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2001年06月29日(金) モリー先生との火曜日

モリー先生との火曜日
TUESDAYS WITH MORRIE
1999年

DVD原作

同名の原作(ミッチ・アルボム著)は、全米でベストセラーを記録し、
日本でも出版されています(私は未読)。

スポーツライターのミッチは、仕事に忙殺され、
愛する恋人との間にもすきま風がふきかけている毎日の中、
ふとしたことから、大学時代の恩師であるモリー先生のもとを訪れます。
そこでミッチを出迎えてくれたのは、高齢になったばかりでなく、
筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病に侵され、
自力でトイレに行くこともままならない、
そのくせジョーク好きで、絶望という言葉を全く知らないような、
結局は昔と何ら変わらぬ恩師の姿でした。

それからミッチは、忙しい仕事を少しずつセーブし、
毎火曜日、モリー先生宅で「人生について」の
“個人授業”を受けるのでした。
(原題が“TUESDAYS ”と複数形なのは、そのためです)
モリー先生の人生指南の“修了”は、
とりもなおさず、先生との永遠の別れを意味してはいました……。

多分、原作はよりその色合いが強いのだと思いますが、
何しろ、モリー先生の名言のデパートのようなドラマでした。
私が特に好きなのは、「№1」をかけ声にスポーツ競技を応援する
学生たちを見て、
「なぜ2番じゃいけないのかね?」と言ったという、
学生時代のエピソードです。

ちょっと逸れますが、いがらしみきお原作のまんが
『ぼのぼの』の中で、
クルミ投げが誰よりもうまいことが自慢のシマリスくんが、
ジョボくんという石投げ名人との勝負に負けた後、
「にあっ」と笑いながら言う台詞がふるっていました。
「シマリスはこの世で二番目にクルミ投げがうまいのでぃす」
そこには、ナンバーツーとしての矜持のようなものが
全部集約されているようで、クールだとさえ思いました。

モリー先生の言葉は、どちらかというと、
ともすれば一番病に侵されがちな若者への警句というか、
そんな感じだったのかもしれませんが、
ナンバーツーにはツーの、スリーにはスリーのプライドがあって
しかるべきです。
当たり前のことではあるのですが、
これを忘れてしまったスポーツキャスターなどが、
特にオリンピックなどの国際大会における日本勢の成績を、
「惜しくも銀」「金に届かず」「4位に甘んじる」などと、
「じゃ、テメエがやってみな!金とれんのかよ!」と、
ごくごく上品に突っ込みたくなるような
“暴言”を吐いてしまうのですから、
やはり「ささやかだけれど、役にたつこと」の1つだと思います。

その名言のデパート“モリー先生”を演じたのが、
我らがジャック・レモンでした。
そして、ミッチ役がハンク・アザレアでしたが、
(『ゴジラ』のカメラマン、『大いなる遺産』の
グウィネス・パルトロウの婚約者など)
いずれも説得力ある熱演でした。




2001年06月28日(木) 80年代の青春映画

1966年6月28日、ジョン・キューザックと、
メーリー・スチュワート・マスターソンの
誕生日だそうです。
2人の共通点といえば、

①80年代に映画でデビュー
②青春スターだった
③まあ演技派
④とびっきりの美形ではないが、
じゃあ、この水準のルックスを持った人を連れてこい!
と言われたら、やっぱり苦労するであろう程度に整った容姿

といったあたりでしょうか。私は2人とも好きです。
(M.S.マスターソンは、声がいまひとつ好みでないけれど)

2人が共演した作品があればよかったのですが、
ちょっと思い当たりませんし、
ケビン・ベーコン・ゲームの要領で、
2人と共通して共演した人や、縁のある監督の作品などについて
探してもよかったのですが、
2人の名前を同時に入力し、
ちとノスタルジックな気分になった80年代育ちとしては、
80年代につくられた青春映画にこだわってみたくなり、
とりあえず、羅列させていただくことにいたしました。
ほとんど(すべて?)アメリカ映画です。

『恋しくて』Some kind of wonderful 1987
ハワード・ドイッチ監督
M.S.マスターソンが演じたトムボーイ、ワッツの健気さ、
かわいらしさは、未だにファンが多いようで、
彼女が女優としてクオリティが高いにもかかわらず、
どうもこの後、決定打がないように見えてしまうのは、
私だけでしょうか?

『セイ・エニシング』Say anything 1989
キャメロン・クロウ監督
こちらは比較的最近(№312/6月6日)紹介済みですが、
ジョン・キューザックの出世作といっていいでしょう。
『あの頃ペニー・レインと』の監督でもあるキャメロン・クロウの
音楽へのこだわりも随所に見られる、
「渋い」青春映画です。

『シュア・シング』Sure thing 1985
ロブ・ライナー監督
とりあえず、ジョン・キューザック主演。
あのティム・ロビンスも、「ゲイリー・クーパー」という
冗談のような役名でちょっとだけ出ていた、
『或る夜の出来事』を彷彿とさせるロードムービーです。
これで共演したダフネ・ズーニガ、可憐でかわいかったのに、
今は何をしているのでしょう?
(彼女がレイア姫的役どころであるベスパ姫を演じた、
メル・ブルックス版スターウォーズ『スペースボール』も
お勧めしておきます。非常にオバカで笑えます)

そして、80年代といえば、青春映画に関しては
ジョン・ヒューズ(監督)と
モリー・リングウォルド(主演女優)の時代でもありました。
『すてきな片想い』Sixteen candles 1984
『ブレックファスト・クラブ』The breakfast club 1985
『プリティ・イン・ピンク』Pretty in pink 1986
特に『すてきな片想い』をお勧めします。
これにはジョン・キューザックも、
モリーに猛烈アタックするアンソニー・マイケル・ホールの
友人役で出ていました。
(そのアンソニーは、『シザーハンズ』では、見る影もない
マッチョ・バカと化していました。
『ブレックファスト・クラブ』で、性悪の校長に「黙れチビ!」と
怒鳴られていた頃の方が、ずっとキュートだったのに)

『キャント・バイ・ミー・ラブ』Can't buy me love 1987
スティーブ・ラシュ監督/パトリック・デンプシー主演
ビートルズのヒット曲と同名で、そのタイトルどおり、
「愛はお金じゃ買えない」というのを、映画全体で訴えている……
わけではなくて、
お金で買った恋がホンモノへと昇格していくような物語でした。
結構よくあるお話かもしれませんが、悪くないです。

『ベイビー・イッツ・ユー』Baby,it's you 1983
ジョン・セイルズ監督
こちらは、ビートルズのカバーでも知られる、
シレルズのヒット曲のタイトルを映画に冠したものですが、
オールディーズのタイトルが映画につけられるケースも、
80年代に多かった気がします。
(『ペギー・スーの結婚』『ブルー・ベルベット』
ちょっと違うけれど『スタンド・バイ・ミー』など)
一時期、私の一番のアイドルだったヴィンセント・スパノが、
歌手を目指すイタリア系の貧しい青年、
ロザナ・アークェットがユダヤ系のお嬢様という役で、
この対照的な2人が、何だかテンションの低い恋愛を
演じていました。それでいて、妙に心に残ります。
「俺が信用するのは神とシナトラだけ」というスパノの台詞どおり、
フランク・シナトラの「夜のストレンジャー」のメロディーが染みます。

まだあったなあ。ええと……と、
心にひっかかるものを思い出す余地のあるジャンルなので、
またの機会に、いろいろ書きたいと思います。

俳優では、ラットパックならぬ※“ブラット・パック”などと呼ばれていた
トム・クルーズ、ラルフ・マッチオ、エミリオ・エステベス、ロブ・ロウ
マット・ディロンといった人たちが人気を博していました。
(レイフ・ギャレットも人気がありましたが、『アウトサイダー』以外の
出演作が思いつきません……)
また、マシュー・ブロデリック、マシュー・モディーンの
W実力派マシューも、まだ仕事に恵まれていた頃です。
※後ほど、ブラット・パック”は
『セント・エルモス・ファイアー』(1985)の頃から、
使われた言葉、との指摘を受けました。

