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2006年08月23日(水) 大分市の史跡めぐり 発見がいっぱい

艦長日誌 西暦2006年8月23日

 今日は15時過ぎに実家で手伝いがある。それまで何をしようかと思い、自転車で実家に向かいながら、大分市内の史跡めぐりでもしようと思い立つ。まずが今住んでいるところのすぐ近くにある金龍山臨済寺。かなり立派な楼門があり、仁王像に風神雷神の像などかなり豪華。こんな立派なお寺だったんだ。




仁王像 阿形



雷神の像


階段を登ると鐘楼があり、それをくぐれば本堂。ここは九州三十六不動霊場第十番札所になっている。三十六不動霊場、そのうち調べてみよう。


本堂も立派なつくり。木鼻は獅子と獏か。目がチョッと怖い。


 自転車こいで古国府の方へ。この通りにはけっこうお寺がある。まぁ昔国府があったあたりですからねぇ。

 次に来たのは岩屋石仏。素人目には何がなんだか分からないほど損傷している。損傷が激しくて国指定史跡から県の史跡に格下げになった経緯を持つこの石仏、近年ようやく屋根が付けられて雨による侵食を防ぐようになったが、ここまで放置してしまったのはもったいないことだ。


 岩や石仏のすぐ近くにある総社山円寿寺へ。風情のある山門と幕末に建てられた本堂が残る。この寺の前身が岩屋寺だそうで、最盛期には岩屋石仏から元町石仏あたりまでの広大な敷地を有し、六坊を連ねるほど栄えたらしい。上野六坊の地名もここから来ているとか。ちなみにここは九州三十六不動霊場第九番札所


 次は上野の坂を登り、清龍山金剛宝戒寺へ。まず目に飛び込むのが大日堂。これは結構古い建物なんじゃないかな?中には国の重要文化財である大日如来坐像が安置されている。大日如来坐像は残念ながら見ること叶わず。


本堂も立派。ここもかつては広い境内を持ち、周辺に坊が並び立っていたらしい。


 上野丘高校の横を通り、弥栄神社へ。石段に朱塗りの楼門、社殿、どれをとっても結構な代物。こんな立派な神社があったとはしらなかった。


楼門の彫り物もなかなか立派だ。近年修復作業が行われたようだが、いつの時代のものだろうか。


明治までは盛大な祇園祭が行われていたらしい。祇園祭といえば、大分県では日田と中津が有名だが、ここ上野の地でも行われてたんだなぁ。府内戦紙なんてねぶたをパクった祭りを新しくつくる前に祇園祭を復活させればよかったのになぁ。

 ここで携帯のカメラのメモリが一杯になってしまったので、史跡めぐりも終了。この後元町石仏なども見て回る予定だったが、またいずれ。自分の身近にも歴史は息づいているなぁ。大分市はいまいち大友氏ばかり取り上げたがるが、もっと古い歴史、民衆に根付いた歴史ももっとPRするべきじゃないかな。

 さて、途中散髪したあと自転車で実家に帰る。家を出てからここまで四時間かかりました(笑)。母のお手伝い&夕食を頂き、自転車なので早めに帰路に着く。普通に自転車こげば一時間程度。ダイエットも兼ねて一石三丁の史跡めぐりでした。また自転車で色々巡ってみよう。


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