→→メインホームページ「T.M.NET」←←

36 先天的な美への感情

「美」に対する感じ方や捉え方って先天的なものじゃないよね。今当たり前ように美しいと言われる人だったり、芸術だったり、自然だったり、それって今現在こんな世の中があるから感じるわけで、後天的なものなわけさ。平安時代の男性には、今で言えばあまりきれいとは言えない女性が「美」の対象としてもてはやされていたわけでしょ?そう考えると、今たまたま「美」がこうである、となるね。それってでも不思議だなぁ。じゃない?だって今きれいだと思う人を見たり、きれいだと思う建物だとか景色だとかを見て覚える感情が、生まれた時代が違ったらなかったかもしれなかったんだ。もちろんそしたら自分を形作る要素も違うから、今の俺がそんな風に思うわけじゃないわけで、そしたら不思議もないっちゃぁないのかもしれないけど、でもやっぱ不思議だ。
思うに時代背景があって、先天的な感情を時代の流れに強引に合わせちゃってるんじゃないかな?もちろん人それぞれ好みがあって、自分の感情に素直になれるのなら、先天的な感情そのままにいられるのかもしれないけど、世間一般で言われるまるで美しくないものを、美しいと感じちゃって、でもそりゃなんかまずそうだな〜って雰囲気が世間的にあるから、それは美しくないんだって自分に言い聞かせてたら、もともとあった自分の美への感覚が変わっちゃう、とかね。
2003年06月07日(土)

VOICE / マッキー

My追加