そして、エミリオの恋人でもあったデミー・ムーア、
最近、復調の兆しも見えるダイアン・レイン、
これまた意外と頑張っているアリー・シーディーなどなどが、
女優では代表格でしょうか。
(もっといるはずなのに、何だか出てこないものです)

未だ正統派で人気のある人、どこかに行ってしまった人、
路線を変えて安定した人、いろいろですが、
皆さんに共通しているのは、
「今見ると、見ている方が気恥ずかしい」ことかもしれません。
もっとも、この頃の作品でもそつなく演技しているような人って、
なーんかかわいげがない気もします。
例外的に『ホテル・ニューハンプシャー』の
ジョディー・フォスターなんかは、
恐ろしいほどに貫祿があったけれど、そこが魅力でした。


2001年06月27日(水) スミス都へ行く

今日6月27日は、演説の日です。
1874(明治7)年に、慶応義塾の三田演説館で
日本初の演説会が行なわれたことに因むとか。

映画の中にも、印象深い演説をした人がいました。

スミス都へ行く MR.SMITH GOES TO WASHINGTON
フランク・キャプラ監督


死亡して欠員となった上院議員の議席に
後釜として推挙されたのは、スミスという田舎の好青年でした。
人を疑うことを知らないスミスは、父親の友人でもあった
ベテラン議員のペインを尊敬し、頼りにしますが、
実は、スミスが後任になったのは、
ボーイスカウト団長としての庶民レベルでの人気が
絶大だったことのほか、
「御しやすそう」というのも大きな理由だったのです。
ペインはあるプロジェクトでの不正に与していて、
それを知ったスミスは失望し、田舎に帰ろうとします。

最初は体の大きな坊やのお守を押しつけられた、
くらいにしか思っていなかったスミスの秘書サンダースは、
スミスの高潔な人柄に次第に心惹かれ、困難は承知で
スミスがつくった法案が議会を通るようにと
協力を申し出ます。

そして、スミスは、自らの信念を通すため、
議会での24時間演説に挑戦!
さて、吉と出るか、凶と出るか?

ざっとこんな感じのお話でした。

スミス役は、のっぽで誠実そうなジェームズ・スチュアート、
サンダースが、キャプラ映画の常連でもある
美女ジーン・アーサーでした。
(上の粗筋だけ読むと、男性と勘違いしそうですが)
この物語は、社会派の古典傑作であると同時に、
ラブストーリーでもあったわけです。
田舎から出てきたスミスは、都会で出会った美女たちに
デレデレすることもありますが、
そんな姿を「バ~カ」と、最初は冷やかに、
次第に嫉妬まじりに見つめる硬派の美女ジーン・アーサーが、
結局一番の「すてきさん」でした。

以前、議会事務局で働いていたことがあるのですが、
会を、場合によっては市を二分するような大問題で、
議員提案の議案を審議するために、会が深夜に及ぶことも
あったのですが、
その際、やっぱり「スミスはここにはいないかなあ」と、
ほんの少し期待してしまいました。
かといって、実際のところ長時間にわたる会議をカマされると、
やっぱりしんどいんですけどね。
映画はいつも高見の見物だからおもしろい…ということで。


2001年06月26日(火) サークル・オブ・フレンズ

1970年6月26日、俳優のクリス・オドネルが生まれました。
中途半端な童顔が災いしているのか、
どうも芸域が広がらない感のある彼ですが、
次のような青春映画の傑作に出ていました。

サークル・オブ・フレンズ CIRCLE OF FRIENDS
1995年アメリカ・アイルランド パット・オコナー監督


50年代のアイルランド、仲良し3人娘ナン、イブ、そしてベニーは、
同じ大学で勉強しています。
ナンは美人だけれど、貧しい自分の境遇を恥じ、
金持ちとの結婚を夢見ています。
イヴは孤児で尼僧院で育てられましたが、屈託なく、
おとなしそうな容姿に似合わず歯に衣着せぬタイプ。
ベニーは、毎日毎日同じ時間にバスで家に帰る箱入り娘で、
自分の太目の体へのコンプレックスもあり、
異性に興味がありながら積極的になれません。
(カトリックであるというせいもありましょうが)

ベニーはナンから、ジャックという好青年を紹介されます。
ベニーはジャックを憎からず思うようになり、
スポーツの花形選手で、ええとこの坊ちゃんのジャックは、
女の子なんてよりどりみどり……に見えますが、
実は非常に堅実で、「瞳の美しい」ベニーに何か感じるものがあり、
彼女との交際を真剣に考えます。
(ベニーを気に入った父親に、自分の気持ちを照れながら話す
彼は、なかなか魅力的でした)

ベニー役は、『ジッド・ウィル・ハンティング』『スリーパーズ』
『理想の結婚』などのミニー・ドライヴァー、
ジャック役がクリス・オドネルでした。

ベニーとジャックの恋は、お互いの妙な遠慮もあり、
なかなか前に進みません。
かてて加えて、ベニーの親が決めた婚約者ショーンや、
親友だと思っていたナンの裏切り行為もあり、
102分の枠の中で、じれったく進んでいきます。
でも、繊細な映像表現はなかなか捨てがたいものがあり、
殊にM.ドライヴァーの「冴えない女子学生」ぶりは見事でした。
考えてみれば、最近、ストレートに「青春映画」と呼びたい作品が
余りつくられていない気がするのですが、
この映画はそうしたジャンルでは正統派だと思います。
それでいて、随所にちょっとしたひねりもあり、
結構楽しめるかと思います。

ところで、かなり個人的な話を1つ。
この映画での貴族役といい、
『恋におちたシェイクスピア』といい、
最近、やな奴役が多いコリン・ファースですが、
今年の初め、NHK地上波で放映されていた『高慢と偏見』には
すっかりはまってしまいました。
ジェーン・オースティンの同名タイトルの小説を映像化し、
3回に分けて放映されていたのですが、
彼は、つっけんどんに見えて、実は頼れる人格者という
ダーシィ役でした。
『サークル…』では、ハンサムな貴族の若君という設定でしたが、
いかにもスケベそうだし、何より人間として最低でした。
「悪人ではないけれど、やな奴」に見えてしまうダーシィも
よかったのですが、
清々しいほどの嫌な奴というのも、
映画的には見ていてオイシイ気がします。


2001年06月25日(月) ベイブ

1903年6月25日、
イギリスの作家ジョージ・オーウェルが生まれました。
(1951年1月没)
私はこの人の作品というと、評論やエッセーと、
小説では『動物農場』くらいしか読んでいないのですが、
映画化された作品では、『1984』などというのもありました。

で、そのとりあえず読んだ『動物農場』ですが、
ここから連想する映画というと、コレしかありませんでした。

ベイブ Babe
1995年オーストラリア クリス・ヌーナン監督


この映画も、アカデミー賞にはそれなりにノミネートされました。
作品賞、監督賞のクリス・ヌーナン、
助演男優賞ジェームズ・クロムウェル、
あとは脚色賞という格好で、すべて空振りではありましたが、
ともすれば子供向けに見られがちな動物映画としては、
かなりの健闘といっていいと思います。
(子供向けがだめなのではなく、
子供向けの映画って、大抵子供だましなのが腹立つものですから)

この年は作品賞が『ブレイブ・ハート』で、
監督賞をその監督をしたメル・ギブソンが受賞し、
あとはキャスト以下各部門賞を、
その後末永く評価されるであろう名作・名優で
分け合ったという格好です。
(これについてのボヤきは、多分同時に配信されているであろう
もう1通の方をごらんいただければと思います)

お祭りの「子豚体重当てクイズ」の景品になっていた
子豚のベイブは、
善良なる農夫アーサー・ホゲットと運命的な出会いを果たし、
ホゲットの牧場にやってきます。
農場で牧羊犬をしているフライを母親のように慕い、
その優しい性格が羊たちにかわいがられているうちに、
命令ではなく「お願いする」という方法で
羊たちを取りまとめるという才能をはっきします。
それを見出したホゲットは、周囲から嘲笑されながら、
ベイブを牧羊犬のコンテストに出すことにしました。
さてさて、結果はいかに?

