「最近の若い子の考えてることはわからんね。まったくけしからん」 と、ぼやき始めたのは中一くらいからだった。 ということにふっと気付く。 おいおい当時のはやさんよ、今にして思えばお前もわりと若いよ。 でも大掃除ででてきた昔の感想文なんか読んでると 今と大して変わってないんだなあ。 物事の見方も、テンションも、文章も。字の汚さも。 まわりの同級生が子供っぽく見えると同時に大人っぽくも見える、 要するに自分はどっか浮いているという点も。 近年はちょっと表現がまろやかになっただけで、 要するに大して成長してないのか。……。 遊園地ではしゃいだり何かに素直に驚いたり、 その上本読んで映画観てたりなんかする、 そういう人がいるのを見て、 同じホモサピエンス-ジャパニーズ-femaleなのに 違うもんだねーと改めて感心する。 何が違うんだろうか。食べるものか。 だから全ての人をカバーするデザイン、なんて無理……いやいや、 あえて言い切るのもどうかとも思うけど、 無理に近いくらい難しい目標なんだなあ。 そこまでいかなくたって、たとえば ほぼ全ての、20歳前後の日本人女性に好感を持たれたいなー ……なんてのも難しいのだから。 敵が見えないのは怖い。 今までドラマにしかでていなかった俳優が、 カメラ越しの何百万という視線が急に怖くなって 急に舞台役者に転向したくなる感じ。 ただ、それはそれでドジを踏むと 客に直接みかんをぶつけられる可能性があるわけで。 どっちにしろ厳しいのだ、スポットライトの中の世界は。 でも選んだ限り、この先絶望してもここで頑張るしかないのだ。 ……と思って、みんな役者の卵として頑張ってるんだろうなあ。 えっ、いや私は別に役者ではないけれど。 ともあれ表現者はつらいのだ。そうでない人がつらいのと同じくらい。 さーてと、論文書こう……。 (※考え事のあまり、タイトルが本文と全く無関係なことをお詫び致します。) |