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124 フットサル

掲示板でも書き込んでいるように、今俺はフットサルチームをつくって、楽しくフットサルをやっている。フットサルというとどういうイメージをもつだろうか?最近はよく聞く様になってきたと思うけど、それでもやっぱりマイナースポーツのイメージが強いかな?でもそれは日本でのことで、ヨーロッパや南米なんかでは、競技人口も多く、日本で思われているよりもよりも全然メジャーなスポーツとされている。
俺が友達とつくったチームは『ANEMONE』というチーム名だ。花の名前だね。アネモネ。現在12人メンバーで、そのうち3人が女の子。最近はフットサルをやっている女の子が増えてきて、フットサルの雑誌なんかを見ると、サッカーユニフォームをきてフットサルをやっている女の子の姿が目立つ。フットサルはサッカーに比べると女の子にとってもやりやすいスポーツだろう。ひとつには、フットサルのルールとして、体で当たることを禁止している。サッカーは激しい。上半身のぶつかり合いの中でボールをせめぎあう。その点フットサルはそういうことはない。あとコートが狭い分、足の速さなんかよりも、足技・テクニックがものをいう。女は身体能力の点では男に劣ってしまうけど、反面細かい技なんかはうまい。これはもちろん練習がものをいうものだから、やれば女でも全然できる。
ユニフォームができて初めての練習をおととい行った。みんなユニフォームを着るとテンションがあがる。といってもこの間は6人しか集まらなくて、コートの半面のみを使って3対3をやるにとどまったんだけどね。それでもおもしろい。
今はあたらしい趣味ができて嬉しい。これからずっと続けていきたいと思ってる。といっても月に1,2度くらいしかできないんだけどね。それに付随するように、これまで以上に筋トレをしていて、ジムに通ったり、昨日はひさしぶりにプールにいったりと、やる気はかなりある。男女問わず、うちのチームはみんなやる気がある。強いチームではないけど、やる気があって楽しいチームはいいね☆やっぱスポーツはいい!!
2003年11月27日(木)

123 ヘドウィク×ムルソー×サクライカズトシ

ここ最近俺が触れてきた映画、本、音楽のどれもがなぜか『不器用な愛』についてのものだった。幸運な偶然により、これらを絡めて、深く考えてみることができた気がする。
これらの作品はどれも、友人、家族、恋人、そして自分への愛が歪であるが故に苦しんでいる。そして結果としてそれはそれでいいんだよという結論を聞き手にくれる。
例えば映画「ヘドウィク・アンド・アングリー・インチ」の主人公・ヘドウィクは、おかまであるということはひとつの限定された愛の形を語っているようだけど、それはもっと抽象的にあらゆる愛の形へのメッセージとなっている。一番苦しんでいるのは、自分をさらけ出せないということであり、結果自分を愛せないことだ。恋人との関係はその先にある。
一方、小説「異邦人」の主人公・ルムソーは、自分をありのままさらけ出したがために、世間から排除される立場へと追い込まれる。自分をさらけ出したがために、ルムソー自身のありのままの家族や友人への愛が、不条理であるとされてしまう。でもルムソーはそのことで後悔はしない。どちらの作品も攻めてくる方向は逆であるけど、こちらに問いかけてくる質問は同じだ。「自分に正直ですか?」
そしてMr.Childrenの「掌」の中で桜井和寿が語るのは、「不器用な愛の形」である。これは恋人に対してもそうであるし、また生きていく上で接する全ての人との関係も含む。大きくは戦争に対してのメッセージですらあると捉えてもいいと思う。そう考えるととても大きな「不器用な愛の形」であると思う。
「ひとつにならなくていいよ 認め合えればそれでいいよ」というメッセージは、とても大きな意味を持つ。
同じ時期に触れた3つの作品であったがため、多少強引に関係性を求めちゃったかもしれないけど、俺にはこの3つがリンクした。どの作品にしても『不器用な愛』を認めよう、ということだったんじゃないかな?
2003年11月22日(土)

