妄想日記 

2004年11月20日(土) 「亮くんとシンゴ先生」

「おい、シンゴ」

この、園児のくせに呼び捨てなんてふてぶてしいことをするやつは、振り返らなくてもわかる。
毎度のことで。呼ばれるたびに訂正してるのだが、まったく動じる気配もない、ませた子供が一人。振り返ると、予想とおりの不機嫌顔にあった。
「おいって・・・呼び捨てはあかん言うてるやろ」
「うっさいわ、シンゴはシンゴやろが」
「いや、そうやけど。先生やねんから、先生言うたってな」
「でもシンゴやねんから、シンゴでええやろ」
「や、そうやけど・・・」
「今、彼女おるん?」
「彼女?おらへんよ」
亮の突然の物言いにもなれているので、別段気にすることもなく「彼女は、いないな」ふと浮かんだオトコマエの顔は、どこから見ても彼女ではないわと、笑い出しそうになるのをこらえながら。
「じゃあ、今一人か?」
「一人って・・・まあ、そうやけど」
一人ではないけれど、そこで否定したらめんどうなことになるからなんて。あとの騒動を考えたら、このときちゃんと答えておけばよかった、なんて思うのだが。
「いき遅れてるっちゅーことやな」
「行き遅れって、女の人やないんやから・・・」
園児のなかでは賢くて物知りなほうなのだが、たまに日本語おかしいときがある。今、あきらかにおかしい。「行き遅れ」なんて、少なくとも自分には使える言葉ではないだろうと、いうよりも早く。
「でも、嫁の貰い手ないってことやろ?」
「いや、ないもなにも。嫁にいかへんから」
「なんや、もう諦めてるんか?」
「いやだから・・・・嫁にならへんから」
話しがおかしい方向にいってないか?嫁とかなんとか・・・認識がおかしいんかな?普段えらそうにしてても、やはり、子供やもんな・・・なんて笑いながら、思ったのだが。
「しゃーないな。俺がもらったるわ」
「・・・・え?」
「嫁の貰い手ないんやろ?やったら俺がもらったるわ」
「いや、ええって」
「なにがええねん。俺がもらったる言うてんねんから、素直に頷いときや」
「えーー・・・嫁って」
おかしいやろと、この子のモラルはどないなってんねんと。心配になったけれど。そんな気持ちはおかまいなしに、亮は一人で話しを進めて行く。
「ほんなら、18になったら迎えくるから」
「え?え?」
「それまで、我慢しときや、な」
しゃがんで頭を抱えてしまいそうになるのを必死でおさえながら、亮に正しい道を進めさせたらないとと、呼びかけようとしたけれど。目が合った瞬間、嬉しそうに笑って。
「約束のかわりや」

唇に触れたものが、目の前の亮の唇だと気づくのに。数分かかったせいで。亮に正しい道を進ませることはおろか、約束なるものを、無効にすることすら忘れて。ぼおっと、珍しく頬を赤らめながら去っていく後姿を見送ってしまった。 


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薫 [MAIL]

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