思えば、かなりブラックに作品ではありました。
オーストラリア……一応が舞台なのでしょうが、
ともすれば無国籍にさえ見えてしまうほどの、
民話にでも出てきそうなのどかさの牧場を切り盛りする、
アーサー&エズメのホゲット夫婦はそろって好人物だし、
人間の視点で描いていたら、「それがどうした」で
終わりそうなエピソードが並んでいるだけなのですが、
例えばエズメが料理上手で家庭的であればあるほど、
いつベイブを食べてしまうか気が気じゃないし、
嬉々としてベイブにえさを与えているところなど、
ほとんど『ヘンゼルとグレーテル』の悪い魔女です。

「ベイブ」という名も、動物仲間で便宜上呼んでいた名で、
ホゲット夫妻は、ただ「ブタ」と呼んでいました。
中途半端に人間寄りにならないのも、
この映画が『動物農場』を連想させる要因であり、
またおもしろさでもあったかと思います。

そして、エズメを演じた女優のルックスもまた、
冗談のようなものがありました。
ジョークのつもりで「ベイブのお母さん」と呼んだら、
しゃれにならなそうというか。
まあ、「狙った」のでしょうが、
この女優さんの起用の意義は、3年後の続編では
より生かされている気がします。

ところで、見た映画にインスパイアされて、
その日のランチや夕飯のメニューを選ぶ人もいましょうが、
「ベイブ」を見た後、とんかつやポークジンジャーに
舌鼓を打った人って、実際にいるのでしょうか。
同じことは、ロバート・レッドフォードが監督した
『ミラグロ』を見たときにも思いました。
(機会があったら取り上げたいと思います)


2001年06月24日(日) サウンド・オブ・ミュージック

今日は、1024年、イタリアの僧侶ギドー・ダレッツオが
ドレミの音階を定めたことに因む、「ドレミの日」だそうですね。
となれば、この作品を紹介するしかないでしょう。

サウンド・オブ・ミュージック The Sound of Music
1964年アメリカ ロバート・ワイズ監督


舞台はオーストリアのザルツブルク。
ギターを手に歌ばかり歌っている見習い尼僧のマリアが
やもめさんであるフォン・トラップ大佐の7人の子供たちの
家庭教師になることから、物語が始まります。
(後にマリアは、トラップ大佐と結婚)

実話に基づいたお話で、
主人公マリア・フォン・トラップは、
1987年に惜しくも他界なさいましたが、
1972年、『絶妙な道のり』というタイトルの自叙伝を出版なさったそうで、
その中では、ナチスから逃れてアメリカに渡ったトラップ一家、
とりわけマリア自身が、
アメリカでの新たな体験にショックを受けるエピソードも、
あれこれ綴られているそうです。
(読んでみたいけれど、見つかりません)

↑私にしては緻密に書いてありますが、
もちろんCheatingの賜物です。

この映画は子供の頃に、
多分バリバリにカットしてあったであろうものをTVで見ましたが、
印象的なのは、カーテンで子供たちの服をつくるエピソードや、
アルプス越えをしてオーストリアを脱出するくだりなどです。
しかも、何しろ子供だったので、
どうして脱出しなければならなかったのか、
その辺は理解できませんでした。

1991年の1年間、フジ系アニメ番組『ハウス名作劇場』で
『トラップ一家物語』を放映していたので、
そちらでおなじみという方もいらっしゃるのでは?
あの枠でのアニメ放送は、30年にわたって続きましたが、
別口で映画化されている作品が、実写に限っても結構ありますね。
いずれも材を取っているのが児童書の良書ばかりなので、
ファミリー映画にはうってつけといえましょう。

閑話休題。
ザルツブルクは今でも映画ファン・音楽ファンにとっては
人気の観光スポットだそうですが、
(というか、モーツァルト効果もありましょうが)
美しい山並みを背に、ギターを弾くマリア、
それを取り囲む、楽しげな子どもたち、
トラップ大佐のお屋敷、
この映画自体が、1本の「リゾート映画」になっています。
そこへ持ってきて、今でもしばしば耳にする名曲の数々ですから、
ここはひとつ、御都合主義の踏み込みが甘いのと言わず、
酔いしれるに限ります。

マリア役はジュリー・アンドリュース。
その容姿も清潔感があって美しいけれど、
何といっても美声のすばらしさが印象的です。
トラップ大佐を演じたのは、クリストファー・プラマーですが、
私、この人に関しては、
その後は、映画版『ドラグネット』の悪役でしか見ておりません。
(往年の刑事モノ『ドラグネット』を、
ダン・エイクロイドとトム・ハンクス主演で
コミカルに映画化した作品。特にお勧めはしません)
が、この人の娘アマンダ・プラマーは、
『ガープの世界』で、少女時代に暴漢に襲われた女性エレン、
『ガープ…』と同じく、ロビン・ウィリアムズと共演した
『フィッシャー・キング』では、彼の憧れの女性を演じていました。
(ギョウザをお箸でうまくつかめなかった姿がキュート)
『ガープ…』と同じくジョン・アーヴィング原作の
『ホテル・ニューハンプシャー』でも、
かなり重要な役をやっていました。(一言で表現できん…)
要するに、お父様に比べて?かなりの個性派ですね。


2001年06月20日(水) 赤ちゃんはトップレディがお好き

何でも、2000年度統計の合計特殊出生率が
(1人の女性が生涯に産む子供の数の平均)
1999年度に比べて0.01ポイントだけ上昇したそうですね。
それでも調査史上ワースト2ということだそうですが、
何しろ「31」のアイスクリームの商品名にも採用された、
その名も麗しのミレニアム〈千年紀〉効果が、
一応このわずかな出生率向上に貢献したようです。
91年に長女が誕生以来、ひとりっこ政策をとっていた我が家でも、
ブームに乗ったわけではありませんが、
友人たちから「ミレニアムベイビーじゃん」と冷やかされつつ、
次女を迎え入れました。

時ならぬベイビーブームというほどの盛り上がりは
なかったものの、
この「ミレニアムベイビー」という言葉だけは、
それなりに流行しましたっけ。

赤ちゃんはトップレディがお好き Baby Boom
1987年アメリカ


ダイアン・キートンが、ハーバードとイエールを卒業した
大手広告会社のエグゼクティブという「いかにも」な役を、
コメディエンヌ根性丸出しで好演した作品です。
人生を変えてしまうような作品ではありませんが、
質のいいコメディーを見たいときにはぴったりでしょう。

仕事はバリバリ、収入たっぷり、
恋人(『ゴースト・バスターズ』のハロルド・レイミス)もいる、
そんな生活に満足していたダイアン(役名失念)のもとに、
いとこが残した遺産相続の話が舞い込みます。
その「遺産」とは、
まだ1歳で両親を失った、姪のエリザベス嬢でした。

寄るべないいたいけな子供を放り出すこともできず、
里子に出そうとしたり、ベビーシッターを雇ってみたり、
子持ちの友人に焚きつけられて早期教育の教室に通ったり、
あれやこれやと手を尽くし、頑張ってはみるものの、
結局どうにもうまくいかず、
恋人には去られ、嫌みな後輩に仕事をとられ、
すっかり疲れ切ってしまいます。
ちなみに、「嫌みな後輩」を演じていたのは、
ジェームズ・スペイダーでした。
(この人、ハンサムで実力派なのが却って災いし、
一時期はこの手の役ばかり演じていた気がします。
『ブリティ・イン・ピンク』『放課後』『結婚の条件』などなど)

