うーん。 体も心も眠りたい今日この頃の私です。 日常の報告をしようかと思ったんですが、毎度おなじみの愚痴だらけになるのでやめときます。 皆さまには更新が滞っていてすいません。
土下座。
そんなんで。 今回は以前の日記で軽くプロットを思いついたと話していた『防世界』の、書き殴っておいたメモ代わりの代物が見つかったので、貼り付けておきます。 当然途中までなんでご勘弁を。
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酒上純は、ゆっくりと目を開いた。 視線の先の空には真白なる雲が長く長く伸びてたゆたい、視界の端では白銀の輝きを散りばめては己を誇示する黄金の太陽が座していた。 酒上は身を起こそうとして大地に手をつき、己の倒れていた場所が草地の斜面である事に気づいた。足元の斜面は果てしなく続き下方は高い草に覆われた茂みになっていて、とても簡単には斜面を下る決断を下せそうにもなかった。背後を振り返り見ると、十数メートル先で弧を描きながら途切れる緑の地面と、その先で流れを止めた青空が広がっている。 左右は共に連なり広がる芝生の稜線が続くのみで、己のいる位置すら掴めない。 一もニも無く、酒上は這うようにして斜面を登り始めた。厚手の冬服に強い日差しは容赦なく照りつけ、間もなく酒上は暑さにコートを脱ぎ捨てた。目に痛いほど明るい色調の水色のコートは、人工色の毒々しさを抱える酒上の腕に添えた。 このコートが誰かの目に留まり、標的にされるのではないか――酒上は脳裏に浮かんだ懸念と警告に従い、己の意識と能力を開放させようとする。 展開されるは『酒神の舞台』――酒上を中心に、最大領域半径五百メートルの範囲に渡って作られるテリトリーに侵入したものは、生物無機物を問わず酒上の意のままに操られる事になる。 特別な力を使える珍しい能力者の中でも更に珍しく、そして強力な力を有する酒上の、もっとも大きな自己防衛能力である。 だが、酒上はすぐに力の発動を止める。 正確には止められたのだ。強制的に支配を解かれた力が霧散していく感覚は、全身を走る強烈な痛みを伴って酒上を打ちのめした。自らの感覚を物理的な範囲で拡大し自己存在の場を広げる〈人格波動〉能力者の、それは宿命とも言える弱点だ。能力を打ち消されれば肉体に負荷が戻ってくる。 酒上はその場に――斜面に四肢をついたまま動きを止める。全身の痛みのせいでもあったが、散っていく力に、かすかに引っかかる感覚を覚えたからだ。残像のように能力の欠片に感じた気配。 誰かが居る。彼を見ている。 そしてその誰かは、酒上の能力を完全に打ち消すだけの力を持っている。 酒上純は警戒に顔を強張らせた。こんな事をされたのは初めてだからだ。 まずいなと、彼は真面目な顔で右手親指の爪を噛んだ。こんな得体のしれない場所で、まったく無防備に放り出されてしまうとは。しかも、この状況を誰かに見られているなんて。 トレイルか、それともギルか、<E.A.S.T.s>のレザミオンという線もありうるが……まさかヒサシか。いや、意表をついて雇い主――〈西方協会〉のトップたる3人か。 自分の能力を完全に屈服させられる存在は、このぐらいしか思いつかない。 この状況に陥った経緯を思い出してみるに、一番可能性が高いのはトレイルだろう。奴の落としていった白金の懐中時計が全ての始まりだ。 愛しい愛しい彼女が、奇妙にもコロコロと〈人格波動〉の色を変えて渦巻く懐中時計に、不用意にも触れようとするから……思わず先に取り上げて。 怪しいとは思っていたが、まさかそのまま意識を失うとは考えなかった。ましてやこんな得体のしれない敵のいる得体の知れない場所に放りだされるとは。 まいったなと酒上は更に爪を噛み、次いでぎょっとしながら口元の指を引き離した。 陰った視界で気がついたが、自分の背後にいつの間にか誰かが立っていたのだ。