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2009年08月31日(月)
「ゆとり教育世代」への質問、「あなたは30年後、どういう夢を抱いてますか?」

『新・資本論』(堀江貴文著・宝島新書)より。

【堀江貴文:僕、最近、もうひとつ大きな視点で見ていて、ゆとり教育っていうものの弊害が本当に出始めてるっていうのがあるんです。知り合いの新卒を採用してる会社では結構な問題になっているんですけど、今年から大学の新卒はゆとり教育世代が10年間続く、と。
 で、実際に採用活動をやってみると、一人も採れてない。なんで採れないかって質問したんですよ。そうしたら、最終面接みたいなところで、「あなたは30年後、どういう夢を抱いてますか?」みたいなことを訊ねると、「笑顔」って答えてくるらしいんですよ。

インタビュアー:本気で笑顔って言ってるんですかね? 答えに窮してとかじゃなくて?

堀江:だから、「笑顔って何?」って聞くと、「いや、なんか、家族とか周りの人たちがみんな笑顔でいられるようになりたい」って言う。

インタビュアー:ああ、本気なんですね。ただ、まあ、いま風ではありますよね。気持ちはわかる、っていうか。

堀江:いや、でも、それをこの間、別の人たちに話したら、ちょうど橋本龍太郎さんが首相のころで、みんなが笑顔になれる社会をつくりたいとか何とかって、ゆとり教育をやったってのがあったらしくて、やっぱり笑顔っていうのがキーワードらしいんですよね。笑顔、助け合い、みたいなのが。

インタビュアー:崩壊した共同体の再生、みたいな感じなんですかね。

堀江:わかんないですけど、だから、もう競争を否定みたいな。駆けっこでも一着、二着とかない。
 で、とにかく、ゆとり教育になっていて、これから10年間ゆとり教育世代が続くっていうのは、すごく企業にとっては大変なことなんですよ。
 しかも、人口はどんどん減ってますから、簡単に入れるようになるし、大卒だといっても高卒と変わらないんじゃないかみたいな、そういう時代になっちゃってる。

インタビュアー:そもそも競争率が下がってるところへ、さらに競争そのものをしなくて済む、と。

堀江:実は、もう既に四年前にそれが高卒の世界で起きていて、その人たちが派遣に回ってるらしい。だから派遣切りで現状のこんな感じになっている、という人もいます。つまり、ちゃんと就職をしないでフリーターとか派遣でやっていて、その人たちが大量に切られてるっていうのが現状だというわけです。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕自身の周囲の人たちをみている限りでは、「ゆとり教育世代」っていうのが、そんなに今までとは違うとも思えないのですが……

 それでも、こういう「30年後の夢は『笑顔』」という人が増えてきているような気はします。そして、彼らの多くは、ただ「笑顔」というイメージを持っているだけで、「そのためには、具体的に何をすればいいのか」ということに悩むことはなさそうなんですよね。
 実際の生活においては、やっぱり、お金がなかったり、仕事にうまく適応していけなかったりすると、ずっと「笑顔」でいることはとても難しい。
 「やる気はないけど、とりあえず笑顔でいる」っていうのも、いちいち過剰に落ち込んだりされるよりはマシではありますが、「真面目にやれよ!」と言いたくなるときもありますし。

 僕は「ゆとり世代」ではありませんが、基本的に「笑顔」とか「助け合い」という気持ちは素晴らしいものだと考えています。1970年代はじめの生まれで、「競争社会」を意識させられてきただけに、「競争ばかりしても、頂点が目指せるのごく一握りだけで、打ちのめされることばかり」だと実感してきました。
 堀江さんのような「使う立場」からすれば、「ゆとり世代は競争心がなくて使えない」という話になるのかもしれませんが、その人自身の人生にとっては、どちらが幸せなのかは難しいのではないかなあ。

 最近の世相をみていると、「ゆとり世代」って、ある意味、「30年後の未来に、自分が『笑顔』でいることくらいの夢しか持てない、絶望の世代」なのかな、という気もするんですよ、悲しいことなのですが。