ダイアンは仕事を辞め(させられ)、
いつか買おうと思っていたリンゴ園のついた家を買い、
エリザベスと2人で、
のんびりと田舎暮らしをしようと決心します。
この家が格安なだけあって、かなりの欠陥住宅だってりして、
ただでさえ慣れない田舎暮らしに
計算違いを感じ始めたこともあり、
持っていき場のない不満を、
彼女に気があるらしい獣医(サム・シェパード)に
ぶつけますが、
このことで憑き物が落ちたように、
彼女はビジネスへの意欲を見せ始めました。

もともとエリザベスの離乳食のつもりでつくっていた
リンゴの瓶詰めを村の商店で扱ってもらうようになり、
評判よく売れていることに気をよくした彼女は、
昔とった杵柄よろしくリサーチを始め、
販路を拡大していきます。

ついには、自分を切り捨てた古巣の会社が
彼女にビジネス話を持ってくるまでになりました。
またとない条件を提示され、
またバリバリ働けるチャンスが訪れたと喜んだものの、
もう一度、自分にとって大切なものは何か?
自分が選ぶべきは何か?と考えたとき、
全く違う形の幸せを、
彼女はつかむことができました……とさ。

先が読めるお話ではあると思いますが、
ぶつくさ文句を言いながらも、前向きに何とかしようとし、
欲しいものや必要なものを自力で引っ張ろうとする彼女の姿は、
非常に潔く、見ていて気持ちのいいものでした。

今や、田舎で暮らしていることも全くハンディにならない、
ネット上のビジネスで成功している人も全く珍しくないので、
プロット自体は古くさい感じすら禁じ得ないかもしれません。
それでも、ダイアンのコメディーセンスと、
エリザベスを演じた子役ちゃんの愛くるしさは、
ぜひともお勧めしたいと思います。

余談ですが、この映画を見にいった新宿プラザで、
今でいうアフロ犬みたいな七色のアフロのかつらを被り、
タイガーマスクのお面をかぶっていた人を見かけました。
当時(1988)新宿界隈に、
「タイガーマスク」と呼ばれる人物が出没する……という
噂があったようですが、
彼(彼女?)がその人だったのか、私はその風体の人を、
やはり新宿の別の場所で1度見たことがありました。
これもまた、映画鑑賞の思い出です。
文字で「再現」しようとしても、イマイチ衝撃が伝わらないのが
残念ですが。


2001年06月18日(月) スウィート・ヒアアフター

スウィート・ヒアアフター The Sweet Hereafter
1997年カナダ アトム・エゴヤン監督


後味が悪いというよりは、「私ならこうするなあ」と、
自分としては珍しく発展的なことを考えてしまった映画でした。
『ハーメルンの笛吹男』がモチーフとなっているようですが、
だとすれば、後味悪くて同然とはいえ、
舞台が雪深い小さな町という設定が、
一応雪国の端くれに住む者としては、何とも切ないのです。

22人の子供を巻き込んだスクールバスの事故に絡み、
落ち目の初老弁護士(イアン・ホルム)が
集団訴訟を焚きつけようと田舎町にやってくるところから、
物語は始まります。
ひんやりとしたトーンの、サスペンスタッチの人間ドラマで、
映像の美しさはピカイチでした。

これも、どう書いてもネタバレになりそうだし、
多くは語りませんが、
「私ならこうする」と思ったのは、
何も知らないイナカ者を適当に言いくるめて……
という態度が見え隠れする弁護士に、
逆に遺族(親たち)がギャフンと言わせるような設定だったら、
どんなに痛快だったろう……と思ったのでした。
でも、それでは映画のテーマというか、流れそのものが変わって、
全く別物の映画になっていたのですよね。
(結末が変わっても影響が余りない映画ってのも結構ありますが)

雪に閉ざされたような町の事件を描いたものとしては、
『ファーゴ』なんかも絶賛されましたが、
私はこれがいいと思えませんでした。
上手につくってあるし、皮肉な展開は嫌いじゃないのに、
なーんかむかむかするのです。
どうも、あの雪景色が悪かったみたいです。

雪景色は出て来なかったものの、
『真夜中のカーボーイ』で、
ジョン・ヴォイトが元々住んでいた田舎町も、
何となく寒そうでした。
けばけばしいオバチャンを相手にしてお金を稼ごうとしたら、
逆に金取られたり、
映画館(のトイレ)でホモの人に迫られたりという
具体的な「都会はこえーとこだ」という描写よりも、
何度も何度もほぼ説明なしに繰り返される、
ヴォイトとの体の関係にのめり込む、
恋人だった田舎娘の描写の方が、
何百倍も怖かったです(多分、皆さんそうだと思うけれど)。
あれなんかも、寒村の業の深さみたいなものを感じる、
そういう怖さだった気がするのですが。

私は東北出身とはいえ、
いわゆる絵に描いたような地方都市で生まれ育ったため、
本当の意味での「田舎」というものを、
正確には把握していないかもしれません。
雪国といっても、さすがに屋根が抜ける心配をするほどの
降雪には遭ったことがないし。
(ライフラインが2~3日途絶された経験はありますが)
それでいて、寒い田舎の物語を見るのって、
近親憎悪のような苦痛を感じます。
特に、人間像がリアルに描かれていると、もっと辛い……。
雪が大道具として使われていると、もーだめってところです。
だものですから、未だに『シンプル・プラン』を見損なっています。
(同じ寒そうな映画でも、『心の地図』くらい幻想的だと、
むしろ夏に避暑気分で見たい1本になっちゃいますが)

でも、雪に閉ざされた田舎のサスペンスタッチの映画って、
私にとっては「怖いもの見たさ」で見たくなることがある
ジャンルでもあります。


2001年06月17日(日) スナッパー

6月17日は第3日曜日ということで、父の日ですね。
そこで、2日連続でアイルランドが舞台の映画ですが、
この作品を。

スナッパー The Snapper
1993年アイルランド スティーブン・フリアーズ監督


この「スナッパー」とは、赤ちゃんの意味だそうです。
ブッカー賞ホルダーでもあり、日本でも人気の作家
ロディ・ドイルの“バリータウン”シ3部作には、
いつでも愛すべきラビット家のお父さん、
ジミー・ラビットが登場しますが、
その2作目「スナッパー」を映画化したのがこの作品です。
(ちなみに1作目は、これまた映画化された『ザ・コミットメンツ』、
3作目は『ヴァン』ですが、こちらの映画化作品は日本未公開です)

ジミー・ラビットを演じているのは、
アメリカ映画などでもしばしば顔を見ることができる
コルム・ミーニーでした。
『ケロッグ博士』『コン・エアー』『草原とボタン』などに
出ています。
非常に達者な方ですが、いつも同じに見えてしまうのは、
あの個性的過ぎる顔のせいでしょう。

ラビット家の長女シャロンが、まだ20歳の若さで、
結婚もしていないのに、ある日突然、妊娠を宣言します。

ちょっとダークな話題になりますが、
アイルランドは敬虔なカトリック教徒の国ですから、
当然、妊娠中絶など認められておらず、
13歳の少女がレイプされて妊娠したとき、
「とにかく産め」という意見と、
「外国で処置したら」という意見の
2つに分かれたという事件がありました。
たしか、後者を選んで一応の「解決」を見たと思いますが、
もちろん、本当の意味での解決ではありませんね……。
しかし、敬虔なカトリックの国でも、レイプ犯っているのですね。

閑話休題。
シャロンは、父親のに関して口を割ろうとしません。
特定のボーイフレンドはいないし、別に悩んでいるふうでもなく、
スペインの船乗りと情熱的に愛し合ってデキちゃった~っと、
ケロリと友人たちに自慢?する始末です。

で、おろおろするのはお父さん初め家族たちです。
娘の体は心配だし、
ふしだらな娘のいる家ということで嫌がらせをされるし、
実は薄々勘づいている「父親」との関係もぎくしゃくします。
酔っぱらって前後不覚になったシャロンが、
勢いで関係を持ってしまった相手は、
ジミーの友人だったのでした……。