周りを確認したのはつい先のこと、その時に視認できなかったというのに、一体どうやって側にやってきたのか。物音一つしなかったというのに。 この人物が、酒上の能力を打ち消したのだろう。そんな男に背後を取られてしまったなんて、あまりにも危険すぎる。 酒上は自分を覆って伸びる黒い影の大きさから、その人物の背丈を計る。自分も大概大きな部類だが、相手も同じ程度に背が高い。広い肩幅と円筒帽が確認できた。おそらく男だろう。服の着こなし具合を影から見て察するに、どうやらそれほど腕力のあるタイプではないらしい。だが酒上の能力を打ち消す男だ、どんな手段を用いて襲ってくるかわからない。 「どなたか存じませんが――」 通りのよい声で背後の男は声をかけた。 「――お怪我はありませんか?」 緊張と警戒、力なき自分の不甲斐なさに苛立ちながら、酒上は渋々振り返る。斜面に腰を降ろし、彼は丁寧さを感じさせるほど直立で待ち構える男を見上げた。 「参りましたね、こんなにあっけなく捕まるとは」 余裕を見せようと笑いかける酒上に 「捕まる?」 燕尾服の男は、不思議そうに小首をかしげた。 「なにをおっしゃってるのか、正直わかりかねますが」 酒上は丘の表面を走る風に目をすがめながら「あなた、トレイルの部下でしょう?」 逆光で見えにくい相手の表情が、その口元が、かすかに笑みの形に歪んだのがわかった。 「残念ながらトレイル様は私の主人ではありません。トレイル様は私の主人の、旧きご友人ではありますが、長らくお姿を拝見しておりませんので、かの御方がどのような立場にいらっしゃり貴方との間に何があったのか、私にはわかりかねます」 そこで一度言葉を切り、燕尾服の男は遠い目で顔をしかめた。 男の肩越しに流れる雲の一つがカエル型から燃えさかるたいまつの形になるまで、たっぷりと時間をかける。傍目からでもわかるほど、男は第三者とコンタクトを取っており且つ沈黙の裏で激しい舌戦を繰り広げていた。 だが決着が付いたのだろう。燕尾服の男はにこりと笑いかけ、酒上に向かって手を伸ばす。 「私の主が貴方と時間を共有したいと申し出てまいりました。よろしければご案内させていただきますが」 「……いや、結構です」 目の前で言い争いを見せつけられたのだ。どちらかが酒上の滞在に不満を持っているのは確かであり、無力ともいって良い今の自分には無理に敵陣に飛び込んでいく心構えも無い。敵意を抱くもののテリトリーに好き好んで赴くつもりはない。 「気持ちはありがたいですが、この場所の位置と、私の街に戻る方法だけ教えていただければそれでいいんです」 燕尾服の男はパチンと指を鳴らした。 「なるほど、では貴方はただ単純に迷い込んできただけだと」 迷い込む、というのだろうか? 自分がここに来た経緯を思い出すより早く、燕尾服男は囁いた。 「ここはカノン・アギエの『防世界』にあるシラトスの丘または『魔女の園』です。出口も入り口もありません」 「え?」 「それ以上はお答えできません。もう少し詳しく知りたければ、主が自分でお答えしたいと申しております」 出口も入り口もない。ならばどうやって自分はここにやってきたのだ。 戸惑いながらも、酒上は芝の上に立ち上がった。 勾配の上に立つ分、高い位置から燕尾服の男を見下ろす。円筒帽のひさしを持ち上げた燕尾服男は、スミレ色の瞳で酒上を見上げた。声や物腰から想像していたよりもずっと若い。酒上と同世代ぐらいだ。悪びれることなく目を合わせてくるその機械的な動きに、酒上はふっと己の過去をかえりみる。能力者になる前――そして感情というものを自覚する前、朝の鏡の中で良く見た自分の表情にそっくりだ。 あの頃の思い出がフラッシュバックする。 暗い客席で隣り合った愛しいあの子。ボロボロに傷つけられて泥だらけで捨てられた彼女の、生前の言葉。路地裏で高く笑った自分の下品な声。殴りつけた拳の感触。蹴られた腹の痛み。白衣の男の悪魔の笑みと囁き。