A Will
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2006年05月21日(日) |
理解範囲なんてあったんですか。 |
疑問文にしようと思ったのに、語尾はあっさり下がった。 別に何を演出したかったわけでもないけれど、 そちらのほうが、余程感覚的には疑問文であった、とか思いつく。
まったく。どうでもいいことではあるけれど。
電話越しの彼は笑顔だ。きっと。 相変わらずの優しさを湛えて、堪えきれないくらいの悪意で以って。
憎まれているのでしょうか?
何故か敬語で聞いて、しばらく待ったけれど返答はなかった。
憎まれていない、はずがない。 あぁ、ごめんごめん。ちゃんと考えてモノしゃべるよ。
「どうせ、なんて言葉は嫌いだけどね。それでも、どうせお前には理解しきれないよ」
柔らかな声が、耳元で響いて、直感的に機嫌が悪いなぁと思った。 理解範囲外、なんだって。
なにそれ。
大丈夫だよ。 わたしは、今もこれからだって、きっと思う存分、1人で泣くもん。
ご心配には及びません。
だから、君はいつだって傍観者でいてくれて結構よ。
「雨、落ちてきた!」 と窓の外を指差したら、こーちゃんは笑った。
「なに?」 首を傾げたら、なんでもないってまた笑った。
「うそ。なぁに?ねぇなぁに?」 何度も聞いたら教えてくれるのを、知っているから何度も聞いた。 こーちゃんは、一人でこっそり笑ったあと、小さい声で言った。
「雨は、落ちるじゃなくて降るって言うでしょ」
あぁ、そんなこと。と頷いたら、 そんなことだよ。と、また一人で笑った。
あの日以来。 わたしは、雨が落ちる、とは誰にも言ってない。
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こーちゃんが、うなされてたから、とりあえず起こしてみたら、 ぬっと伸びた手に髪の毛を掴まれた。
「痛い」 「・・・ぇ・・?」 「え、じゃなくて。痛いから早く放してくれる」
溺れる夢を見た、とこーちゃんは言った。 こーちゃんの指には、わたしの髪の毛が何本か絡まってた。
理由はない。 ただ、なんとなくホッとした。
こーちゃんが起きてくれて良かった、と心から思った。
寒い寒い冬の夜。 暖かいこーちゃんの両足は、それだけで宝物だった。
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長ったらしい数式の書いてある本を、こーちゃんは読んでた。 「楽しい?」って聞いたら「九九やってるときよりは」と、 楽しいんだか楽しくないんだか、解んない答え。
いんいちがいち。いんにがに。いんさんがさん。
隣で騒いだら、こーちゃんは本を閉じた。
溜息。眉が数ミリ上がる(呆れてるサイン)また溜息。
「にゃこちゃん」 とこーちゃんしか呼ばない呼び名で(ていうか原形留めてないよ。全然) ちょっとだけ怒られた。
沈黙の中で、こーちゃんはひたすら本を読んでた。 ものすごく難しい顔して。
こーちゃんですら難しい本ってどんなだろうと、わたしもつられて難しい顔になった。
この5分くらいあと。 こーちゃんから「ごめん。まだ怒ってるの?」と聞かれて爆笑した。
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起きたら、こーちゃんがいた。
なんとなく、赤ん坊の気持ちが解った。
「起きてこーちゃんがいると、うれしい」 「そら良かった」
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溢れかえるほど、こーちゃんの記憶は嫌味なく優しい。
あんなに傷つけて、傷つけられて、 それでも、多分、わたしのほうが多く傷つけたはずだったのに。
ありがとう。 何食わぬ顔で生きていけるわ。
子供が泣くのは知ってるからだよ。
唇を尖らせて、あの人は言った。 何を?とわたしは聞いたような気がする。
何を知ってるの?
庇護者が自分のそばにいること。
泣くのをバカバカしいと思ってた。 泣いたって変わらない現実と、 泣くことでしか表現できなかった自分自身と、
どうしようもなくバカバカしくて、だから泣きたくなんてなかった。
家族の死を神様に願いながら眠りについたことのあるわたしを、 現実に殺すために包丁を握ったことのあるわたしを、
あの人は、軽蔑に値すると、笑って言った。
『俺が欲しいって思ってるものを、壊したいって思うお前ってすげー』
分かり合えることはない、と言われる。 分かり合えちゃダメだ、とも。
愛せない、とわたしは泣いたんだと思う。 どうしても愛せないと思って、どうしてもいなくなってほしくて、
それがどうしても悲しかった。
どうしようもなかった。
愛せないことは、悪いことじゃないよ。
紛れもない優しさが声になって響いて、 ただ、安心をした。
分かり合えることはなくても。 同じ気持ちの子供がここにもう一人いた。
嬉しかった。
愛せなくても大切にはできるでしょ。
あの人の弟が、同じようなこと言って笑ったの。 まったく兄弟ね。似てるのね。
掬い上げられる感覚。
最近はまた泣いてない。けれど。 もう殺したいなんて思ってない。
痛みも、何もかも。
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