日。私が相方から借りて読む漫画の一つ。「セイントおにいさん」と読む。セイントおにいさんとはブッダとイエスのことで、二人が下界でのバカンスを満喫しようと東京都立川の安アパートで「聖(せい)」という名字で暮らすという設定で描かれる日常コメディ(一部ウィキペディアより)。先日の法事で私が鹿になったつもりで話を聞いたというのはこの中の話による。漫画では、ブッダは最初の説法のとき緊張したので、まず鹿を相手に話す練習をしたとある。ブッダが鹿相手に説法をした話はあるらしいのだが、緊張したかどうか本当のところはわからない。
こんなに大人になってから、漫画の発売日を楽しみにするなんて。
木曜日の夜から家を空けていたので、日曜日は朝から洗濯と掃除をする。クッションやバランスボールをどかして掃除機をかけ、エアコンや24時間換気のフィルターもはずして掃除機をかける。やりはじめるとやることはいくらでもある。掃除と洗濯が済んだら、ひとまず雨が降る前に図書館とスーパーへ行く。スーパーからの帰り道、おしいことに雨に降られる。持っていた折り畳み傘をひろげると突風でおちょこになった。風が強くて傘の意味がない。
昼ご飯におそばをゆでる。具はかき揚げがいちばん好きだ。他にゆで卵とほうれん草ものせる。
午後は拭き掃除と同時進行でごちゃごちゃと散らかっているものの片付け。何ヶ月も(あるいは何年も)取っておいているもののうち、大半はいらないものだ。支払いの終わった明細、インクの出ないボールペン、使ううちになぜかカチカチに固まっていく鍋つかみ(つかめない)、雑誌、チラシ、パンフレット類。自転車部屋(兼書斎)で仕事をしていた相方もつられて片付けを始める。こういうのを相方はお掃除の神様が降りてきた、という。お掃除の神様は気まぐれで、別に何も今じゃなくったって、というときに降りてきたりするが、今日はいい時間に降りてこられた。
一段落してマチのほっとステーションへ遊びに行く。ぐるっとひと回りしておやつを買って帰る。帰り道、また雨に降られる。雨に打たれて何度も「アゥ」と奇声を発する小学生男子に後をつけられる。変な子だ。だいじょうぶか。後をつけられたと思ったら同じマンションだった。どこの子だ。だいじょうぶか。
夜はカレー。
相方は無事九州より帰還。博多の街のおもしろい話やめんたいこや桜ひよことともに帰ってきた。洗濯物は宅急便で送ったというので、一足遅れる。
そう言えば私はまだ九州には行ったことがない。全国津津浦浦、行ったことがあるつもりでいても、実は九州と四国はまだなのだ。まあそのうち行くだろう。どちらも食べ物がおいしそうだ。
先日の法事でもらったお菓子と、妹のハワイ土産のお菓子と、相方の九州土産のお菓子で、我が家にはめずらしくお菓子があふれている。
夜、相方がいないと暇だ。当然晩ご飯は手抜きで、さつま揚げのあぶったのと買ってきたきんぴらごぼう、あとはほうれん草のおひたし、納豆に玄米。粗食である。厚揚げやさつま揚げが大好きなので、これさえあれば文句はない。もしどっちもなければそのときは缶詰を開ける。缶詰はさばの水煮がいちばん好きだ。マヨネーズをかけて食べる。玉ねぎのスライスなんかがあったら最高だ。
洗濯をしてテレビを見てお風呂に入って相方に電話をして寝る。暇だ。音がないせいか、気がつくと独り言を言っていたり歌を歌っていたりする。そう言えば、ひとり暮らしをしていたときもそうだった。テレビがついていればテレビにも話しかける。これだってある意味独り言だ。
寝る前に分厚い本でも読もうかと思ったけれど、そういうときに限って読書熱は冷めていて、話が動き出す前に眠ってしまう。
法事。祖父と曾祖母の七回忌で寺へ。もうそんなに経つかなというのが正直な感想。日々の生活で思い出しては話題になる二人なので、そう遠くにいる感じはしない。住職の「ありがたい」お話を鹿のつもりになって聞く。話は途中から自身の病気自慢になる。