あの男の暴走しろという無言の甘言に乗った自分。その自分を止めてくれた雲のような男。 これはこれはと、酒上は微笑んだ。目を覚ましてからこっち、全く『今の自分』らしくない行動ばかりではないか。あの頃を思い出すなんて、何を弱気になっている。困難な状況だからこそ笑い、踊り、破壊するのが『今の自分』の身上ではないか。 急に自分の理解できない現象に叩き込まれ、自由を奪われ、理不尽な挑発を受けているのだ。 笑え。自分と敵を笑い飛ばせ。 だってそうじゃないか。よく考えろ。この世界はまるで自分の『酒神の舞台』と同じなのだ。何を恐れているのだ。相手が自分と同系統の能力者なら、弱点も見えるというもの、戦いようもあるというものではないか。 ではまず、本体またはこの世界における本体の姿(フェイク)の顔を拝みに行くとするか。 「わかりました。では……おじゃましたお詫びも兼ねて、ご挨拶に行きましょう」 燕尾服男はニコリと笑って「では」と頭を垂れる。 酒上は自身の中で開き直った心情のまま鷹揚にうなづき――そしてはたと気がつく。 「ああ、ちょっと待ってください」 酒上は右手を自分の鳩尾に当てた。〈人格波動〉の同調を極小に押さえ、掌と胸、それに付随する物質を同化かつ再構成。手首から指先までをズルリと体内に埋め込む。自己を形成する〈人格波動〉情報に埋もれ隠された物質データとイメージを照合させて探り出し、腕を引き抜く。 体内から引き出された情報は、酒上の体という〈人格波動〉の場から切り離された事によって自己の〈人格波動〉情報を形成、本来の姿になろうと物質化する。 〈ギル・コレクション〉の一つである、紫硝子と金装飾で形成されたゴブレット。〈西方協会〉のカタログコード名『聖杯』だ。 本来ならば酒上の展開する能力範囲から簡単にできる作業だが、この場所では強制的にキャンセルさせられる恐れがあるので、邪魔される事の無い体内で行ったのだ。 手の中で燦然と輝く紫色のゴブレットを揺らし、能力者の男は笑顔を浮かべて満足した。この酒上専用の能力増加装置があれば、多少の攻撃には耐えられるだろうと安心する。少なくとも先のように簡単に能力の場を消される事はあるまい。この自信がただの気休めだと頭ではわかっていても、いつでも馴染みの武器が使えるという状況は酒上を精神的に支えてくれる。 安堵と共に傍らの男へ視線を移す。相手もこの世界の人間だ。多少のことでは驚かないだろうと予想していたが、あまりにも自然な笑顔で酒上の作業が終わるのを待っていた事には、なんともむず痒い感覚を覚えた。 「ああ、そういえば、一つだけ教えてくれませんか」 酒上は体に張り付いた芝を叩き落としながら、じっと控えている燕尾服の青年に明るく声をかける。 「貴方のご主人様の名前とやらは伺いましたが、貴方のお名前をまだ伺っていない。良かったら教えてもらえませんかね」 失礼しましたと相手は深く頭を垂れた。 「私の名前はハクゲツと申します。お見知りおきを、サカガミ・ジュン様」 告げてもいない自分の名前を呼ばれた事で酒上は確信する。 この世界は、カノンとやらの手で転がされているワイングラスなのだと。 今の自分は、グラスの中で跳ねる情報の塊にしか過ぎない。相手からは何もかもが丸見えなのだ。
先頭に立って歩き始めたハクゲツを追って坂を登る。 登りきった先には赤い屋根の四角い建物が待っていた。校庭のように広い庭先には美しい花々が咲き誇り、木々も青々とした葉を広げ、そろって優しい春風にも似た丘の風にあわせて揺れている。 いや、校庭のようにではない。校庭そのものなのだ。 人気のないその建物へごく自然に足を踏み入れるハクゲツに続いて門をくぐる時に気がついた。 振り返り見て確認する。やはりそうだ。色とりどりの草花は、すべて咲く季節を無視して花弁を広げている。木々を眺めてみてもそうだ。よく見れば紅葉した木々もあるではないか。建物と庭のつくりだけではない。