122 しゃべり言葉

先日テレビでどこかの局の女子アナウンサーのしゃべり方が気になった。「〜なんですけどぉ、〜〜〜なんですけどぉ〜〜〜、なんですけどぉ〜〜〜」と、「なんですけど」で言葉をつないで、ずっと途切れずない。文章としてそれはおかしいだろ!と思って、妙に耳についた。それはアナウンサーだったから特にだけど、人のしゃべり方というのは結構気になる。
最近友達が語尾に「よ」をよくつけるようになった。それはメールやチャットなんかで特になんだけど、すごく気になる。「だれよ」「なにがよ」「いくらよ」と。これはあまり印象に良い言葉ではない。こんなこといってると言葉に神経質なんじゃないかと思われるかもしれないけど、確かに少しだけそういうところはあるかも。でも友達同士の言葉でちょっとしたことくらいは、全然大丈夫。ラフなしゃべり方がいいし、あまり下品なしゃべり方でなければ、自分たちのしゃべりやすい言葉でしゃべるのが一番だ。
ただそれでも俺はなるべく自分がしゃべる言葉に気を使う。当たり前のことだけど、気をつけていないとそれができないってこともある。「おまえ」とか「あいつ」とか、そういった言葉は男友達といるとたまにポロっと出ちゃうけど、できるだけ出ないように心がけている。友達同士の言葉ならいいのかもしれないけど、そういう心がけっていうのはひとつの礼儀だよね。あと命令口調はどんなちっちゃなことでも絶対にしない。それは俺自身命令口調で何かを言われることが、たとえ目上の人からであってもイヤだからだ。バイトなんかで社員や店長との会話でも、ちょっと命令口調で言われると口答えをしてしまう。指示ならいいんだ。
俺の言葉の問題は、しゃべる言葉の内容よりも、むしろ声の低さや、ぼんやりしたしゃべり方にある。それはそれで大問題だ。なんとかしたいけど、なんともなんない。。。
2003年11月20日(木)

121 バレーボールワールドカップ

ちょっと遅いけど、ワールドカップバレーの女子がすばらしかった。あんなに興奮するスポーツだったとは・・・。バレーボールの試合を今までで一番熱心にみた。とはいってもサッカーの試合なんかとは違って、つけてやっていたら観るくらいのものでしかないんだけど、結構観る機会が多く、観始めるとやめられないくらい興奮させてくれた。だって強いから。
チーム全体にいろいろな個性ある人間があつまって、みんないいアジを出していたと思う。いろいろと印象に残った選手がいる。背の小さいセッター(こういうポジションがあることすら今回初めて知ったんだけど)の竹下は、サッカーでいうトップ下的な存在で、司令塔としてゲームをコントロールする視野の広さを感じた。彼女の上げるトスの多彩さは、観ていてかなりおもしろかった。そしてそのトスにあわせてスパイクをきめる大山、栗原、佐々木、杉山あたりはよかった。どれも思い切りのよさがみられて、観ていて気持ちのいいものがあった。あとは高橋のパフォーマンスや、必死にボールを拾う佐野や、喝を入れる吉原など、ほんと一人一人が主役って感じがするチームだと思う。
バレーボールが観ていておもしろいのは、展開が早いからだと思う。そういうスポーツは観ていて楽しい。早いテンポでぽんぽん点が動いて、ゲーム展開は実にスピーディーだ。テクニックが顕著にあらわれていて、時間差攻撃や、フェイントのオンパレード。力技があり、こぼれ球にみんなでくらいつき、点が決まるたびにチームみんなで笑顔でタッチを交わす。今回この大会を観ていて、バレーボールのおもしろさがかなり伝わった。
バレーボールは男子よりは女子のイメージが強く、男子はあまり強くないのかな?って思ってる。どうなんだろう?女子ほどあまりみていないけど、がんばってほしい。
2003年11月19日(水)