そこで昨年生まれたいとこの子どもに初めて会う。8ヶ月だそうだ。抱っこさせてもらうと持ち重りがする。お父さん(いとこの旦那さん)の勘違いぶりが随所で気になる。猫っかわいがりの抱っことチューだけで子どもが育てば楽だけれど、そんなことはないのであって、これから先この人はどうするつもりなんだろうかと、会食でシャンパングラスに足を突っ込みそうになる子どもを見て思う。危ない。いとこの子育ては大変だろうなあと勝手に同情する。
会食後、ひさしぶりに会った妹とファミレスで2時間、妹の仕事を手伝いながらしゃべる。友人の結婚式でハワイに行っていた妹は疲れてはいるものの楽しかったようで、すっきりとした心持ちでいるのが話していてよくわかる。言葉に迷いや焦りがないのがいい。そう今はじっと耐えて待つときなのだ。
相方は今日から出張で九州へ。
この前の川上未映子の話といい、文藝春秋ネタが続く。文藝春秋2009年4月号(3月10日発売)に村上春樹のエルサレム賞受賞をめぐるインタビューと受賞スピーチ「壁と卵」の全文が掲載される。強い壁と弱い卵があったら、僕はいつでも卵の方につく、たとえ卵が間違っていたとしても、という(うろ覚えだけど)あのスピーチは「壁と卵」というのか。かっこよかったと思う。言葉で仕事をする人のあれが本当の力で、たまたま目に見える形になったのがあの場面だった。
井上荒野『あなたの獣』はあと少しで読み終わる。この頃は小説を読む合間にときどき漫画も読む。今は安野モヨコ『働きマン』を読んでいる。相方が1冊105円で買ってきた。読むものには特にこだわりはなくて、興味深くてすいすい読めればなんでもよくて、もし読みにくかったらそこでやめればいいだけのことだ。小説のようにねじ伏せてでも読みたいとは思わない。
子どもの頃、気がつけば我が家は漫画禁止だった。そのせいか未だに漫画と素直に接することができない。読んではいけないもの、読む価値のないもの、そう言われ続けてきたので、漫画を読んでだらだらしていることを大人になった今でもどこか後ろめたく思っている。漫画は単純に楽しいし、気力体力が失せているときでも読めるし、小説やエッセイとは別にこれはこれでなくてはならないものだと思う。読む価値のないものだとは全然思わないし、もう大人だから堂々と読んでいいし、別に大人でなくたって好きなら読めばいいのに、なぜか薄っすらとした後ろめたさは消えることがない。
付き合いはじめた頃(だけじゃなく今でもか)、相方の物知りにいちいち驚き、なんでそんなこと知ってるの?と聞くとたいていは、漫画、という返事だった。漫画にはそんなことも書いてあるのか。それとも私の方が物を知らなさ過ぎるのか。全くと言っていいほど漫画を読まなかった私には不思議でならなかった。今はときどき相方のを借りて読む。でも私は雑学王にはなれない。
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文藝春秋2009年4月号 村上春樹 独占インタビュー&受賞スピーチ 「僕はなぜエルサレムに行ったのか」
週末は実家。父のケアマネージャーさんが以前のAさんに戻る。Aさんの代わりに来てくれていたSさんもとてもいい人だったから、これは前向きの交代だ。半年ぶりに会ったAさんは少しぽっちゃりして髪型も変わって、でもてきぱきしたところは相変わらずで頼もしい。ああ私ら半年無事だったな、と再会できると思っていなかったAさんの顔を見て、思う。
日曜日の夕方、家に帰るとリビングのテレビが進化していた。土曜日、新しいテレビを買ったのだ。大きいかと思ったが違和感はない。画面がくっきりしていて乱視の私にも小さい文字がよく見える。まずはとにかくこのお弁当箱みたいに大きなリモコンの操作を覚えねば。
