観能雑感

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観能雑感
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2004年02月15日(日)

第44回　式能

第44回　式能　国立能楽堂　AM10：00～

能楽協会主催。昔ながらの五番立ての会はこれくらいだろうか。興味はあったが今回が初めて。一部と二部に別れており、両方観ることにする。
仕事上必要があってさらにキーﾎﾞｰﾄﾞとマウスの使用頻度が上昇、首から背中にかけて尋常でない張りがあり、そのせいか頭痛がする。睡眠も十分でないがそんなことは気にしておれず、とにかく出かける。2月の観能予定はこれだけなのだ。他に観たい会もあったが体調のこともあり諦めた。
見所はほぼ満席。中正面3列正面席寄りに着席。ちょうど小鼓方が隠れる位置。

第1部
『翁』　（宝生流）
シテ　三川　泉
千歳　亀井　雄二
面箱　野村　太一郎
三番叟　野村　万之丞

能　『高砂』（宝生流）
シテ　三川　淳雄
シテツレ　辰巳　満次郎
ワキ　宝生　閑
ワキツレ　殿田　謙吉、大日方　寛
アイ　野村　万禄
笛　藤田　次郎（噌）　小鼓　大倉　源次郎、古賀　裕己、荒木　健作（大）　大鼓　亀井　実（葛）　太鼓　三島　卓（春）
地頭　髙橋　章

三川師の翁とあらば見逃すわけにはいかない。
面箱の太一郎君は初役か。青竹色の直垂が若々しい。三川師、正先での礼、心が痛くなるようなお辞儀であった。直って片膝をついたとき、身の内に神を宿したように見えた。しみじみとした謡が場内を包み、「天下泰平」の詞が重みと優しさを伴って空気に溶ける。静かに舞台を一巡する姿は沈思黙考する神を連想させ、及ばずながら今も戦乱の耐えない地の平和を祈った。面箱のところに戻る際方向の見誤ったか大分手前にずれたが瑕にはならず。良い翁だった。
静かなる神が去った後は陽性の三番叟の登場。万之丞師は言われてみれば若干すっきりしたような気もするが大差なく映る。もともと身体技能に優れた人ではないがだからこそだろうか、素朴かつ力強さがあり、土の臭いがした。民俗学的考証ならばこの方のこと、著作1冊分くらいの薀蓄はあるのだろうが、そういう観念的な理解を離れて大地と人との結びつきを意識させた舞台であった。予想外の良い三番叟であった。
頭取の調子を合わせる声、今回もはっきり聞こえた。見所の耳には届かない方がいいような気がする。

続く『高砂』、珍しく閑師が2ヶ所程間違えたようだが大過なし。前シテ、ツレの同吟もなかなかで、大柄なせいか後見座や地謡座で座り直しが目立つ辰巳師だが、下居姿は思ったよりきれいだった。シテの淳雄師、叔父上に似た声で、威厳のある尉振り。ワキとの問答も情趣が漂い型所の箒で砂をかくところや風を袖に受けるところも印象的であった。
アイは相変らず大げさで力むばかり。耳を傾けようという気にならない。
後シテ、橋掛りの終わりあたりで「宮つ子たち」と囃子方を見込む際、威厳に満ち神気が漂った。続く神舞、緩急という点ではそれほどでなく、物足りなく感じる向きもあっただろうが、若い男神の高貴さと清々しさに溢れ、宝生流の良さが出た舞であった。囃子方も健闘。爽やかな一番だった。

狂言　『末広かり』（和泉流）
シテ　野村　萬
アド　野村　扇丞、野村　祐丞

扇丞師、現代人が太郎冠者という役を演じているという違和感から終始脱せず。萬師、カマエにますます力がなくなった感あり。しかし声の良さは相変らずで終曲部の片足で跳ぶところも若干息切れはしていたが難なくこなしていた。

能　『経正』（金剛流）
シテ　宇高　通成
ワキ　福王　茂十郎
笛　内潟　慶三（森）　観世　豊純（観）　大鼓　山本　孝（大）
地頭　松野　恭憲

平家物語「経正都落」の後日譚。守覚法親王は経正戦死の報に生前親交のあった行慶僧都に管弦講にて回向するよう命ずる。かつての愛器「青山」の音に導かれるように経正の霊が現れるが、声はすれどもその姿は朧のまま。宴の楽しさも束の間、修羅の苦しみに襲われた経正はその姿を見られるのを恥じ、灯火とともに消える。今回初見。
「経正都落」は平家物語の中で最も好むところでここだけは何度も読んでしまった。恥ずかしながら原文で全章を完読してはおらず、いつか果たしたいとは思っている。
茂十郎師、やはり役の雰囲気が出ず、知己を弔うという感じがしない。シテの謡も情趣を喚起するだけの力にかけ、その後は半覚醒状態のまま曲が進んでいった。
本曲、初シテの曲にもよく選ばれる小品であるが、作品世界を余すことなく表現するのは困難であると思われる。経正は武人であるというよりは楽の才に秀でた貴公子であり、成仏を願ってではなくかつての生活に対する懐かしさでこの世に現れる。優しく美しく、そして無力な青年像、描き切れる人は誰だろうか。
大鼓の山本師、東京では大蔵流の良い演奏者がいないため新鮮だった。
ワキの後見として和幸師が登場。やはりデカイ。