ヤケになったシャロンが、
カラオケでマドンナの「パパ,ドント・プリーチ」を熱唱するという、
ベタベタなシーンも登場しました。
(若い皆さんへの解説……
この曲は、マドンナの80年代のヒット曲ですが、
内容が、恋人との間にできた子供を産むために家出をする
若い娘の決意を歌ったもので、
「オヤジ、説教すんな(パパ,ドント・プリーチ)」というわけです)

でも、元来が家族思いのジミーは、
元気な子供を産んでみんなで育てようと、娘を励ましました。

出産当日。そわそわするジミーに対し、
ジミーの妻ベロニカときたら、
既に5人の出産経験のあるアイルランドの母らしく、
「みっともない」とジミーをたしなめる落ち着きぶりです。
この辺は万国共通かもしれませんが、
我が身に置き換えると、ああも落ち着いていられるかどうか。
やっぱりアイルランドの母は強いと思いました。

その他、シャロンがかわいい元気な女の子を出産、
その子にジミーがつけた名前の秘密、
(というほどでもないけれど)
初授乳とジミーの祝杯(当然ギネススタウト)の関係など、
小ネタで笑わせてくれるところも多いので、
ぜひとも見てみてください。
字幕派の方が多いかと思いますが、
吹替え版でジミーを演じていた
青野武さんの独特の調子もなかなかよかったと思います。
(『ちびまる子ちゃん』の2代目おじいちゃん、
『キテレツ大百科』の八百屋のクマハチさん、
『ONE PIECE』の、タカの目のミホークなど)
私、これは字幕と吹替えの両方を見ましたが、
どちらも同じくらいに魅力的でした。

それにしても、かわいい女の子(愛称ジーナ)が生まれたところで、
『ヴァン』の映画版が日本未公開なのは、
やっぱり非常に残念です。
原作を読む限り、完全にジミーが主役といっていい物語ですが、
自分は失業中で小遣いも満足でなく、
図書館で時間をつぶすような毎日なのに、
2歳のかわいい孫ジーナにアイスクリームくらい買ってやりたいと
考える、そんな微笑ましいじいちゃんぶりが見てとれました。

監督が誰かすらわからないほど情報がないのですが、
ジミー役はやっぱりコルム・ミーニーだといいなあと思います。
ビデオだけでもいいから、出るといいのですが……。


2001年06月14日(木) フラッド

ちょっとした酔狂から、
(といったら、竹内編集長初めスタッフに申し訳ないのですが)
科学雑誌『NEWTON』の20周年記念号第1弾(7月号)を
買いました。
家から一番近所の書店で、
映画雑誌コーナーの近くにたまたまあったのですが、
まさに目が合ってしまいました。
特集は、4つほどに分かれていたのですが、
そのうちの1つが「洪水」についてでした。

皆さん、洪水ハザードマップってご存じですか?
いわゆる洪水避難地図のことですが、
最近、全国各地で作成されていますし、
河川沿川にお住まいの方にはおなじみかもしれませんね。
私が住む郡山市には、阿武隈川という、
その汚染と氾濫にはちょっと定評?のある川が流れていますが、
そんな関係で、
郡山市では比較的ハザードマップ作成への着手が早く、
その上皮肉なことに、
「日本で一番最初にマップが役に立った」市になってしまいました。
というのも、作成したその年の8月、超弩級の豪雨がやってきて、
阿武隈川沿いに住む人々に甚大な被害を及ぼしたのですが、
その際、マップなどの情報をもとに
素早く避難した人が多かったため、
思ったよりも被害が少なく済んだのだそうです。
それが1998年のことでした。
その12年前、1986年の8月にも、
やはり記録的な水害があったのですが、
98年の集中豪雨は、86年より雨量が多かったにもかかわらず、
被害額は86年のときよりも低かったといいますから、
(あくまで数字の上ですが)効果のほどがわかろうというものです。

ところで、私は蟹座生まれなのですが、
モノの本によると、蟹座生まれというのは、
なぜか水辺に住むことが多いのだそうです。
それは海や川というだけでなく、ため池、プール、
時には銭湯なども含むというので、
いかにもこじつけ的ではありますが、
なるほど、私の33年の人生を振り返っても、
海辺、貯水池の近く、銭湯の裏!など、
なぜだか水辺人生でした。
(「海まで五分」なんてドラマ、ありませんでしたっけ?
それは1度も見たことはないのですが、
実際私、海まで5分のところに住んでいたこともあります)
それでいて水害を被ったことは1度もありません。
86年のときは、国道を1本超えたところは水浸しだったのに、
我が家があった地区はケロっとしていたし、
98年など、一番雨量が多かった日に
映画の試写に行ったほどです(因みに「TAXi」でした)。
↑さすがにこの日は空席が目立っていましたね……。

たまたまハザードマップ作成のための会議で
仕事をさせていただいたことがあったのですが、
その際、洪水常襲地域で住民アンケートをした
ある大学の先生の話が印象に残っています。
「よく、こんな水位になるまでなぜ逃げないかと
不思議に思われるくらい粘っている人がいるが、
いざその場にいると、簡単に
全てをなげうって避難できる人などいないものです」
その結果、逃げ遅れたりする人もいるわけですが、
そうした意味でも、ハザードマップのおかげで
被害をかなり抑えた住民の皆さんはエラかったということですね。

フラッドHard Rain
1998年アメリカ ミカエル・サロモン監督


これが日本で公開されたのは、皮肉にも、
ちょうど日本各地で水害被害が報告されていた頃でした。
実際私がこの映画を見たのって、『TAXi』試写会の約1週間後の
やはり試写会だったのですが、
何しろ内容が内容なので、
試写会スポンサーの挨拶が泣かせました。
「この映画のような水害を経験されたばかりの方も、
この中にいらっしゃると思いますが、
今日ここにいらしている方は、
はがき抽選の高倍率を勝ち抜いてきたラッキーな方ばかりなので」
だからまあ、今日は楽しんでくださいということなのですが、
試写会に当選するくらいの「ラッキー」では
救われない被害だったのでは……と思うと、
市の高台でのうのうと暮らしていた自分が、
ちょっと罰当たりに思えました。

集中豪雨とダムの決壊とで、
もう「水没」という言葉がぴったりの状態になった
小さな町が舞台の物語ですが、
そこに現金輸送車襲撃などの事件も加わる、
ちょっと不謹慎な言い方ですが、
サービス精神旺盛なパニック映画でした。
ふだんはこのジャンルを余り見ない私が
試写会に応募したのは、
何といっても、キャストの豪華さが動機です。

現金輸送車を運転する若者がクリスチャン・スレイター、
教会に居座ってステンドグラス修復をする女性が
ミニー・ドライバー、
そして強盗団のアタマがモーガン・フリーマンでした。
フリーマンは珍しい悪役ですが、やっぱりあの人には
「ただの悪役」はできないんですよね。
冷静で頭がいい、話せる犯罪者という感じでした。
(考えてみたら、『ショーシャンクの空に』のレッド役だって、
いわば罪を償うために刑務所にいたわけですが、
悪役って感じじゃなかったですね)

この映画にも、なかなか避難勧告に応じない老夫婦が
登場しました。
前の水害のときに、避難した隙に泥棒に入られたから、
てこでも動かない……というわけです。
あの状況下で避難しようとしない方もしない方ですが、
どさくさで泥棒しようというのもいい度胸だと思いました。

ストーリーを云々するタイプの映画ではないので、
トピックスとして、ミニー・ドライバーについてちょいと。
彼女を美人だと思いますか?
私は、彼女ってすごくゴージャスな女性だと思います。
確かにエラは張っているし、体つきは立派過ぎるけれど。
クリス・オドネル、ブラッド・ピット、マット・デイモン、
この映画のスレイター、ルパート・エヴァレットなどなど、
とにかく美形(いや、約1名「異議あり」の人も…)との
共演が多いせいか、
いちいちそのことをあげつらわれるのですが、
いわゆる「美人女優」がハンサムと共演したからって、
敢えて「またも美形と共演」みたいな言い方はしないでしょうが。
特に、私はああいうタイプの顔が好きなせいか、
「美人ではないけれど、実力十分」的に言われてしまうのが、
心外でたまりません。
でも、この映画での彼女の役って、
若くて元気がよければ誰でもOKというのが否めないので、
ちょっと残念でした。

