不思議っ茶の日記
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| 2006年01月21日(土) |
受験生へのメッセージ |
センター入試が始まった。 毎年この時期の天気は荒れる。
今年は、東京など関東と日本海側・北海道などが雪の中の入試になった。 たいした雪でなくても、気持ちの問題で、重苦しい。
足元もあぶなく、「滑ったら大変」などとまぎらわしいこともいわねばならない。 わが娘、親孝行なのか、不幸なのかとりあえず去年推薦で合格した。
この合格という通知はもらうと嬉しいものだ。
合格です!!! ゼッタイ嬉しい。
おまけに、こういった郵便物を配布してくださる郵便局の配達員さんは わかっているのか、嬉しそうに見える。
速達ゆえインターホンを押して・・・ 郵便局です!と声をかける。 大学からの郵便をうれしそうに(わたしの気の回しすぎ?)「速達です」といって渡してくれる。
受け取る時、「あ、ごくろうさまです」というと 「はい、ありがとうございます」と、またうれしそうにされる。
・・・・・ たまたまそういう個性の人だったのか? それとも、やっぱり私の思いすごしなのか? それとも・・・・・
思えば、受験は小さい時からやっていた。幼稚園のお受験を不合格に終わって、3年後。 小学校お受験の時もこうやって 合格不合格の通知が来た。
合格だとすこしぶ厚いのだ・・・・・。 でも小学校も不合格だった。 不合格通知の配達のほうが多いのだろうな。
一日待って、待って待って・・・やっときた通知だった。玄関先に出た わたしも、緊張していたし、苛立っていたのだろう。受け取りの印鑑を ついて、家の中に入った。
「なんだか薄いなぁ〜〜〜〜。やっぱり不合格なんだろうか。」
・・・・・ダメだったねという台詞とともに、すごく怒りがこみ上げた。 「あれほどがんばったのに・・・・なぜ????」 それから、悔しくて悔しくて、涙が出た。 悲しくて悲しくて、泣き声がもれた。
それから6年後、娘は、中学受験をしないといいはり、高校受験にかけた。 親の思い通りにはいかず、自分が決めた私学の高校に入った。
その学校は私が納得したわけではない。 大学受験が大変だわと、不安を持った。
高校で、クラスでは3番から5番の成績が常だった。 3年生になって、はじめてクラスで1番を取った。でも学年で一番は無理だわといった。 上には上がいるらしい。
その成績に思いあがりをしたのか、第一志望の大学は、落ちた。 もし合格したら、自分の高校の名前を出身高校のページにかくことができるのにと、残念がった。
が、同じく受験して合格した人がいる。来年の大学案内には、きっと母校の 名前が載ると、喜んでいた。
「そんなことより、もっとがんばったら、あなたも合格したかもね。センター入試で、がんばる?」と聞いた。 「あとひとつ、公募制推薦で受けたいのだけど、そこがダメだったら、センター入試かな」といった。 年が明けたら、センターやら、一般入試やらで、大変だと覚悟をしていた。
ありがたいことに、合格。
いまや高校生活を仕上げるだけの毎日である。 制服の娘の姿をみるのは、あと1ヶ月???
幼稚園のお受験からいままで、育児の期間はながいようで短かった。 乳飲み子をかかえて、奮闘していたころは、長いなぁ〜〜〜と思っていた。 すこしづつ、確実に、子供は手から離れていく。 離したくなくても、離れていく。
子育ての終わった先輩ママ達は、「今が一番楽しいのよ」といった。 そうなんだ、成績だの、友人関係だの、進路だの、いろいろ悩むけど いまが一番楽しいんだ・・・・・・
入試に挑む、受験生の皆さん!! 人生には小さなふしめ、大きなふしめがあります。 親子ともども、それにたちむかって、乗り越えて、きっと楽しい思い出になると 信じますね。
どうか、無事故で、どうか、平常心で、受験を乗り越えてください。
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