120 ずっと欲しかったもの

昨日友達と中目黒、代官山へ買い物に行った。その日買い物に行こうという日は、だいたい俺は中目黒と代官山へいく。人ごみが嫌いなもんで、あんまりでかい街や、人がうじゃうじゃいるところはいやなんだ。渋谷とか、原宿とか、あんまり好きじゃない。
友達の都合上、珍しく買い物を始めたのが暗くなり始めてからだった。中目黒でいつもいく店をまわっていたら、一度前にいったことがある店で、理想的なコートにであった。高校生のころ、「CHECK」という雑誌で紹介されていた「ネペンテス」のグラウンドコートがあった。スタジャンの下がすぼまってない、すとんと落ちているコートタイプのもので、スタジャンにしてはかなりシンプルに、ワッペンも最小限のもの。その雑誌にのっていたものは4万以上するもので、当時高校生の俺にとっては指をくわえて眺めているしかないものだった。
それから何年も冬服の買い物に行く度に、スタジャンをさがし、グランドコートタイプのものをさがした。一度代官山にある「ハリウッド・ランチ・マーケット」通称「ハリラン」で、それにちかいものを見つけたんだけど、買ったら妥協である気もする微妙なもので、そのわりに高かったから先送りにしてきた。
もう最近では癖のように探しはするけど、いまいち諦めが入っているくらいだったんだけど、見つけました。うれしかった〜!ほんと全てが俺にとって理想的なコートで、すごい興奮した。
前に友達とジャケット、コート類で本当に気に入ったものにいくらまで出すか?って話をしたことがあったんだ。友達は8万まで出すっていってて、俺は「それはきついな〜・・・出せて4万でもきついなぁ」なんていってたんだけど、いざ本当に気に入ったものを見つけたら、全然出せちゃうね。といってもこれまで服飾類に出した金額のなかでは最高額だから、ちょっと気合が入り、自分にとってはちょっとした事件なんだけどね。買っちゃう。
まだ買ってないんだけどね。今度絶対買いに行く!近いうちに。そーゆーのある?
2003年11月15日(土)

119 進化する携帯電話

最近のTUKAのCMでダウンタウンのまっちゃんが「話せりゃいいやん、携帯なんだし」っていうのがある。あれが嫌いだ。なんか負け惜しみみたいに聞こえちゃうんだ。開き直りというか。
今の携帯は、カラーであるのが当たり前だし、カメラがついていることすら当たり前になってきている。携帯で遊べるゲームも増えているし、その性能も年々あがってきている。機能はどんどん追加され、その上どんどん小さくなっていく。さすがIT革命??(って意味わからん)。そうなってきたらそれが携帯だよね?携帯は話せるだけのものであったのは、遠い昔の話。
俺は携帯は大学に入ってからずっと「au」だ。学割もいいけど、やっぱデザインが一番。携帯にしてもなんにしても、自分が持つものはデザインを重視したい。よく奇抜なデザインなものを好んでいるんじゃないか?と思われがちだけど、そういうことでもない。ただ単にありきたりのデザインのものによさを感じない。
日本で発売されているスタンダードな携帯のスタイルはなんであんなに格好悪いものばかりなんだろう?といつも思う。色は中途半端な色ばっかり(シルバーとかピンクとかウォーターブルーとか)、全体の形や、ボタン周りとか、みんな大差ないんだよね。そういうのもあっていいと思うけど、そういうのばっかなのはほんとどうかと思う。大衆狙いで売れればいいってのは好きじゃない。売る側からすりゃあ、それが当たり前なんだろうけどさ。
いつもヨーロッパの携帯はなんてスタイリッシュでデザインが優れているんだろう?って思ってるんだけど、逆にヨーロッパの携帯は、見ればヨーロッパの携帯だってわかる特徴がある。そう考えると、日本の携帯はそれはそれで日本らしさを映し出しているんだろうか?
最近少しずつヨーロッパ的なデザインを取り入れた携帯が出始めていると思う。「未来型」とでも言おうか。これから携帯電話はさらなる進化をするだろうけど、機能の面よりも俺はデザイン面での進化を期待している。個性をもっと押し出した携帯がばんばんでてきてくれれば、もっと選び甲斐があるんだけどな。
2003年11月14日(金)