しかしまあ、映画俳優って大変ですね。
あのうんざりするような大水を見ているだけで、
息がとまりそうになりました。
映画史に残る大ヒットを記録した『タイタニック』でも、
実は水嫌いのL.ディカプリオは、撮影で大分苦労したらしいし。




2001年06月13日(水) すべてをあなたに

6月13日は、俳優イーサン・エンブリーの誕生日です。
そこで、私が唯一見ている彼の出演作について
書こうと思います。

すべてをあなたに That Thing You Do!
1996年アメリカ トム・ハンクス監督


トム・ハンクスの初監督作は、さわやかで、チャーミングで、
非常に無難な青春音楽映画でした。

普通この手の映画では、音楽は「懐かしのヒットチャート」を
そのまま使ったりしていることが多く、
それはそれでいいのですが、
この映画の凝っているところは、
「それ風」につくられたオリジナルの曲を使っていることでしょう。
タイトル「すべてをあなたに」も、
お話の軸になるバンド「ワンダーズ」の曲のタイトルです。
(どう聞いてもビートルズみたいなのですが)

音楽映画らしく、にぎやかで楽しい作品でした。
音ばかりでなく、60年代そのものが
色鮮やかに再現されている感じです。
(でもって、もちろん『オースティン・パワーズ』より上品です)

リブ・タイラーは、やっぱり華があるなあと思いました。
バンドのマネージャーということになっていますが、
どちらかというと、
リーダーの彼女で、みんなのマスコット的存在です。
はっきり言って、誰がやっても同じような役に
堕してしまいそうなところを、
豊かな表情と「かわいいゴージャス」と表現したい美貌で、
印象的に見せてくれました。

バンドがメジャーデビューという段になると、
売らんがために、温情もなくメンバーの入れ替えをしたり、
音楽以外のものを粗末に邪険に扱ったりという話は
よくあるようですが、
リブの恋人ジョナサン・シェックも、上昇志向ギラギラの男で、
デカい態度がクールだとでも思っているフシもあり、
リブを傷つけても、全く心が痛まないという様子なのですが、
そもそもこの2人、最初からうまくいっていなかったようにさえ
見えてしまいました。
そんな彼女を、こう言っては悪いけれども
「弱みにつけこむように」ゲットした好青年を、
トム・エヴァレット・スコットが演じていました。
でも、この2人のおかげで、映画の幕切れが
実にさわやかに嫌味なくなっていることも事実です。

この映画とは直接の関係はないのですが、
こんな話を思い出しました。

70年代、アイルランド・ダブリンの中学生だった
ラリー・ミューレンJr.少年が、バンドを組もうと思って
メンバーの募集をしました。
そのオーディションに現れたポール・ヒューソン少年は、
ギターも歌も大したレベルではないけれど、
なんというか、独特のカリスマ性があったそうです。
ポール少年は、後に「ボーノ(Bono)」と呼ばれる
世界的なミュージシャンになりました。
ラリーももちろん、
ポールと同じバンドでドラムスを担当しています。
これがいわゆるあの超人気バンドU2です。
ほかの2人のメンバー、
エッジ(ギター)とアダム・クレイトン(ベース)も、
デビュー当時から変わりません。
内情はわからないものの、
ビジネスライクにメンバーの入れ替えがあっても
少しもおかしくない世界で、
よくもまあ同じメンバーで長続きしているものだと感心します。


2001年06月12日(火) グローリーデイズ 夢見る頃はいつでも

グローリーデイズ 夢見る頃はいつでも
Younger&Younger

1993年アメリカ・ドイツ パーシー・アドロン監督


一言で説明しにくいストーリーでしたが、
『バグダット・カフェ』のあのテイストに反応した方ならば、
見ておいて損はない作品だと思います。

ロサンゼルスで貸し倉庫業を営むジョナサン・ヤンガーは、
「営む」とは形ばかりで、実際は妻のペネロピー(ペニー)に
いっそ気持ちよいほど雑事を任せ、
自分は食う・寝る・遊ぶの結構な御身分です。
息子ウィンストン・チャーチル・ヤンガー(冗談みたいな名前)は、
イギリスに経営学を学びに留学していますが、
家の内実は全く把握せず、
甘えん坊のお坊ちゃんを絵に描いたような青年でした。
心臓が弱いペニーが発作で亡くなってしまい、
イギリスからウィンストンが戻ってきて、
共同で事業をすることになっても、
ジョナサンのお遊びバカぶりは変わりませんでした。
ウィンストンは、大学出たてで理屈しか知らないのを自覚し、
父親に仕事のノウハウを伝授してもらおうと思っているのに。
一体、ヤンガーの貸し倉庫の行く末は、どうなってしまうのでしょう。

ジョナサン役が、近作では『スペース・カウボーイ』などでも
「怖い笑顔」を披露していたドナルド・サザーランドです。
ドナルドには、父親そっくりのこわもて俳優キーファーという息子が
いますが(『三銃士』のアトス、『評決のとき』のKKK会員など)、
この映画では、まだ甘ったれお坊ちゃん顔だった
ブレンダン・フレイザーが息子ウィンストンを演じていました。
『ハムナプトラ』で、一部映画ファンの間では大ブレークしましたが、
正直申し上げて、なぜこの人が日本ではぱっとしないのか、
私にはわかりません。
ハンサムだし、いい体しているし、演技できるし、知性もあるし、
コメディーセンスもぴか一だと思います。
実はこのビデオも、ブレンダンが出るというので借りたものでした。
が、そういうつもりで借りると、
「いつになったら彼が出てくるのっ」と、
ジリジリと30分以上待つはめになります。
インド映画におけるラジニカーント並みに、
もったいつけて登場しました。
(しかも、よくよく考えると主役ではないのです。
ビデオジャケットには紛らわしい書き方をしてあるけれど)

話は逸れましたが、母ペニー役は、
老けメイクのロリータ・ダビドビッチが演じていました。
『ブレイズ』での、
ポール・ニューマンを虜にしたストリッパー役が
印象に残る官能的美人ですが、
一体どこのオバチャンだと思うような化け方でした。
わざわざこの人にそこまでさせたのには、
それなりに理由があるのですが、
ネタバレ防止のため、それは伏せておきます。

最初と最後に女性の声でナレーションが入りますが、
これは、映画に出演もしているリンダ・ハントのもののようです。
貸し倉庫を仕事場として使っているフランセスという作家役で、
ヤンガーの一家とは長いつき合いと見られます。
オーストラリア映画『危険な年』での男装
(アカデミー助演“女優”賞受賞)や、
『キンダーガートン・コップ』『シー・デビル』
といった作品にも出演している、
非常に個性的なルックスの女優さんです。
いわゆるホルモン異常で身長が伸びなかったそうなので、
表現をする上で却って差別的になってしまうのでは、と思うほど
気を遣ってしまいますが、
小さな体に反比例したデカい態度というか、
堂々とした頼れるオバチャン役がぴったりの人です。

ヤンガーの貸し倉庫を利用している常連顧客は、
皆さんかなり個性的な顔ぶれなので、
そんなあたりも、『バクダット・カフェ』のモーテルを
彷彿とさせるかもしれません。

ヤンガーは、いつも白いスーツに身を包み、
ヤマハのバイクでたまり場に踊りに行ったりするのですが、
似たようなタイプのじい様が数人出てきて、
一様にバイクに乗ったりするものですから、
『さらば青春の光』のワンシーンをちょっとだけ思い出しました。
バイクがベスパでないのが残念ですが、
シルバーモッズとでも呼びたいような、何やら粋な感じでした。
(冷静に考えると、あの白装束は堅気には見えないのですが、
似合っちゃうものは仕方ありません)

