197 この年になって・・・ |
小学生の頃、中学生の頃、高校生の頃、いつでも子供だった俺たちは大人をみてきた。いい大人もいれば、悪い大人もいる。かっこいい大人がいれば、だっさい大人もいる。年を重ねるにつれて、自分がなりたい大人、なりたくない大人っていうやつが見えてくる。高校生のときであれば、高校生のときの価値観でみたかっこいい大人になりたくて、当然のようにそのときの自分から見ればかっこ悪く見える大人にはなりたくなかった。 今、だんだんと大人への階段を昇っている。だんだんと自分というものが確立されてきてるんだと思う。考え方に自分らしさがみえ、自分なりのこだわりがあり、好きなものがわかってきた。中学生や高校生のころに思い描いてた自分とは随分と違うな。考え方や好きなもので言って、ね。 そして、そんな今の自分が結構好きだ。価値観ってやつはやっぱり変わっていくんだね。当然と言えば当然なんだけど、改めて考えると、そのときの自分にとっては完璧な「理想」があったのに、その「理想」とかけ離れている自分が好きというのは不思議なものだと感じる。この年になれば、この年から見た世界があって、この年になって見える自分がいる。 とても当たり前のことを言ってると思う。我ながら。でもそれがなんでなのか、考えてみた。たぶん随分としぼられてきたんだろうな。まだ荒削りだった考え方や価値観が、人と出会うことで改めて考え直させられ、足りないところには新たに教訓を付け加えて、いらないところは削っていく。外の世界で発見した素晴らしいと思うものを自分のものに取り込み、どんどんと形が変わっていく。気付けばかなり形の違うものに変化している。 好きなものがある。俺で言えば、音楽や映像なんかの趣味だったり、友達や異性の純粋に好きと思える人だったり、ライフスタイルだったり・・・。いろいろなものを自分と照らし合わせて、本当に自分に合うものを選んでいく。「本当に自分に合うものじゃないもの」ってのは、まだまだ荒削りなころに背伸びして手に取ってみた多くのもの。好きでないものを好きと言ってみたりもするけど、それもまたしぼられてくる。いつまでも好きでないものを好きと言うと、疲れちゃうから。そしてだんだんと自分と照らし合わせた「本当に好きなもの」が見えてくる。それはたぶん本当に本物だから、最近はそんなものに気付くことができ、そういうものに接することがとても幸せに感じる。簡単なことのようだけど、そんな幸せに気付くまでに随分とかかった気がする。 まだまだ自分がわかってきたというには若すぎるのかもしれないけど、今、過去を振り返って感じる素朴な感想。あの頃思い描いた23歳の男とは違うけど、あの頃には思えなかった自分がいて、わりと好きだ。すごくとは言えないけど、なんとなく。この「なんとなく」ってのが重要なんだ。
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2004年11月21日(日)
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