2009年08月27日(木)
河合隼雄・文化庁長官の「本当の祝辞」

『「空気」と「世間」』(鴻上尚史著・講談社現代新書)より。

【入学式、卒業式、終業式、入社式、いろんな儀式で、その中身、つまりは、校長先生や社長のスピーチに感動し、今もずっと覚えている人は日本中に何人いるでしょうか。たいてい、そのスピーチは、当たり障りのないことを言います。もしくは、お葬式のお経や御祓いの言葉のように、一般人には意味不明の言葉が続きます。
 そういう儀式のスピーチや御祓いの言葉に感動した、なんていう人にはめったに会いません。中身は問題ではないからです。その儀式を行い、みんなが参加することが目的だからです。
 何年も前ですが、「日本劇団協議会10周年記念総会」というのがありました。日本の主だった劇団が参加している組織なのですが、そこに、当時、文化庁長官だった心理学者の河合隼雄さんが政府を代表して祝辞の挨拶に立ちました。僕は、参加している劇団の代表者の一人として、そのスピーチを聞く側でした。
 河合さんは懐から折り畳まれた書き付けを出して読み始めました。
「本日、この良き日に、『日本劇団協議会』が10周年を迎えるにあたり、一言、お祝いの言葉を申し上げます」
 と、極めて型通りの言葉でした。
 出席者全員が、長く退屈なスピーチを予想してうんざりした瞬間、河合さんは、書き付けをテーブルの上に置いて、
「と、いうような文章を文化庁の事務方が書いてくれたんですけど、僕は、本当に演劇が大好きなんですよ」と、話し始めました。
 会場はどよめきました。公の式典で、そんな話し方を初めて聞いたからです。それは、本当に私たちに向かって話しかけていると感じた瞬間でした。それから、河合さんは、10分ほど、自分がどれだけ演劇が好きで、どんな作品を見てきて、どんなに演劇に勇気づけられたかを語りました。
 そして、最後に、「それでは、せっかく、事務方が書いてくれた文書なので、最後の部分を読んで終わります。『末尾ながら、日本劇団協議会のますますの発展をお祈りし、10周年のお祝いの言葉とさせていただきます』」
 そして河合さんはスタスタと演壇を去りました。
 その瞬間、会場から割れんばかりの拍手と歓声、口笛が起こりました。自分の言葉で話すとはこういうことだ、本当の祝辞とはこういうものだ、文化庁長官だって紋切り型にしなくていいんだ、日本人だって形だけの言葉に退屈しているんだ、そんな感動と称賛に溢れた拍手と歓声、口笛でした。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕はいままで40年近く生きてきて、たぶん1000回くらい、あるいはもっとたくさんのスピーチを聞いてきました。
 なかには、聞き終えたときに「これはいい話だったなあ」と感動したこともあったはずなのですが、「じゃあ、その内容を教えてよ」と言われると、なかなか思い出せないものみたいです。
 そもそも、地位が高くて、その現場に直接関係が無い人のスピーチというのは、紋切り型でつまらない場合がほとんどです。
 結婚披露宴では、花婿のお父さんが飲みすぎてフラフラになり、涙ぐみながら短い話をしている姿に、けっこう感動してしまうこともあるのですが。

 そんな僕でも、鴻上さんが紹介されている、この文化庁長官時代の河合隼雄さんのスピーチは、ぜひその場で聞いてみたかったなあ、と思います。
 もちろん、こういう「常識破り」のスピーチがいつでも、誰にでもできるというわけではなく、もともと高名な心理学者であり、「政治家として大臣の椅子に上り詰めた」わけではない河合さんだからこそ許されたのでしょうし(実際は、後で事務方にイヤミのひとつも言われたかもしれませんが)、
河合さんが本当に「演劇好き」で、「自分の言葉」で語れる分野のスピーチであったから、ではあるのでしょう。

 そして、僕はこんなことも考えます。
 もし河合さんが、同じスピーチを「いまの日本の偉い人の形式通りのスピーチに対する皮肉」を混じえずに、いきなり、「僕は、本当に演劇が大好きなんですよ」とはじめていたら、このスピーチは、こんなに鴻上さんの記憶に残っただろうか?
 その場合は、「ああ、よくできたスピーチ原稿だな」とみんなに思われただけでおしまいだったかもしれません。
 いまの日本の場合は、偉い人、とくに政治にかかわる人が「自分の言葉」で語るのは、ものすごく異常なことなんですよね。
 こういう「ちょっとしたパフォーマンス」を加えないと、それが「自分の言葉」であることすら信じてもらえない。
 地方の講演会でのちょっとした発言でも「失言」と認定されて、大々的に報道されることもありますし。

 たしかに、みんな「型通りのスピーチ」よりは、「その人にしか語れない話」を聞きたいはずです。
 そんなことはわかっているのだけれど、実際は、「もし失敗してしまったら……」という不安が先に立ってしまい、なかなか「自分の言葉」で語れない。
 政治家には「失言」のリスクがあるので難しいのでしょうが、僕のような一般人は、「型通りのスピーチ」を無難にやろうとする必要はないのだけれど、「自分の言葉」で人前で話すというのは、本当に大変なことなので、ついつい「型」に頼ってしまう。