倉庫の利用客の中に、「時の人」もいました。
殺人か事故かわからない灰色状態の事件の容疑者、
「ジグザグ・リリアン」ことリリアン(サリー・ケラーマン)と、
その娘メロディー(ジュリー・デルピー)です。
ビデオには、ブレンダンとジュリーの2大スター共演みたいな
うたい文句になっていたので、
てっきり2人のラブストーリーかと思って借りたのですが、
そうでなくて却ってよかったものの、
(といっても、2人は結局恋に落ちますが)
なーんかだまされたという感じも否めません。
でも、ジュリーは控え目ながらムードのある、
放っておけない女性を好演していました。

ところで、ブレンダンが出演している映画で、
もう1本、「グローリー・デイズ」という邦題のものがあるのですが、
これはベン・アフレック主演の青春映画だそうで、
ブレンダンの出演はごく短いそうです。
原題がGlory Daze(1996年作品)ということらしいのですが、
ごらんになった方、感想などお寄せいただければ幸いです。
このYounger&Youngerの邦題がなぜ『グローリー…』なのかは、
理由・由来に関し全く見当がつきませんでした。

結果的には「ジャケットにだまされまくった」映画ではありましたが、
それは私がブレンダンのファンだったからというだけで、
災い転じてというか、なかなか拾い物の作品だったと思います。


2001年06月11日(月) コーリャ 愛のプラハ

コーリャ 愛のプラハ Kolya
1996年チェコ・イギリス・フランス
ヤン・ズヴィエラーク監督
 

これは本当に、あらゆる映画ファンにお勧めです。
かわいい子役に弱い方、おじいさま俳優に反応しやすい方、
スラブ美女を拝みたい方、音楽好きの方、
とにかく反体制なるものに魅力を感じる方et cetera。

脚本と主演のズディニェク・スヴィエラークは、
80年代、まだ「チェコスロバキア」という国があったころ、
『スゥイート・スゥイート・ビレッジ』という邦題の
のほほん系映画の脚本も担当した、
ハートウォーミングな物語が上手な方です。
(といっても、私は2本しか見ていませんし、そもそも日本では、
このほかのものが紹介されているかどうか)
のみならず、ショーン・コネリーを彷彿とさせる、
ちょっと険はあるけれども、かっちょいいじい様で、
脚から腰にかけてのラインの美しさにはほれぼれしました。
(とか書くと、まるでゲイの男性になった気分です)
彼が演じたのはロウカという名の楽団員で、
いい年をして生活の安定しないプレイボーイです。

ところで、姓からも身内だろうと見当がつくと思いますが、
この映画を監督したヤン・ズヴィエラークは、
このズディニェクの実の息子さんだか。

タイトルロールでもある「コーリャ」とは、
縁あってロウカの「息子」になる5歳のロシア人の男の子です。
この役は、アンドレイ・ハリモンというロシア出身の少年が
はつらつと、しかも健気に見せてくれました。
コーリャ役の選考のため、
スタッフはモスクワ中の幼稚園を回ったとか。
この子のかわいらしさときたら、
子役人気で話題になった映画の中でも屈指といっていいでしょう。

共産主義(社会主義、というべき?)の崩壊といわれた時代が、
ほんの少し前にありました。
ベルリンの壁が壊され、統一ドイツになり、
ソ連邦という大国がなくなって、
今まで何となくわかりにくかった東欧諸国の情報も、
次々と入ってくるようになった時代でした。
そんな背景を少しでも踏まえた方が、
何となく理解しやすい話ではありますが、
もちろん、ひょんなことから親子になった
老人と少年の触れ合いという、
ただそれだけのストーリーとしても、十分堪能できます。

ズディニェク・スヴィエラークが自ら書いた
「原作」の本もお勧めです。
ビデオを見ながら本でストーリーを追っていくと、
何やら語学の授業を受けているような気分も味わえますよ。
ビデオの字幕ではカバーされていなかった、
(劇場では見られなかったので、劇場版はわかりませんが)
ロウカのチェコ語とコーリャのロシア語が、
同じ単語でも意味が食い違うというようなことを
逆に生かしたやりとりのシーンがあったのですが、
そんなところも要チェックです。
(原作では、コーリャのしゃべる台詞が太字になっていたり、
なかなか工夫されていました。千野栄一先生万歳!です)

それにしても、サブタイトルの「愛のプラハ」って何でしょ。
本当に意味がない添え物だと思います。


2001年06月09日(土) ラジオ・フライヤー

ラジオ・フライヤー Radio Flyer
1992年アメリカ リチャード・ドナー監督


本当は水面下に沈んでいたものが浮いてきただけかもしれない、
幼児虐待による殺人事件が相次いで報道され、
やりきれない思いを味わう今日この頃です。

例えばグリム童話『ヘンゼルとグレーテル』は、本によっては
継母に森に捨てられたという表現をしている場合がありますが、
実際、食糧難に困った実の両親が2人を捨てたと考えた方が
あの物語の背景となった社会情勢を理解しやすいようで、
今日の虐待も、決してなさぬ仲の親子の間だけではなく、
実の親が手をかけているケースの何と多いこと。
(というか、血のつながりがないというだけで
継子いじめという発想をすること自体が
失礼極まりない話ですが)

この物語の主人公は、2人のかわいい兄弟です。
兄がイライジャー・ウッド、
(『アイス・ストーム』『ディープ・インパクト』など)
弟がジョゼフ・マッゼロウということで、
(『サイモン・バーチ』『フォーエバー・フレンズ』など)
演技ができるだけでなく、美少年度の高さもかなりのものですが、
弟ジョゼフは、体が小さく無抵抗で、
かつ母ロレイン・プロッコ(『グッド・フェローズ』など)の
立場を考えられる知恵があったため、
母の再婚相手から、特にひどい虐待を受けていました。
兄は弟を守ろうと奮闘しますが、子供の力では限界があります。
それでも2人は、宝物である真っ赤なラジオ・フライヤーで、
ゴルフ場に池ポチャしたボールを拾い集めて小遣いを稼いだり、
悪魔払いのために妙な薬を台所でつくってみたり、
決して絶望せず、現状を打破することを考えていました。

Radio Flyerと白抜きのロゴが入った台車は、
日本でも、大きなおもちゃ屋さんや輸入雑貨のお店で
容易に手に入りますし、
我が家にも小さ目のが1つあります。
あれが1つ、それも、できたら小さな子供が乗って遊べるような
サイズのものがあるだけで、
いかにもアメリカ映画らしい演出がなされますね。
この映画では、ジョゼフが虐待地獄から抜け出すための
重要なポイントになる、
いわばもう1人の主役となっていました。

虐待のシーンなどは、見ていて辛いものがありますが、
まるっきり絶望的な話ではなく、
良質のファンタジーに仕上がっていました。
あの2人の名子役が本物の「役者」だったからこそ
成り立った作品だと思います。
子役を使う映画をあざといと毛嫌いする方にこそ
お試しいただきたい、そんな作品だと思います。

ただ、イライジャー・ウッドが成人してからの役を、
トム・ハンクスが演じていたのは、いかにも無理がありました。
『サイモン・バーチ』で、ジョゼフ・マッゼロウの成人後を、
ジム・キャリーが演じていたのといい勝負です。
どちらもカメオに近いような、ごく短い出演だったので、
まあサービスショットというノリもありましたが。

そこいくと、話は少々逸れますが、
『マイ・フレンド・フォーエバー』で
ベッド・ミドラーの少女時代を演じていた
メイム・ビアリックはそっくりでした。
(少し古いけれど、シットコム『ブロッサム』の主演でおなじみ)
また、近作では、
『僕たちのアナ・バナナ』での、
ベン・スティラー、エドワード・ノートン、ジェナ・エルフマンの、
それぞれの子役が余りにも似ていたので、びっくりしました。
そういう細部で手を抜いていない映画は、
それだけで評価したい気さえします。
(実際私は、どちらの映画も大好きです)

