甲子園の「大番狂わせ」に思う。 - 2003年08月14日(木) 昨日の昼間、エアポケットみたいに空いた時間に、高校野球を観ていた。 鳥栖商業vs愛工大名電の試合。 正確には、途中から車で移動していたので、「観たり聴いたりしていた」のだが。 この試合の戦前の予想としては、地元九州勢という贔屓目を含めて、 「勝負になるといいなあ」という感じだった。 勝ち負けというより、まともな試合になるかなあ?と あのイチローの母校であり、激戦区愛知を力強く勝ち抜いてきた愛工大名電と高校野球では比較的過疎地である佐賀代表の試合では、ワンサイドゲームを予測するのが妥当なのではあるまいか。 昼間に医局で新聞を読んでいると、院長が入ってきていきなりテレビの電源を入れた。 5回表、2対0で、鳥栖商業2点のリード。 鳥栖商業のピッチャーは、小柄でストレートも120kmくらいしか出ていない。 愛工大名電の選手にとっては、全部スローボールに感じていたくらいなのではないだろうか? たぶん、予選で彼らが試合をしていたチームには(少なくとも県大会のベスト16以降の試合では)、こんなに遅いストレートのピッチャーはいなかっただろうと思う。 鳥栖のエースは、素晴らしいコントロールでストレートを左打者の外角にビシッと決めていく。 6回の裏が終わって、まだ2対0。 それでも、まだ大部分の人たちは、愛工大名電の逆転を予測していたと思う。 この時点でも、僕は車に乗り込んだ。 そして、この試合の経過がなんとなく気になって、久々にラジオで高校野球を聴きながら帰ることにしたのだ。 7回の裏、試合が動いた。 愛工大名電の先頭打者がヒットを打った後、送りバントエラーとフォアボールで、無死満塁。 ラジオを聴きながら、僕は、「ああ、こんなもんだよな、やっぱり」と感じていた。 まあ、鳥栖商業の選手は、よくやった。 あの愛工大名電をここまで苦しめたんだもんな。 ここで逆転されてしまうのが、弱小チームの悲しい性なのだ。 ヒット1本で同点の状況。 鳥栖商業の打者たちは、次第に調子を上げてきた愛工大名電の投手を打てなくなってきていたし、ここで逆転されないまでも、追いつかれたら、もうこの試合は愛工大名電のものだろう、そう予測していた。 おそらく、7回まできて、疲労もあるだろうし、なんといっても「かなうはずがない」強豪校に対して「勝てるかもしれない」という意識が芽生えたことも、彼らのこのピンチを招いたのだろう。 弱者は、「勝てるかもしれない」という状況に溺れてしまい、そこに隙が生じることが多いのだ。 しかし、勝負のアヤというのは微妙なもの。 この絶体絶命すぎるピンチは、逆に鳥栖を開き直らせたのかもしれない。 逆に、2アウト1塁2塁とかだったら、「抑えなければ」という意識で、鳥栖商業はがんじがらめになってしまったのかもしれないが。 無死満塁。バッターは9番。スクイズもあるかと思ったが、結果は強行策でショートフライ。ワンアウト。まだまだ、これから。 1死満塁。トップバッターは、3塁側のファールグラウンドにフライを打ち上げた。 鳥栖商のサードは、懸命に追いかけて、このフライをキャッチしたが、勢い余って転倒。 その間に、3塁ランナーはタッチアップしてホームイン。2対1だ。あと1点。 このシーン、僕はラジオで聴きながら、「よく取った!」と車の中で独り叫んでいた。 あえてムリして捕らなければ、1死満塁の状況でもう一度勝負となるわけで、ひょっとしたら1点も取られないですんだかもしれない。でも、この状況では、「とにかく1つアウトを取る」ということが、すごく大事な気がしたのだ。 それでも、2死1塁2塁。まだ油断できない。 そう思っていたら、愛工大名電の2番バッターは、ライトにフライを打ち上げて万事休す。 「死地に生あり」という言葉をなんとなく思い出した。 むしろ、無死満塁という絶対的な状況だったからこそ、鳥栖商には開き直りが、愛工大名電には油断が生じたのかもしれない。 再度、風向きは変わった。 鳥栖商は、最終回、1点追加のチャンスでのホームタッチアウトがありながらも、結局、2対1で逃げ切った。 強豪、愛工大名電に勝ったのだ。 試合が終わる瞬間まで、僕はなんとなく狐につままれたような心境だった。 試合後、プロも注目しているという愛工大名電の4番バッターは、インタビューにこんなふうに答えていた。 「実感がわかない。負けた気がしない」 それは、勝つことが当然だと予測されていた(そして、自身も「ここは勝てるはず」と口にはしなくても内心思っていたはずだ)彼らにとっては、本音であったに違いない。 「もう1回やったら、負けるわけがない」と。 僕もそう思う。たぶん、鳥栖商業が勝つ確率は、10試合に1回、いや、それも贔屓目くらいだろう。 地元が勝ってよかった!などと、僕はあまり思うことはない。 もともと、引越しばかりだったし、地元意識に乏しい人間だし。 でも、この試合には、なんだかとても心惹かれるものがあった。 勝負のアヤ、お互いの心の動きなどが、すごく伝わってきた気がした。 投手力、打撃力、守備力、すべてにおいて、たぶん愛工大名電のほうが上だろう。 それでも、勝ったのは鳥栖商だった。 120kmの投手は、1失点で強豪校を抑えきったのだ。 番狂わせというのは、こういうふうにして起こるのだなあ。 野村監督が以前「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」 という言葉を頻繁に口にしていた。 鳥栖商業の勝因というより、愛工大名電の油断にこそ、番狂わせの要因を求めるべきなのかもしれない。 番狂わせを起こすより、起こされるほうが、おそらく簡単なことだろうし。 まあ、それで高校生を責めるのもあんまりだけどさ。 なれど、弱者、かくして強者に勝てり。 それは、偶然の仕業ではなくて。 ...
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