 あのオバマ大統領のスピーチだって、アウトラインはスピーチ・ライターが書いているのですから、結局のところ「自分の言葉かどうか」よりも「それが面白い話かどうか?」「話している人が、『カッコいい』かどうか?」のほうが大事なんじゃないかな、という気もするんですけどね。



2009年08月23日(日)
「日本の新聞は首相の読み間違いばかりあげつらって、本当にレベルが低い」

『2011年新聞・テレビ消滅』(佐々木俊尚著・文春新書)より。

(「第1章 マスの時代は終わった」の一部です。著者の佐々木さんは、毎日新聞社勤務の経験もあるフリージャーナリストです)

【私は少し前、ある大学で開講されていたジャーナリズム講座に講師として参加したことがある。ある全国紙が資金を出していたその講座で、私はメディアのパワーがネット時代に入ってどんどん縮小し、新たなパワーシフトが起きていることを90分にわたって話した。この本でいま書いているような話を、思い切り圧縮して紹介したわけだ。聞いていた学生からは最後の質疑応答で「まったくそうだと思う」「このような時代にマスメディアはどう対処できるのでしょうか」などという声が上がり、おおむね理解は得られたようだった。
 だが講義の最後になって、それまで黙って聞いていた新聞社の幹部が突然立ち上がり、マイクをとって話し始めた。海外特派員経験が長いその中年の記者は「佐々木さんの話には突っ込みどころが山のようにあります。ここではすべてを言いませんが」と前置きし、こう言ったのだった。
「ネットの時代だろうがそんなことは関係なく、皆さんはどんなニュースを読むべきかというような情報取捨選択能力は持っていません。どの情報を読むべきかということを判断できないのです。だからわれわれが皆さんに、どの記事を読むべきかを教えてあげるんですよ。これこそが新聞の意味です」
 この記者の気持ちはわからないではないが、しかし新聞にそのような役割を求める人はいまや少数派に転落しようとしている。一次情報としてのコンテンツを提供してくれるという新聞社の意味はあるけれども、どの記事を読むかまでを新聞社に決められたくない、とネット時代に入って多くの人が考えるようになってきている。
 この流れは、インターネットが出現してメディアの業界がネットの中に呑み込まれていく中で、もう避けては通れない運命となりつつある。】

(以下は、同書の「第2章 新聞の敗戦」の一部です)

【おまけに前にも書いたように、新聞社の公式サイトから記事を読む人は少なくなっているから、「この調査結果は重要だからトップに」と新聞社側がサイトを編集しても、その通りの重み付けで読者が読んでくれるとは限らなくなってしまっている。
 その典型的な例が「麻生首相の漢字読み間違い」報道だ。ネットでは「日本の新聞は首相の読み間違いばかりあげつらって、本当にレベルが低い」とさんざんに批判されているが、新聞社は何も読み間違いばかりを報道しているわけではない。首相番や国会担当の記者は本来報じるべき国会での論戦の内容や政局のゆくえなどを長い記事で書いたうえで、
「まあ読み間違いも話題になってるから、いちおうは記事を送っておくか」
 と短い原稿を埋め草ふうに書いているだけなのだ。だから実際に新聞の紙面を見ると、麻生首相の読み間違い報道はそんなに大きな扱いにはなっていない。どちらかといえばベタ記事扱いだ。
 ところがネット上ではそうした新聞社側の編集権はいっさい無視されているから、新聞社がどの記事に力を入れて、どの記事をベタ扱いにしたのかはわからない。結果として本当はベタ扱いの「読み間違い」報道ばかりがやたらと目につき、「レベルの低い報道だ」と批判されてしまうことになってしまっている。
 こうした現象をもって「だからネットはダメだ」というのはたやすいが、しかしだからといってネットにプラットフォームを奪われてしまって大半の人が活字の新聞を読まなくなってしまっている現状は、いまさらひっくり返せない。だったらこの誤解をなんとかひっくり返すために新聞社はもっと努力すべきなのだが、業界人にそうした発想は乏しい。
 そもそも誰が書いても同じ、どこの新聞社が書いても同じ発表ものを大量に流しまくっているような現在のやり方を変えない限り、こうした誤解はなくならないのだ。】

〜〜〜〜〜〜

 新聞の凋落が続いているのは、誰のせいなのか?