13日の金曜日からいよいよ怒涛の引っ越し週間がはじまる。気が重いったらない。気の重さや腰の痛さに反比例して、体はよく動く。動かしている。止まったら二度と動かないからずっと動いている。荷物の整理やゴミ捨てなど、今までの準備はただの序章でしかない気がする。1週間で梱包、次の1週間で開梱。どこまでもつか、私の腰。数万冊の本との格闘は考えるだけでおそろしい。数万冊をあとから直すのは大変だから、できれば最初の1回で決めたい。最初の1回は引っ越し業者も手伝ってくれる。まだ見ぬ建物の、まだ見ぬ図書室の、まだ見ぬ書架に、これらをどう収めるか、である。わからないことだらけだ。
ほんの少しずつだけれど、腰は快方へ向かっている。体操が効いているのか、座っていても痛くないときがある。でもすぐさま痛みがぶり返し、さっきのは何だったのよ?と思う。
最近、相方に指摘されたことだけれど、どうやら私は引っ越しの前になるとイライラするらしい。一昨年、今のマンションへ引っ越すときにも、ダンボール箱が足りなくなるかもしれないとか、時間がなくて箱詰め作業が間に合わないとか、言っても仕方のないこと、心配しなくてもいいようなことをずっと引っ越しのその日まで言っていたらしい。そんなことは私自身は何も覚えていない。もしかしたら今回の職場の引っ越しも似たようなものかもしれなくて、そうだとしたら、引っ越しが無事終わるまで、きっと薄くだけれど確実にイライラし続けているに違いない(本人にその自覚はないが)。
文藝春秋2008年3月号に川上未映子『乳と卵』芥川賞受賞インタビューがある。その一部にこんな話がある。以下、孫引きで失礼(あとで図書館で借りて調べるから!)
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聞き手:今の30代の女性は、結婚や出産に後ろ向きと言われています。その理由は「他人とは共同生活を送れないから」とか「子供を育てる自信がないから」とか報じられていますが、同世代としてどう思いますか。
川上未映子:私たちの世代は、産みたくないというよりも、「産む」ということについて考える時間が、図らずも長くなってしまったんですよね。昔は生理が来たら<子供>から<大人>になり、間もなく結婚・出産して<母親>になった。<大人>の期間はせいぜい12、3歳から22、3歳くらいの10年だった。ところが、今は結婚するのが遅くなり、20年近くもある。2倍あるんですから、考えてしまう時間も悩みも増えるわけです。今の私の結論は、考える前に子供をつくらないと子供は出来ないということですね。この時代、避妊も追いつかないくらい燃え上がっているときでないと、子供はつくれないような気がします。私たちの世代、出来ちゃった婚しかないと思いますよ(笑)。
聞き手:川上さんも結婚されていますが。
川上:はい、と言いながら子供については私は出遅れた感があります(笑)。
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実にさらりと本質をついておられる。川上未映子とは歳が近いこともあり(彼女は1976年生まれ)、考えていることとか物の感じ方とかがときどきハッとするくらい似ている。彼女の文章を読んでいて、何で知ってるの!バレてるし、と思ってしまいそうにもなる。
子どもどうする問題はもう長いこと燻り続けている。「何も決めない」とだけ決めたまま時間だけが過ぎていく。問題は形を変えずにずっとある。そしてときどき頭をもたげては人をドヨーンと落ち込ませるだけ落ち込ませて、しばらくすると小さくなって見えなくなる。ひとりで勝手に怒ってひとりで勝手に落ち込んでバカみたいだ。
歳が歳だけに、黙っていても今日もどこからか妊娠や出産の話が聞こえてくる。聞こえてくるなんてもんじゃない。赤裸々に語られる。にこにこ笑って興味深げに話を聞いたり質問したりしている私の顔はひきつっていないだろうか。ぐちゃぐちゃの感情をうまく隠せているだろうか。
自分の現状はともかく、知り合いの妊娠くらい素直に喜べてもいいんじゃないだろうか、そろそろ。おい、私。
腰はまだ痛い。超痛い。なんとかして。
昨日の夕方あたりから腰痛と神経痛が悪化。今までは座っているときだけ我慢していればよかった痛みとしびれが、立ち上がっても歩いても寝てもどんな体勢でもだめになってしまう。