118 衆院選選挙

今日の話題はやはり選挙。みなさんはちゃんと選挙に行きましたか?
消費税引き上げ、自衛隊派遣、道路公団、などなどかなり注目の争点があるけど、なんかどこも的を得ないというか、具体的なことがみえなかった。これまでの投票は、その時点で自分が一番嬉しいというか、そのとき限りを求めていた気がするけど、例えば高速道路無料化にしても、そりゃタダになりゃ嬉しいけど、先を考えて税金で支払われるのなら、結果的にどうなるんだろう?と、ちょっと俺も成長。
それにしても自民党はいつまでこんなに強いのだろう?まだ開票の途中だけど、これまでのメディアなんかでの流れをみると、もっと差は小さいものになるんじゃないかと思った。けど毎年そんなこと思ってみてもやはり違うんだね。でも無党派層の投票率は半分以上が民主党らしいね。俺には無党派層以外の部分がどうなってるのかいまいちわからないんだよね。後援会とか、そういうことなのかな?それだけじゃないか。
選挙ってもっとアピールの仕方を変えられないものかな?今回は投票率が下がってしまったらしいじゃない。例えばCDを売り出すにしても、映画を売り出すにしても、アピールする手段をみてみると本当におもしろそう!だとか、なにかしら興味を示すものがたくさんあるけど、選挙に対するパフォーマンスはどれも興味を引くものはない。
これは浅はかな考えなのかもしれないけど、住宅街に選挙カーでうるさくまわるのはやめてほしい。あれってスピーカーの音量が〜ヘルツまでって決められているけど、絶対それ超えてるよ!ってのしょっちゅう感じるし、ただあーゆー風に通ったって何も伝わってこない。人が集まる駅前なんかで演説をするってことはいいと思う。それ以上は自発的なものにまかせて、自発的に選挙に参加しようと思う気持ちを促すことのほうが重要だと思う。
みんな選挙は行こう!無関心はいかんよ!選挙には行かないくせに、政治に文句は言えないからね。
(あとから追加→と思ったら民主躍進。)
2003年11月09日(日)

117 絶対的だったもの

今の俺はたぶんかなり自己主張の激しい人間だと思う。言いたいこと、思っていることはずけずけと言ってしまう。自分が思っている自分と、他人から見た自分が違うというのはよくある話だけど、この点に関してはかなり一致している。といっても俺を知らない人がこう聞いたら誤解しそうだけど、別に好戦的な人間というわけではなく、むしろ普段はかなりぼーっとしている。
で、なぜそうなったんだろう?って考えていたんだ。自己分析ってわけじゃないけど、まぁそんな感じだよね。
考えてみると、俺はもともと逆の人間だった。幼い頃から大人の言うことは絶対的なものなんだっていう思い込みがあった。親、先生、そして大人たちから認められる優秀なクラスメートでさえ、自分が感じたことにはまるで自信がもてず、彼らの向く方向に倣った。それがなぜかというのは、今はあまり思い出せない。そうなったことにも理由があるのかもしれないけど。でもまぁ小学生のいつごろかからだな。そんなことは中学の間も続いた。少しずつは変化はしていったんだろうけど。
いつの頃か、自分の思うこと感じることに正直になることを思い切って言い、すごく怖かったけど、なんか気持ちよかった。あ〜、別に自分が思ったとおりでもいいんだ。って思った。
押し付けられたり、規制されると、人は反発したがるし、反動は大きい。ずっと自分の中でたまっていた疑問が解消されたら、反動は大きかった。
なんて、今回は自分のこと書いてみました。。
2003年11月07日(金)