 僕はこの最初のエピソードに出てくる「新聞社の幹部」の言葉に、かなり憤りを感じながら読みました。読者をバカにしやがって、お前らなんかに御指導いただかなくても、自分に必要なニュースくらいわかるよ。だいたい、太平洋戦争が終わったあと、「大新聞」とその関係者のほとんどは、今までの自分たちの「報道」をきちんと検証・謝罪することもなく、「民主主義」を賞賛する側に転向したくせに!
 たぶん、送り手のこんな「読者を舐めた態度」が伝わってくることも、読者の「新聞離れ」がすすんでいる元凶のひとつなのでしょうね。
 もちろん、新聞社の偉い人がみんなこんな人ではないと思いますし、逆にいえば、彼らはそれだけ「自分たちはみんなに読んでもらいたいニュースを『エリートとしての矜持』を持って選んでいるんだ」ということなのかもしれませんけど。

 ただ、この本後半の部分を読んでいると、僕も自信がなくなってきました。
 「自分が読むべきニュースもわからないバカ」よばわりされるのは悔しいけれど、ネットで話題になっている記事には、たしかに、下世話なゴシップ記事や「弱者叩き」が多いような気がします。
 「麻生総理の漢字読み間違い問題」について、当時、ネットではかなり話題になっていたのですが、僕もこのニュースに対しては、「マスコミもそんなくだらない話題ばっかり大々的に報道しないでも、もっと日本人の、あるいは世界中の人類の未来にとって有益な、『報道すべきこと』があるだろうに……と感じていたんですよね。

 でも、「『漢字間違い問題』を最初に報道したのはマスコミだったかもしれないけれど、その「小さな記事」をおもしろおかしく採り上げ、人気記事にしていったのは、マスコミの力だけではありません。
 「火のないところに、煙は立たぬ」と言いますが、火をつけたのがマスコミ側だとしても、その火を燃え上がらせるための燃料を投下していったのは、「新聞なんてつまらない、くだらない」と言いながら、ずっとネットでネタを探している人たちです。
 誰も「反応」しなければ、あの「漢字間違い問題」は、好事家たちが新聞の片隅で(あるいは、新聞社のサイトで偶然に)見つけて、ニヤニヤしてそれでおしまい、だったのかもしれません。

 新聞やテレビなどのマスメディアはもちろん、ネットのニュースサイトでも「編集権」というのはものすごく重要なのです。
 同じ「ニュース」であっても、それが新聞の1面に大見出しで採り上げられるのと、文化欄の隅っこにベタ記事として掲載されるのとでは、それを読む人の数に圧倒的な差が出ます。
 ネット上のニュースサイトで紹介される記事でも、並べられる順番とか(基本的に最初のほうに紹介されたほうが来る人は多い)、紹介者がつけたコメントによって、「集客効果」は全然違ってきます。
 メディアにとっては、「何を採り上げるか」というのと同じくらい、あるいはそれ以上に、「それをどういう順番や大きさで採り上げるか」というのが大事なのです。

 ところが、ネットではそういう「編集にこめられた、伝える側の意図」が「記事への直接のリンク」によって、不明瞭になってしまいます。
 メディアの立場とすれば、「こちらはそんな記事ばかり書いているわけじゃないのに……」と言いたくもなるでしょう。

 もちろん、ネットで「メディアの編集権の影響が薄れたこと」によって、「新聞では大きく採り上げられなかった良質な記事」が話題になることも多いし、ひとつひとつの記事に対する「世間の本音」も透けてみえるようになってきたという、良い面もあるのですけど(「ネットでの反応は、あまりに極端になりがちで、本当に「世間の本音」かどうか疑問なところもありますが)。

 もし「読者が本当に求めている記事」を並べていったら、最終的には、ネットで人気の『痛いニュース』になってしまうのかもしれません。
 それが「報道の正しい姿」なのかどうか?
 「日本の報道のレベルが低い」のは、報道する側だけの責任なのか?

 「インターネット時代」だから、メディアが検証されるようになったのは事実です。
 その一方で、これからは、受け手の「自分で情報を選ぶ責任」がどんどん大きくなっていくのも確実なのです。
 ゴシップ、スキャンダル、揚げ足取りの「レベルの低い記事」ばかりが目立つのは、それが「読者に求められているから」なんですよね。



2009年08月16日(日)
江藤淳さんが福田和也さんに教えた「プロの仕事の話」

『月刊CIRCUS・2009年8月号』(KKベストセラーズ)の福田和也さん(文芸評論家)と石丸元章さん(小説家)の対談「揚げたてご免!!」の一部です。

【石丸元章:福田さんには、お酒の師匠はいたの?

