不思議っ茶の日記
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去年、3月の20日だったか、町内会の副会長になったどうしよう〜〜という日記を書いた。
一年間、あれやこれやと忙しかったが、会長ほどではなかった。
しかし、その会長が、こってりと役務に打ち込む方で、わたしは、かなり忙しい思いもした。
わたしよりずっと年配の方で、それでもしっかりされていて、生き方のスタイルというものをきちんと持っておられた。
寒い日に、呼ばれた部屋にはひざ掛けを用意しているのをみて、ビックリした。 「寒いでしょう〜〜ひざ掛けを使ってね。」ここまでするかな〜〜と思った。
わたしは、こうして、PCは使いこなせるので、ずいぶん印刷物を入力してきた。
任期がきれるどたんばまで、引継ぎの書類の入力をまかされた。会計報告書の入力もまかされた。
なによりも、一年任期の役回りのために、いいかげんになっていた、問題にも着手された。
会則に会費の表示があることから、値上げも出来ず何年も来ているため、値上げも値下げもできるように、この部分を削除しましょと、打ち出した。
町内会の重みと存在感が希薄になって、どんどんやめられるので、その対策は?と 考えに考えた。アイディアは出ている。
どうせ一年で終わるのだし、このくらいでいいだろうなんて、この会長と会計は一言も言わなかった。
学区民運動会での、弁当とジュースの差し入れについて、町内会以外の人も分まで持っていく人がいるという不正を正すために、組長が手渡す弁当引換券というものを考え出したのも会長だった。
町内会の世帯の名簿が、古くていない人まで載っている名簿を刷新したのも会長だった。
その名簿の取り扱い規程まで作った。
私はそのたびに入力を支持されて、あたふたしながら作り上げた。
長年、新しい組長と役員と旧年度の役員の一覧表を回覧し、組長と役員にはそれを一枚づつ、渡す。
が、書式の作り方が問題で、表が大きい割りに、字が小さいので、高齢者には見えにくいものだった。
毎年その一覧表を見るたびに、主人は「相変わらず見難い表だな〜〜!」といった。
何年来変わらなかった表の書式を見やすいように変えたのは、私だった。
会長は、このくらい字が大きかったら見やすいわ〜と喜んでくれた。
任期終了時には、三役(会長、副会長、会計)が、このメンバーだったから、よかった。やりやすかった、といってくれた。 私も、そう思った。
年度始めに会費値上げで、すったもんだをしたくらい町内の会計は貧乏であった。
やって行けれるだろうか?と会計は細かく節約しながらやって行った。
少しでも安く、少しでもいいものをと 町内の行事の会計のやりくりに努力した。
そして、ラッキーな事に、一年間亡くなった人がなく、そのための慶弔金を支出する必要もなく、二年に一回の消火器の取替えにもかかることなく、ぎりぎり残高17000円で終わった。
見事なり!!である。
どこぞの行政の予算のやりくりと比べたら雲泥の差と思った。
いろんなことで、変化をつけた一年間だった。良い経験をしたと、私は満足だった。
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