狂言　『雁礫』（大蔵流）
シテ　大藏　吉次郎
アド　善竹　十郎、大藏　彌太郎

大名が弓矢で雁に狙いをつけるが手間取っている内に通りすがりの者が石を投げて仕留めてしまう。自分が狙いを付けたから雁が死んだのだと所有権を主張する大名。仲裁人が再び射て、見事矢が当ったら獲物は大名の物だと提案。しかし大名は今度も外し、名実ともに雁は通りすがりの者の手に渡る。
脇座あたりに烏帽子を置き、それを雁に見たてる。ちっとも狙いの定まらない大名とは対照的に十郎師扮する通りすがりの者は急ぎの使いに行くところだと登場後、雁を見つけて石を投げ仕留め、手に持って去ろうとするまでわずか30秒程。あっという間の出来事で大名の間抜けさが際立つ。仲裁人の提案に「そんな事をしたら当るに決っている」と憤慨する男、しかし仲裁人は落着いて「あの大名に当てられるわけがない」と応える。頭から理を押し通すのではなく、理不尽な要求を付きつけてくる相手の顏を立てつつ最終的に望む結果を導き出すところに弱者の知恵を見た。結局大名は矢を飛ばすことさえ出来ず、雁は二人のものとなる。スピーディーな展開で飽きさせず、楽しめた。

第二部　PM3：00～
能　『鶴』（喜多流）
シテ　塩津　哲生
シテツレ　狩野　了一
笛　藤田　大五郎（噌）　幸　正悟（幸）　大鼓　柿原　崇志（高）　太鼓　金春　惣右衛門（春）
地頭　香川　靖嗣

45分の休憩を挟んで開始。通し券を持っている人も第一部終了後一旦外に出てくれと言われていたので入り口で待つが第一部のお客様が退場するまでお待ち下さいと待たされる。これでは通し券を持っている意味がないので係りの人に訊いてみると通しで観る人はそのまま中にいる方もいらっしゃいますのでどうぞと入れてくれた。このことについてなんのアナウンスもなく、会場側の仕切りの悪さを感じる。

本曲は土岐善麿と喜多実両名による新作能。喜多流では定番入りしている。以前購入した国立能楽堂の公演パンフレットに詞章が載っていたのは幸運であった。作中「鶴ﾉ舞」という特殊な舞が舞われるが、作曲者は藤田大五郎師。初演を勤めた囃子方のうち健在の2名（もう一人は惣右衛門師）が登場。
詞章を読んだがとくにこれといった感興もなく、鶴の精が登場する必然性もない。実際の舞台も能というよりは舞踏であった。
本来ならワキであろう役をシテツレ扱いとし、シテはツレの謡を追いかける形で登場。白の縫箔に紅の水衣肩上げ。面は増か。問答の際シテは鬘桶に腰掛けるが、高貴の人ではない所の女なので下居の方が自然だと思った。正体を明かした後物着。天冠に赤いリボンをつけ、白の舞衣を袖を絞らず着用。鬘は装束の外に出ていた。両腕を上げ片足で立つ型が特徴の鶴ノ舞を舞う。縫箔の模様とリボンを除いて全身白いせいか、美しいと言うよりは幽鬼めいて見えた。失われた風景に対する現代人の負い目がそうさせるのか。
舞の最中は後見についたご子息の次郎師が唱歌を付けており、作曲者と言えども演奏する機会が相対的に少なく、またご高齢のため致し方ない処置かと思うが、一抹の寂しさは禁じえず。音色は相変らず冴えて美しかった。
地謡はやはりという感じで初同がばらつく。全体的に不揃いであった。
一度観れば十分で、何度も観たい曲ではない。

狂言　『佐渡狐』（和泉流）
シテ　三宅　右近
アド　高澤　祐介、河路　雅義

シテとアドの肩衣の色の対比が美しかった。それぞれ花浅葱と臙脂色。動きのくっきりした右近師と奏者の河路師の飄々とした風情が対照的でよい雰囲気。高澤師も真面目一徹な越後のお百姓振りで好演。

能　『通小町』雨夜之伝　（観世流）
シテ　武田　宗和
シテツレ　関根　祥人
ワキ　村瀬　純
笛　藤田　六郎兵衛（藤）　小鼓　鵜澤　速雄（大）　大鼓　亀井　忠雄（葛）
地頭　関根　祥六

