蒼粒子

2004年04月08日(木) 岡田以蔵は何故男前なのか

以前別なところで、年末時代劇の『竜馬がゆく』が思いのほか良かったという話を書いたのですが、市川染五郎の竜馬はさておき、高杉瑞穂の以蔵が哀しくて哀しくて、すごく良かったのです。思い返してみるに、『竜馬におまかせ!』では反町隆史が(コメディーだったとはいえ、近藤役の阿南健治とか高杉役の寺脇康文とか清河役の西村雅彦とかかなりはまってる人が多かった)、上川隆也主演の『竜馬がゆく』では長瀬智也が以蔵役でした。そんなわけで私の頭の中では何となく以蔵は陰のある男前なイメージがあったのですが、歴史関係の本を読んでみると結構な書かれよう。司馬遼先生の『竜馬がゆく』ではわりと好意的な描かれ方をしていますが、おなじ司馬遼先生でも『人斬り以蔵』ではそうでもないというか……。何が言いたいのかというと、「以蔵はどうして映像化されると男前なの?」という素朴な疑問。ただそれだけ。まあ沖田総司にも同じようなことは言えるかと思うのですが、彼の場合は結核=早世=美人という、明治期に広まったらしい美人薄命なイメージが先行してしまったゆえ、かつ司馬遼先生が『燃えよ剣』のなかで沖田が美人であると設定したからなどいろいろ理由が考えられますよね。しかし以蔵の場合は……なんでなんだろう?
しかし司馬遼先生の影響力は絶大だなあと思う今日この頃。『燃えよ剣』のすごい所って、土方歳三のかっこよさもさることながら、沖田総司のキャラクターの可愛さにもありますよね。それを継承してくれてるのが三谷さんだと私は思うのです。


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里村朋佳

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