以上、『ラジオ・フライヤー』と、
子役から大人役者への梯子についての一考察……でした。
本当は児童虐待についてもっと書こうかとも思ったのですが、
余りにも辛い話題になってしまい、
また軽々しく書けるような内容でないので、
思い切り横道に逸れてしまい、申し訳ございません。


2001年06月08日(金) ライフ・イズ・スウィート

ライフ・イズ・スウィート Life is Sweet
1992年イギリス マイク・リー監督


皆さん、98年のイタリア映画
『ライフ・イズ・ビューティフル』ってごらんになりましたか?
今年の初めには、日曜洋画劇場の枠でも放映されましたね。
これをごらんになって、タイトルの皮肉さを
けげんに思った方もいらっしゃるでしょう。
映画公開時のパンフレットによると、ロベルト・ベニーニが、
革命家トロツキーに追っ手がかかり、すわ処刑!という局面でも、
「それでも人生は美しい」という言葉を残したことに感銘を受け、
タイトルとして採用(原題はイタリア語)したそうで、
そんなわけで、単なる皮肉ではなかったようですが、
今日御紹介する映画のタイトルは、
全くの皮肉としかいいようのないものでした。

失業中で、フィッシュ&チップスの移動店舗を
出すことを考えている父、
子供服の店を切り盛りし、家のこともぶつぶつ文句を言いながら
こなしている母、
余り仲のよくない姉妹ナットとニコラという
4人家族が中心になっています。
ナットはレズビアンで、ニコラは摂食障害で、
母はどちらの娘にも不満たらたらでした。

いわゆる美男美女は誰1人として出てきませんし、
大事件も起こらないし、
一応、ある映画紹介文では、
「母ウェンディが、家庭を盛り立てようと健気に奮闘」
していることになっていますが、
私は彼女に少しも共感できませんでした。
元気がいいのはいいけれど、自分の物差しで計れない
娘たちを、あえて「言葉を選んで」傷つけているようにしか
見えなかったからです。
でも、そういう母親ってよくいますよね。
別に鬼母というわけでもないし、
確かに腹立たしいところもある娘たちではあるし。

かなり以前ですが、あるラジオドラマを聞きました。
いわゆるレンタル家族が題材になっていて、
若夫婦がおしゃま盛りの娘を連れ、
老夫婦のもとを訪れるのですが、
どうやら、「久々に息子夫婦が孫を連れてきた」という
疑似体験を期待してのオファーだったようです。
そして、うそ寒くなるような和気あいあいを演じるのですが、
娘役の子供が演技過剰のスタンドプレーに走ったりで、
めちゃくちゃにされてしまい、
そこに、「本物の」息子夫婦が子供を連れてあらわれる、
という展開でした。
本物の息子は、父親と差し向かいで酒を飲んでも会話が弾まず、
「どうしてた?」「別に…」ってなもので、
それでも別に険悪というわけでもなく、
聞いているこちらとしても、
本当の親子ってこんなものだよなあと思うのみでした。

映画におけるリアリティってのは、実に難しいものです。
私は、現実にはあり得ないようなファンタジーや、
ハラハラドキドキの冒険活劇といった映画が得意ではなく、
市井劇のようなものに惹かれる傾向があるのですが、
それも程度問題で、
さすがに、何が言いたいのかわからない、
訴求力がないというか、ひたすらべたっとうっとうしいだけの
生活ドラマはちょっと……です。
この、タイトルとは裏腹の内容の映画は、
名匠(かなあ)マイク・リーの手腕を持っても、
最後まで「う~ん」と首をねひってしまうような作品でありながら、
結局「何が言いたかったんだろう」と考えてしまうことで、
3年経っても気になって仕方がない作品となってしまいました。

そういう作品ですから、映画にひたすら夢を求めるタイプの方には
絶対にお勧めできないのですが、
自分の中では、「これよりひどいのは見たくない」という、
1つの最低基準として残っていることで、
ある意味価値があります。
冷静に考えたら、同監督の作品でも、
未見の『キャリアガールズ』はともかく、
『秘密と嘘』はあんまり乗れなかった私ですから、
無理からぬことではあったかもしれません。
といって、監督の名前だけで映画を見ると、
痛い目を見たり、食わず嫌いで見ないままだったりという欠点も、
今までの経験から少しはわかっているつもりなのですが。

ブルーといえば、映画の中でナットがニコラに
「このシャツどう?」と、シンプルなブルーのシャツを
見せるシーンがありましたが、
ニコラの答えは、
「ティータオルみたい」でした。
(字幕では「手拭い」になっていたのですが)
以前、通販でアイリッシュリネンのティータオルを集めるのに
凝っていたのですが、
あんなシンプルなのは、ついぞ1枚も来なかったです。
で、これを見た当時の日記には、
「あんなティータオルなら欲しい」と書いていました。
きっと、よっぽど書くことがなかったんでしょうね。


2001年06月04日(月) ミクロコスモス

今日6月4日は、語呂合わせで「虫の日」だそうです。
日本昆虫クラブが呼びかける「虫の日」と、
福島県・常葉町にあるカブトムシ自然王国が提唱する
「ムシの日」とあるそうですが、
別に2つの主張がぶつかっているわけではないでしょう……ね。
そこで、虫映画の決定版を。

ミクロコスモス Microcosmos
1996年フランス クロード・ニュリザニー/
マリー・プレンヌー監督・脚本・製作


ドキュメンタリーですが、
例えばヤコペッティ『世界残酷物語』で問題になったような、
やらせ演出は皆無と思われます。
何せ相手は「虫」たちですからね。

虫好きの我が長女によれば、
人間が好き勝手なナレーションでなぞっているだけで、
何か人間には意味がわからない「行為」をしているだけかも、
というようなシーンもあるのですが、
「朝の出勤前の人間と同じように、
身だしなみを整えるようなしぐさを見せる虫たち」の映像から、
心惹かれるシーンの連続ではあります。
虫が余りお好きでないという方にもぜひ見てほしい1本です。

日本語吹替版のナレーションを担当しているのは、
俳優の西村雅彦さんですが、
彼の話し方がちょっと……という方には、
オリジナルの字幕の方をお勧めします。
が、ジャケットに書かれている「壮絶滑稽むしむしバージョン」
という文句が与えるような軽薄な印象は余り受けません。
なかなか健闘なさっていると思います。

ビデオショップでは、子供向きのアニメに混じって
置かれている可能性も高いと思います(実写版ですが)。
泣く子も黙る「文部省特選(選定、ではなく)」映画です。
食物連鎖・生態系バランスにおける虫の位置づけを考えれば、
虫を扱った映画というだけで文部省(文科省)が反応したとしか
思えないのが悔しいところですが、
「ちょっと風変わりな俳優たちの計算のない演技」
を見ると思った方が楽しめると思います。

実は我が家には、このビデオ(吹替版)があるのですが、
虫好きの長女のために探したというわけではなくて、
偶然手に入ったものでした。
というのも、全国的フランチャイズでない古書と中古ビデオの
ショップを覗いたら、見事に「成人向け」ばかりで、
これは我々のいる場所じゃないと思い、
さっさと出ようとしたときに、
本当に店の片隅で見つけた1本だったので。
980円という安さもあり、即決で買いました。
レンタルショップの払い下げというところでしょう。
厳密にいえば違法なのだと思いますが、
そういった事情とは関係なく、いつでも楽しく見ています。

感動というよりも、
新鮮な驚きを得られる映画を心が求めるときのため、
ぜひ頭の片隅に置いておいていただきたい好編です。

ところで、文中私は意識的に「昆虫」という言葉を
使いませんでした。
というのも、この映画に登場するのは、
昆虫の定義に該当するムシばかりでなく、
クモ、毛虫・芋虫のたぐいからカタツムリまで、
なかなかバラエティに富んでいたからです。
30種類弱の愛すべきキャラクターに御注目ください。


ユリノキマリ |MAILHomePage