景色に滲む不自然な感覚は、この狂い咲いた季節感のない光景のせいだろう。 磨き上げられたくるみ色の板を踏み、ハクゲツは小声で告げる。 「ご主人様が、非常に喜んでいらっしゃいます」 「へぇ? わかるんですか」 「そりゃもちろんです」 なぜそんな事を聞くのかと言いたげに、不思議そうな声色で問い返してくる。 「サカガミ様には、お仕えする方がいらっしゃらないのですか」 ふと脳裏をよぎった女性の顔を打ち消し、酒上は皮肉を込めて返答。 「私は私の『舞台』を従える人間であって、誰かに奉仕するつもりはないんですよ。私が奉仕する人間がいるとしたらただ一人、この私自身です」 「それは素晴らしい」 ハクゲツは喜びを込めて呟いた。 「本当にご主人様と気が合いそうでよかった」 木漏れ日が爽やかなまだら模様に染め上げる長い廊下を渡り、ハクゲツはいくつも並ぶドアの前を通り過ぎ、突き当たりのドアの前で足を止めた。 真っ白に染め上げられた切り出しのドアは壁一面を覆う観音扉で、取手のすぐ上にはオブジェが取り付けられていた。向かって左側に小さな黒の仮面が、向かって左側には対になっているのだろう同じデザインの小さな赤の仮面だ。共に金で微細な装飾が施されている。その扉のデザインとしては申し訳程度に貼り付けられた仮面には、何か象徴的な意味があるのだろう。魔除けの類なのかもしれない。 酒上がドアを一通り眺めながら襟を正した直後、中から入りなさいという声が漏れ聞こえた。 少なからず驚いてハクゲツに視線で確認を取る。 「女の子?」 「ご主人様はあの姿がお気に入りなのです」 礼儀正しく返し、ハクゲツは扉を開く。酷く大きく重そうだったが、彼のさほど太くも無い腕はやすやすとその作業を完了させた。 扉の内側は広い書斎だった。壁一面に並べられた本棚には、ぎっしりと詰められた大判の書籍が自己を主張しては互いの棚を牽制しあっている。高い天井と縦長の窓の前にはどっしりとした書き物机が重たげに入室者を迎え入れ、主が座るべき椅子には金色に輝く恐ろしく精巧な細工と柔らかそうな背もたれが確認できた。 「こちらにどうぞ」 再び響き渡った幼子の声に目を向けると――確かに先までは本棚だった一角が広々としたリビングと化しており、真っ白な円卓がしつらえてあった。 座席は四つ。二つが塞がれている。 一つはハクゲツに良く似た、肩幅の広い燕尾服の背中と横顔。チラリとハクゲツを確認する。もしかしたら突然出現したこのテーブルのように、ハクゲツが瞬間移動したのかと思ったのだ。だがハクゲツは酒上の傍らで静かに待機している。どうやら別人らしい。 そしてもう一つは、酒上に対面するべく座した、白いワンピース姿の少女。真っ赤な髪を片手でクルクルと巻きながら、大きな瞳を酒上に見据えて動かない。 酒上は胸が高鳴るのを覚えた。その顔は彼が焦がれてやまない女性の面影を強く残しており、更に少女特有の柔らかさと曲線を有していたからだ。 「カノン、そんなにジッと見てちゃ失礼だろ。やめなさい」 ハクゲツそっくりの声でテーブルの男が叱責し、テーブルの上に置かれたティーカップへ透明な琥珀色の液体を注ぎ込んだ。 「だって、似てるんだもん」 「何に?」 「あんたよ、馬鹿ガラス」 少女はどこか怒ったように言い放ち、酒上を手招きした。 「ぼけっと突っ立ってないで、こっちに来なさいよ。お茶ぐらいならごちそうするから」 ハキハキとした物言いは、酒上にとって好感を呼ぶ類のものだった。どうやら想像していたよりも楽しい事になりそうだ――もちろん、常日頃身をおいている殺伐としたやりとりも十分楽しいものなのだが。 「では遠慮なく」 少女の対面の椅子を選ぶと、ハクゲツがサッと椅子を引いて案内した。隣席で酒上の分のティーカップを用意する男と、酒上の世話を終えて直立するハクゲツ。あらためて間近で『馬鹿ガラス』とやらを比べ見ると、双子と間違えそうなほどよく似ていた。 