パンフレットの解説によるとこの小書が付くとツレは姥出立となる場合があり、中入して小町の出立に変わるとのこと。シテのイロエの型も変わる。
ツレは解説通り無紅唐織に面は深井。無紅とは言えども花模様には明るい色も入っていて小町のかつての栄華を暗示する。詞章にも姥と出てくるし、正体を明かした後との対比が生じて効果的だと思う。やや謡が重いとも感じられたが鬱屈を内包した女の風情があった。
中入後、紅入唐織に小面のツレを先頭にシテ登場。幕内からの遣り取りがしばらく続く。シテの登場、被衣はなし。面は痩男か。ヨレ狩衣を肩上げし着用。窶れ果てた貴公子の様子。常座でツレにすがり、つれなく振りほどかれ、伸ばした両手の指先に哀しみと無念さが漂う。これらの僅かな所作に二人の関係が集約されていた。残念ながらこれらから先睡魔に襲われ意識が朧に。地謡、囃子、シテ、ツレとも充実していただけに無念。
六郎兵衛師は珍しく後見を伴わず。竹市師は同日名古屋の舞台に出勤していた模様。

狂言　『呼声』（大蔵流）
シテ　山本　東次郎
アド　山本則直、山本　則俊

主に無断で遊びに出かけ、その後出仕を怠っている太郎冠者のもとへ主と次郎冠者が訪ねて行き、当時流行したいろいろな節で太郎冠者を呼び出す。太郎冠者も節に乗せて居留守を使う。各々が夢中になって全員で踊り出す。
音楽的な要素が強く、山本家の良さを堪能できる曲。かつて則直師のシテ、アド則俊師、則秀師で観る機会があったが、休憩時間が10分と妙に短い会で、途中から観るはめになってしまったが（その時どうしてもトイレに立ちたかった）、とても面白かったことを覚えている。
シテの東次郎師に主の則直師、次郎冠者の則俊師のそれぞれ色調の異なった声が場内に満ち、それぞれの節が心地よく響く。シテは居留守を上手く使えたと言うより、上手に節が唄えた事に対する喜びの方が大きいようで、満足気な笑顔が可笑しくも微笑ましい。皆で輪になって回りながら踊り出すところなど音楽的な楽しさと見た目の面白さが一緒になって最高だった。楽しい時間だった。

能　『融』笏ノ舞　（金春流）
シテ　金春　安明
ワキ　高安　勝久
アイ　遠藤　博義
笛　寺井　久八郎（森）　亀井　俊一（幸）　安福　健雄（高）　小寺　佐七（観）
この小書が付くと後シテは扇の変わりに笏を持つ場合があり、早舞は急ノ舞に替わる。
金春流を観るのは久し振り。避けているわけではないが優先順位が高いとも言えず。しかし安明師のシテは過去に2度観た事がある。
小書にはなかったがワキは観世、喜多流で言うところの「思立ノ出」で登場。この後次第が謡われた。高安師は初見。東京では観る機会がほとんどない。下掛宝生を観なれていると謡の表現力に欠け、ワキ方にとって重要なシテが登場する前の場の形成力に欠けていると映る。この方、今は高安流の宗家だけれど、かつてはサラリーマンと兼業だったとか。
さて、シテの登場である。実は私は安明師のうねるような、まとわりつくような謡とスケートを連想させる橋掛りでのハコビが苦手である。今回もやはりそう感じた。謡そのものに緩急がなく、情景が一向に立ち上がってこない。ワキとの同吟もワキ方の戸惑いが見えてしまい表現として成立せず。本曲の前場はワキとシテのやり取りが重要なだけに、この状態では曲の世界が立ちあがらず見所側として辛い。
後シテは巻纓の初冠、狩衣は襟元をくつろげて着用。指貫。面は中将。文官のはずの融がなぜ巻纓なのか。襟元も広がっていて貴公子である面を強調しているはずの小書との不釣合い感が否めず。笏ではなく扇を持っていた。橋掛りで曲水の宴を再現したところは見応えがあった。
番組を見たときからせっかくの小書にこの笛方ではと残念だったのだが、舞は位やノリという以前に吹くのが精一杯という態で、やはり予想通りの演奏。
地謡は地頭中心に若手が健闘し聴き応えあり。地謡座での扇の扱いが謡い出す前に一度膝に取って草の構えをせず、いきなり行の構えをしていた。付祝言では真の構えをしており、流儀が異なると随分違うものだと今更ながらにして思う。最もこのあたり、稽古をしておらずあくまでも観察のみの感想なので誤っているところもあるかもしれない。
なんとなく未消化なまま終曲。

全て終了したのは夜の7時。いつも観るよりも実際に演じられる方々の方が大変だと思っているけれど、今回に限って言えば通しで観た観客の方が大変だったような気がする。二番目、三番目が小品だったため比較的早く終了したが、そうでなければもっと遅くの終演だったであろう。疲れたが、充実した時間だった。

こぎつね丸