福田和也:江藤(淳)さんだね。今年は没後10年でしょ。自殺する人だと思っていなかったので、訃報を聞いたときは驚きました。それで江藤さんの女出入りのことを諸井薫さんに『新潮45』に書いてもらったんですよ。

石丸:諸井さんは売れっ子でしたね。

福田:今はほとんど読まれていないけど、最盛期には月に500枚くらい書いていた。『PRESIDENT』の編集長をしながらですよ。それで毎晩酒を飲んでいたんだからすごいよ。

石丸:『dancyu』や『オレンジページ』も諸井さんが作った雑誌ですね。

福田:うん。それで最後に中央公論を買い取ろうとしてコケちゃった。あと2000万円あれば買えたんだけど、読売に奪われてしまった。それ以降体調が悪くなって、「キミが私に江藤のことを書かせたから、江藤が怒ってオレを呼んでいる」と言うの。それで本当に、江藤さんの二年目の命日の前日に死んでしまうんだよ。

石丸:江藤さんはどういう先生でした?

福田:直接の師匠ではなくて、文芸の世界でワタシを見つけてくれた人。「漱石はこういうものだ」みたいなつまらない文学議論をしたことは一度もない。渡世のことはよく教えてもらいましたよ。例えば、対談したときに形勢が不利なときがある。でもそういうときに、自分に不都合な部分をゲラで直すと、編集者に軽蔑されるからやめろとかね。

石丸:なるほど、実践的だなあ。

福田:あと、座談会でひとりでしゃべり続ける奴がいても、面白かったらそれでいいと。面白い座談会を成り立たせるのが仕事なんだから、無理して自分の意見を言わなくてもいいとか。そういう本当にプロの仕事の話を教えてもらったな。「余裕があるときに女にカネをやってもなびかないけど、苦しいときに工面したカネをやれば効果がある」とかね。

石丸:うん。やっぱり後継、継承、相続は大事だよ!】

〜〜〜〜〜〜〜

 諸井さんの働きっぷりもすごいのですが、この対談のなかで僕がもっとも印象に残ったのは、江藤淳さんが福田さんに教えてくれたという「プロの仕事の話」でした。僕は江藤淳さんことはあまりよく知らなくて、「奥さんの後追い自殺をした、愛妻家」というイメージくらいしかなかったのですが、その人が「女にカネをやっても……」なんていう話をされていたのも意外だったのですけど。

 ここで紹介されている、「対談したときに形勢が不利なときがある。でもそういうときに、自分に不都合な部分をゲラで直すと、編集者に軽蔑されるからやめろ」「座談会でひとりでしゃべり続ける奴がいても、面白かったらそれでいい。面白い座談会を成り立たせるのが仕事なんだから、無理して自分の意見を言わなくてもいい」というのは、作家の対談や座談会に限定されたものではなくて、普通の人の日常生活にも応用できるものなのではないかと思います。

 「誰かと言い争いをしたとき」のことを第三者に話すときって、どうしても自分に不都合な部分をカットしたり、相手の身勝手さを過剰にアピールしたりしがちですよね。でも、そういうのは第三者にとっては、かえって逆効果にしかなりません。むしろ、自分が悪いところも包み隠さずに話したほうが、好感を持たれることが多いはずです。
 また、何人かで話しているときに、ひとり話し好きの人がいて、その人だけが延々としゃべりっぱなし、という状況になることがあります。そういう場合、僕はつい「自分も何かしゃべらなくては」とプレッシャーを感じたり、他の人にも話を振ったりして、かえって場がぎこちなくなりがちなので、この「面白かったら、無理に自分の意見を言う必要はない」というのを読んで、少し気が楽になりました。
 仕事で座談会やっている人がそう言うのなら、ふだんの会話や飲み会で、無理に自分が喋る必要なんてなくて、聞き役に徹していればいいんだな、って。

 しかし、よく考えてみると、後者の場合、誰かひとりが喋りっぱなしで、それなりに盛り上がっているように見えても、その人がトイレに立った瞬間に「アイツ、ずっとひとりで喋ってて、付き合いきれないよなあ……」なんて周りがブツブツ言い始めるというのも、ありがちな状況のです。
 実際は、「その人の独壇場が、本当に『面白い』のか?」を見極める能力がある人っていうのが、そんなにいないんですよね、きっと。見極められたとしても、喋っている相手によっては、その「流れ」を変えるのも、なかなか難しいしねえ……