「似てるのは当然よ」 少女がティーカップを危なげなくつまみあげながら呟いた。 「どちらも同じ人間がモデルで、どちらも私の為にココにいるんだから」 「なるほど」 相槌を打ってる間に、アップルティーを湛えたカップがすっと面前に出された。ハクゲツそっくりの顔と笑顔が、ハクゲツとは全く違った温かい感情を込めて囁く。 「どうぞ。お口にあうと良いんですが」 「お気遣いどうも」 「いえいえ、この子の相手をしてくださる方が久しぶりにやってきてくださったんです。つい先までこの子も随分はしゃいでましてね、顔を真っ赤にさせちゃったりして、私としても楽しい想いをさせていただきました。お茶ぐらいでは到底――」 「うるさいわよ、クラシス、少し黙ってて!」 バンバンと両手で円卓を叩いて抗議する少女に、二人目の燕尾服男は肩をすくめた。 「すいませんね、子供なんで大目に見てやってください……ほら、カノン、紅茶がこぼれちゃうぞ、叩くのはやめなさい」 唇を尖らせて、カノンは両手を膝の上に戻した。 「何よ、はしゃいでるのは船長も一緒じゃない。こんな時ばっかり大人ぶっちゃってさ」 「何を言ってるんだ。ここまできていただいたんだ、丁寧におもてなしするのが礼儀ってもんだろ。お前が大人として応対しないなら、私がやるしかないじゃないか。大体、トレイル以来の遊び相手だぞ、すぐに逃げられちゃたまらない」 口早に一気に言い放った後、クラシスとやらは酒上に向かっていたずらっぽくウインクした。 酒上はというと、クラシスのイタズラ心よりもトレイルという単語への反応を顔に出すまいとし、そして苦笑する。そう、このカノンとやらに自分の心理を隠しても仕方が無い、全て筒抜けになっているのは先からの言動でわかっているのだから。 「お招きいただき、ありがとうございます」 頭を下げると、カノンではなくクラシスが頭を下げた。 なるほど、へりくだる役割は皆、このクラシスとやらが担当しているらしい。 「貴女がハクゲツのご主人様なんですね?」 頭を下げないこの世界の女王は、大きすぎる椅子から転げ落ちそうな体勢にも構わず、無理矢理ふんぞりかえりながら答えた。 「まあ、今の段階ではそうなるわね。正確にはパートナーなんだけど」 「パートナー、ですか?」 「今はまだ私のサポートをしてもらってるけど、しかるべき時が来たら同等の立場になるわ。それまでハクゲツは私のゆりかごなの」 カノンが「ねぇ」と同意を求めると、ハクゲツは礼儀正しく笑い返した。 酒上はアップルティーの甘い香りを楽しみながら、この茶を淹れてくれたクラシスに目をやる。男は頬杖をついて、少女とハクゲツを眩しそうに眺めていた。 「貴方はどうなるんですか? しかるべき時とやらには?」 「さあ?」 気のない返事で小首をかしげる姿は、先にハクゲツがやって見せたものにそっくりだ。ただ、クラシスの方が何倍も人間味が溢れていたが。 「未来ある人たちと私では、立場が違うんですよ」 「未来ある人たち?」 「私にはもう無いのです。カノンやハクゲツには定められた時が待っていますが、私にはもうありません。カノンの気まぐれが私という人格を動かしているだけですから。今の私は……そうですね、遠くに瞬く星の光みたいなものです。ずっと昔に爆発して消えてしまった星の光が、今、貴方の目に届いているだけの事。ただの残像、ただの幽霊ですよ」 あははと笑うクラシスは姿勢を正し、酒上に向き直る。 「さて……私の事はともかく、そろそろ貴方の事を教えていただけませんか? ここに来れる人間はほとんどいないはずなのでね」
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ま、この辺で。 いつかちゃんと書いたら白月の日誌にでも追加しますんで。 ではでは。
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