116 VS.ポリスマン

高校生のころ我が家に友達が遊びにきたときの帰りのは話だ。男友達と女友達の二人が遊びに来ていて、比較的近くに住んでいる女友達を家におくるんで、門限をすぎてしまってかなり急いでいた。チャリで30分くらいかかるその子の家まで二人乗りでおくっていったんだけど、運の悪いことに途中で警察に見つかってしまった。
時間も遅く、高校生がチャリに二人乗りしてりゃぁ、それは最初印象は悪い。けどうちらは二人とも相当の迫真の演技(?)で、かなり真面目な、「かんじのいい」高校生を演じた。(ていうか別にもともとそうなんだけどね・・)二人乗りは注意されて、でももうしちゃだめだよ、なんてんで終わるかと思ったのに!
なんとそのチャリは防犯登録がしていなく、また警戒されてしまった。実はそのチャリは妹に借りたチャリで、「なんであいつ防犯登録してね〜んだよ!」なんて思った。いろいろ聞かれ、妹のを借りたと言ったら、じゃあ電話して妹さんのかどうか確認させて、と。で、妹に電話したら、それは妹が友達から借りたものらしく、しかもその友達はどこかからそのチャリをパクってきたらしかった。そりゃ〜まずい。。。友達から借りたらしいってことを警察に言ってからパクったもんだって聞いたから、ごまかせなくて、警察に「じゃあ友達の名前を聞いて」と言われ、妹に聞いてみると、「加藤あい」だって。確かに友達の名前を出せるはずもなく、俺は何度も電話越しに名前を聞き返した。
「え〜っと、『加藤あい』って言ってます・・・」あんまふざけてる場面でもなかったから、かなり気まずく。
「・・・聞いたことある名前だな・・・」
あまりに馬鹿馬鹿しくてか、どうしようもないと思われたのか、はたまたユーモアが認められたのか、なぜかわからないが警察はそれですべて許して見逃してくれた。
といっても結局その友達が家に帰るまで後ろをついてきて、時間もないからうちらはダッシュ。災難だった。
もしこんな目にあったら、こんな手もありますよ〜。
2003年11月05日(水)

115 ガムたばこ

今日の読売新聞の夕刊のトップ記事は、「ガムたばこ上陸で波紋」だった。日本向けに商品開発されたスウェーデン製ガムたばこが、先月中旬から東京、神奈川の一部地域で販売されて、波紋が広がっているとのこと。

財務省の正式な認可が下りた「たばこ」で、見た目はガムらしい。一粒にニコチン1ミリグラムを含み、たばこ1本分に相当する。当然波紋は広がる。「子供が手に取りやすく、危険な商品。」「かみたばこは口腔ガンとの因果関係も指摘されている。」「煙が出ないため安全だという錯覚におちいる。」などなど。

驚いたのが、厚生労働省監視指導課が財務省に対し、「未成年対策に配慮すべきだ」と要請しているのに対し、財務省は「問題が出ればそのとき考えたい」といっているという。お馬鹿か!!!

俺はもともとタバコが嫌いで、だから言うっていうのもあるけど、今このご時世に財務省がそんなんでいいの?歩きタバコを規制したり、タバコ税をあげたりと、グローバル化を狙ってきているはずで、確実に喫煙人口は減ってきているはずなのに・・・。スウェーデンのガムたばこ販売会社だって、日本が世界有数の喫煙国家であるってことを狙ってきているわけで、財務省としてはそれでいいわけ?てゆーかなんかメリットあるの?

でもあるんだろうな、メリット。裏でさ。だから認可したんだろうし。そーゆーの最悪だよ!未成年の使用を禁止したって、そんなの誰が守るんだっつーの!
2003年11月01日(土)

VOICE / マッキー

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