2009年08月08日(土)
よしもとばななさんの「ある居酒屋での不快なできごと」

『人生の旅をゆく』(よしもとばなな著・幻冬舎文庫)より。

【この間東京で居酒屋に行ったとき、もちろんビールやおつまみをたくさん注文したあとで、友だちがヨーロッパみやげのデザートワインを開けよう、と言い出した。その子は一時帰国していたが、もう当分の間外国に住むことが決定していて、その日は彼女の送別会もかねていたのだった。
 それで、お店の人にこっそりとグラスをわけてくれる? と相談したら、気のいいバイトの女の子がビールグラスを余分に出してくれた。コルク用の栓抜きはないということだったので、近所にある閉店後の友だちの店から借りてきた。
 それであまりおおっぴらに飲んではいけないから、こそこそと開けて小さく乾杯をして、一本のワインを七人でちょっとずつ味見していたわけだ。
 ちなみにお客さんは私たちしかいなかったし、閉店まであと二時間という感じであった。
 するとまず、厨房でバイトの女の子が激しく叱られているのが聞こえてきた。
 さらに、突然店長というどう考えても年下の若者が出てきて、私たちに説教しはじめた。こういうことをしてもらったら困る、ここはお店である、などなど。
 私たちはいちおう事情を言った。この人は、こういうわけでもう日本にいなくなるのです。その本人がおみやげとして海外から持ってきた特別なお酒なんです。どうしてもだめでしょうか? いくらかお金もお支払いしますから……。
 店長には言わなかったが、もっと書くと実はそのワインはその子の亡くなったご主人の散骨旅行のおみやげでもあった。人にはいろいろな事情があるものだ。
 しかし、店長は言った。ばかみたいにまじめな顔でだ。
「こういうことを一度許してしまいますと、きりがなくなるのです」
 いったい何のきりなのかよくわからないが、店の人がそこまで大ごとと感じるならまあしかたない、とみな怒るでもなくお会計をして店を出た。そして道ばたで楽しく回し飲みをしてしゃべった。
 もしも店長がもうちょっと頭がよかったら、私たちのちょっと異様な年齢層やルックスや話し方を見てすぐに、みながそれぞれの仕事のうえでかなりの人脈を持っているということがわかるはずだ。それが成功する人のつかみというもので、本屋さんに行けばそういう本が山ほど出ているし、きっと経営者とか店長とか名のつく人はみんなそういう本の一冊くらいは持っているのだろうが、結局は本ではだめで、その人自身の目がそれを見ることができるかどうかにすべてはかかっている。うまくいく店は、必ずそういうことがわかる人がやっているものだ。
 そしてその瞬間に、彼はまた持ち込みが起こるすべてのリスクとひきかえに、その人たちがそれぞれに連れてくるかもしれなかった大勢のお客さんを全部失ったわけだ。
 居酒屋で土曜日の夜中の一時に客がゼロ、という状況はけっこう深刻である。
 その深刻さが回避されるかもしれない、ほんの一瞬のチャンスをみごとに彼は失ったのである。そして多分あの店はもうないだろう、と思う。店長がすげかえられるか、別の居酒屋になっているだろう。
 これが、ようするに、都会のチェーン店で起こっていることの縮図である。
 それでいちいち開店資金だのマーケティングだのでお金をかけているのだから、もうけが出るはずがない。人材こそが宝であり、客も人間。そのことがわかっていないで無難に無難に中間を行こうとしてみんな失敗するのだ。それで、口をそろえて言うのは「不況だから」「遅くまで飲む人が減ったから」「もっと自然食をうちだしたおつまみにしてみたら」「コンセプトを変えてみたら」「場所はいいのにお客さんがつかない」などなどである。

(中略)

 というわけで、いつのまに東京の居酒屋は役所になってしまったのだろう? と思いつつ、二度とは行かないということで、私たちには痛くもかゆくもなく丸く収まった問題だったのだが、いっしょにいた三十四歳の男の子が「まあ、当然といえば当然か」とつぶやいたのが気になった。そうか、この世代はもうそういうことに慣れているんだなあ、と思ったのだ。いいときの日本を知らないんだなあ。】

〜〜〜〜〜〜〜

 僕はこのエピソードを読んで、「自分がこの店長だったら、どうしただろう?」あるいは、「この店長は、どうするのが『正解』だったのだろう?」と考え込んでしまいました。
 率直に言うと、この文章のなかで、後半の「もしも店長がもうちょっと頭がよかったら……」以降は、読んでいて、あまり気持ちが良いものではなかったんですよね。なんだか、「自分たちは特別な人間なんだから、特別扱いされてもいいんじゃない?」って思っているのだな、という気がして。
 でもまあ、そういう「よしもとさんたちのプライド」はさておき、こういう状況というのは、サービス業ではしばしば起こりうるわけで、店側としては、どう対応すれば良いのでしょうか?