3月3日ひなまつり。仕事を休んで電車に乗って少し離れた整形外科へ行く。行って症状を話すと腰のレントゲンを撮ることに。4番と5番の腰椎の間が狭くなっている。もしかしたら椎間板が飛び出して神経を圧迫する椎間板ヘルニアになっているかもしれないと。一度飛び出した椎間板はもう二度と引っ込むことはないと言われる。MRIを撮ってみないとわからないので、別の病院に行ってMRIを撮ってまた戻ってくることになる。椎間板ヘルニアのことは知っている。母が椎間板ヘルニアでさんざん苦しんだのを見ているのでよーく知っている。
ああ私の椎間板、と雪まじりの空の下、再び電車に乗って別の整形外科へMRIを撮りに行く。待合室もMRI検査もすごく混んでいて、痛みをこらえてひたすら待つ。初めてのMRI検査は耳栓が耳の穴から抜けそうなのが気になった。結局撮り終わって最初の整形外科へ戻ると12時半。午前の診察は終わっていて、午後の6番目の札をもらって駅に戻りお昼ご飯を食べたりして3時過ぎまで時間を潰す。
午後、試験の結果を待つような気持ちで診察室に入ると、MRIを見るなり、結論から言えば椎間板ヘルニアにはなってません、と一言。飛び出てないし、神経も傷ついてないし、きれいな椎間板だと言われる。腰のあたりの縦断面と横断面の2種類を先生と並んで立って(痛くて座れない)まじまじと眺める。椎間板をほめられるとは思ってもみなかった。
痛みは筋肉の炎症、神経痛もそのせい。運動療法が効くとのことでリハビリ室へ行く。椎間板ヘルニア用の理学療法、といっても腰のストレッチと腹式呼吸をきりりと美しい理学療法士さんから習う。薬局で飲み薬と湿布をもらって帰る。
家に着いたら5時半で一日がかりの病院だった。痛みもしびれも消えないが、とにかくヘルニアでなかったことだけが今日の救いかもしれない。
日曜日、吉祥寺散策。Hanako特集につられて、いつもは行かない方に歩いて行く。まずは腹ごしらえ。炭火焼ハンバーガーが思いのほかおいしくて得した気分になる。目当てのラーメン屋さんに行ったら閉まっていて、じゃあハンバーガーにしようかという流れのせいか、全然期待していなかったのでうれしさ倍増である。あれで採算が合うのだろうか、とは余計な心配か。
満腹で眠くなりながらもだらだらと歩く。雑貨屋さんや古本屋さんを冷やかす。自転車屋さんにも立ち寄る。この辺からはいつものコースで、ロフトに行って文庫用のブックエンドとアロマオイル用のキャンドルを買い、ヨドバシカメラでテレビを物色する。
我が家のテレビ問題はいまだ解決せず。停波とともにテレビ生活から脱却してもいいかも、と思ったときもあったが、結局はテレビ買っちゃうんだろうな、というのが今のところの気持ちだ。相方はそろそろ買う気でいる。私も、いいよと言った。どのテレビを買うかは基本的には相方任せで、私は予算内で使い勝手がよければ何でもいい(何でもいいと言いつつ、決まりかけたところで口を出すから嫌な奴かもしれない)。電器店でずらりとならぶ大画面テレビを見ているとだんだん大きさの感覚がまひしてくる。46型がドンドンドン、とあると46型が普通に見えてくる。でもこんなのリビングあったらとんでもないだろう。いったい世の中はテレビに何を求めているんだろう。そんなに毎日美しい映像とかすばらしい映画とか見る気なのか。そんなのって、いったいどういう生活をしている人なのか。テレビなんて見たい映像ばかりじゃないのだから、見たいものも見たくないものも大写しになって困る。それに、どっちがどれくらいキレイだとかいうのも、家に持って帰ってきたらどれでも全部キレイだってば。
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GONOグリル&バーガー吉祥寺(中道通りampm右に曲がってすぐ)
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