 僕は最初にこれを読みながら、「まあ、けっこう注文してくれたみたいだし、そのデザートワイン1本くらいであれば、『見て見ぬふりをする』」というのが、原則論はさておき、「妥当」なのではないかとは思ったのです。
 馴染みの店であれば、お客が「こんなお酒が手に入ったんだけど」なんて持ち込みをしてくることは、けっして珍しいことではないでしょうし、店主もいちいち目くじらは立てないでしょう。
 そもそも、そこで「デザートワイン1本で店から失われる利益」と、「客に不快感を与える不利益」を天秤にかければ、どちらが長い目でみて得なのかは、あまり悩む必要もないレベルのわけで。

 しかしながら、この店長の言うことは「正論」ではあるんですよね。
 たしかに、ひと組の客の「持ち込み」を見逃せば、他の客が同じことをしてきたときに注意はできなくなります。「あの人たちはOKだったのになんで?」って言われたら、返す言葉はないでしょう。チェーン店の居酒屋であれば、「あの人たちは常連だから」なんて言う説明では、納得してもらえないはず。マニュアルでそうなっているということは、もしかしたら、「長い目でみれば、厳しい対応をとったほうが利益につながる」というデータがあるのかもしれません。

 ただ、この店長が融通がきかないというか、周りがみえていない人であることは確かです。
 僕が飲食店で厭な気分になる状況のひとつに、「内輪の事情が客に伝わること」があります。とくに、店長がバイトの店員や見習いの職人を叱りとばす怒声が聞こえてきたりすると、「金返せ!」って言いたくなるのです。
 赤の他人とはいえ、誰かが(少しは自分もかかわっていることで)怒られているなかで、食事を楽しむことが至難の業だということくらい誰にでもわかりそうなものなのに、意外とそういう怒声が聞こえてくる店ってあるんですよね……
 この店長は、たぶん、「正義の人」だというよりは、「何かにイライラしていて、そのはけ口として、この『正義』をふりかざしていたのではないかなあ。持ち込みへの注意はさておき、バイトの女の子への注意は、閉店後、あるいはもっとこっそりやったほうがよかったのでは。

 ところで、よしもとさんは、【いっしょにいた三十四歳の男の子が「まあ、当然といえば当然か」とつぶやいたのが気になった】そうなのですが、30代後半のさえない男である僕も、この話を聞いて、「当然といえば当然の対応ではあるな」とは感じたんですよね。たいがいの店では、そこまで徹底した対応はしないだろうけど、マナー違反ではあるから文句は言えないな、と。
 さて、読む人の世代によって、このエピソードへの感想は、そんなに違うものなのでしょうか?
 



2009年08月02日(日)
タモリに「アイツは、『いい人』じゃなくて、『いい人だと思われたい人』なんだよ」と言われた男

『Switch』VOL.27 NO.7 JUL.2009(SWITCH PUBLISHING)の「LONG INTERVIEW〜鶴瓶になった男の物語」より。取材・文は川口美保さん。

【実家の裏手に回った鶴瓶の姿を見かけたのか、誰かが声をかけた。
「マーちゃん! 帰って来たんか?」
「姉ちゃん、懐かしいなあ! 元気か?」
 鶴瓶の間髪おかない声を聞いて、女は嬉しそうに言った。
「もう偉うなってしまって、口も利かれへんと思ってたわ!」
 隣の姉ちゃんだった。一回りは年上だろうその人を前にすると、鶴瓶はすぐ昔に戻った。家族の話、近所の人の話、二人の会話からは次々に懐かしい人の名前が飛び出す。
 姉ちゃんが息せき切るように言った。
「マーちゃんのお母さんはべっぴんさんやった。ここに来はったとき二十八か九だったと思うわ。スタイル良くて背も高かった。子供もぼちぼちできていったやろ。私な、子供のとき、あんなお母ちゃんだったらええなあて、なんぼ思たかわからへん」
「そうよなあ。うちのおかん、綺麗かったよなあ」
 鶴瓶が嬉しそうにうなずく。
「うちのおかんは、納棺師でな。今でいうおくりびとしてた」
「ほんまに親切な人やった。汚のうが何しようが、骨惜しみしない人だった。自分からいろいろやってくれてな、だからみんなに好かれてはったわ」
「嬉しいなあ。何年ぶりにおかんのこと聞いたか……」
 姉ちゃんが提案した。
「真田幸村の跡地、見に行くか?」
 その敷地内の大きな木は、子供の頃、彼らのもってこいの遊び道具だった。
「枝と枝の間にゴムつけてな、近所の子を引っ掛けて飛ばしてた。人間パチンコや」
 鶴瓶はかつての遊び場を記憶を辿るように歩いた。歩けば人が集まってくる。途中、鶴瓶の姿に気づいたおじさんが、子供時代の鶴瓶が写った写真を慌てて家から持ってきて、「覚えてるか?」と話しかけてきた。鶴瓶の姿を見つけるといろんな人が挨拶をする。小さな子供が鶴瓶の顔を見て、「ツルベだ! ツルベだ!」と指を差す。この日、一緒に写真を撮ってと求められた数は十人を下らない。サインも求められれば、鶴瓶は相手の名前を書き記す。
「俺に話しかけるとき、みんなちょっと笑てはるやろ。山田洋次さんが『いいよなあ、鶴瓶さんは。寄ってきたら、みんな笑ってる』って言ってた。俺、それ、望んでたんやもん。若いときから。自然にしてるというよりも、目指さないとできない。子供が『ツルベ!』って言ってくれるのは、『ツルベ!』って言ってもらおうと思ってやってることなの。だから自然じゃないよね。だけど、そうやってることが三十八年続くと、もう自然なの。だからよう言うの。俺、ホンマにどんな性格かもわからんようになってもうたって」
 彼は笑った。
「つまり、嘘か本当かわからん。嘘も本当になってるということやろうね。でもそれが正解なんよ。人間って、もうね、五十過ぎたらどれが実体かわからんことで出来上がっている。人に対してイヤな人やなって思われてさえなければ、すべてそれが正解なんよ。その人は頑張ってるの」】

〜〜〜〜〜〜〜

 ちょうど1ヵ月くらい前、「笑っていいとも・増刊号」を観ていたら、映画『ディア・ドクター』の地方ロケで地元の人たちにサインしまくっていたという鶴瓶さんのことを、タモリさんが「アイツは『いい人』じゃなくて、『いい人だと思われたい人』なんだよなあ」とからかい半分に評していたのが印象的だったのです。ロケ地の各家庭には、鶴瓶さんのサインが一家に2〜3枚くらいはある、とか、映画の他の出演者のサインを鶴瓶さんに頼む人までいた、というような話まで紹介されていました。

 タモリさんが「いい人」じゃなくて、「いい人だと思われたい人」と言ったのは、鶴瓶さんが裏表のある人間だと言っているのではなくて、「いい人じゃないといけない、と努力し続けている人だということなのだろうなあ、と、このインタビューを読んでわかったような気がします。

 僕はテレビの画面にいる鶴瓶さんを観て、「ああ、いい人なんだなあ」と思いながらも、「結局そういうのって、持って生まれた性格というか、才能みたいなものだよな、僕みたいな社交性のないタイプには、ああいう生き方はできない」と感じていました。
 しかしながら、鶴瓶さんですら、もともとの性格はあるのだとしても、「いい人」でいるために、常に努力と自戒を重ねているのだということが、『Switch』のこの号には描かれています。

 鶴瓶さんのような芸能人の場合、接する人が多いだけに、みんなに対して「いい人」であり続けるのは本当に大変なはず。人気が出れば出るほど、周りからちやほやされるし、自分の都合にかかわらず周りから声をかけられたり、つまらない取材を受ける機会も多くなります。そして、ちょっとでも不機嫌さや面倒くささを表に出せば、「増長している」と思われてしまう。
 いくら「望んでいたこと」とはいえ、現在のような人気者になるまで「いい人」でいるための努力を「自分でも自分の本来の性格がわからない」くらいに続けるというのは、並大抵の努力ではありません。

 僕たちは「いい人」であることを「生まれ持った性格」だと思いこみがちですが、実際に「いい人」でいるために必要なのは、ちょっとした「気配り」や「他人の話をキチンと聴くこと」「自分がキツイときでも八つ当たりしないこと」など、「誰にでもやろうと思えばできないことはないこと」ばかりです。でも、これをいつでも、誰に対してでも続けていくのは、本当に大変なことなのでしょう。
 
【「自然にしてるというよりも、目指さないとできない。子供が『ツルベ!』って言ってくれるのは、『ツルベ!』って言ってもらおうと思ってやってることなの。だから自然じゃないよね。だけど、そうやってることが三十八年続くと、もう自然なの。だからよう言うの。俺、ホンマにどんな性格かもわからんようになってもうたって」】

 「いい人」っていうのも、ひとつの「芸」なのかもしれませんね。