【三志塾】 塾長yoneの授業日記
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昨日、容態が急変した父方の祖母が、 午前5時に亡くなりました。93歳でした。
私が中学2年生だったとき、 父が45歳という若さで他界しました。
6年一貫の私立中学に通っていましたので、 大黒柱である父が亡くなったことで経済的に苦しくなり、 一時は、私立中学を辞めて、 地元の公立中学へ転入してはどうかとの話もありました。
しかし、母が、
「せっかく試験に合格して入った学校なんだから、辞めたらアカン。 授業料のことは心配しなくていい。高校卒業まで頑張り。」
と言ってくれ、 それからというもの、 私の授業料のために母が外で働いてくれたのです。
母が外へ働きに出ている間、 うちのことや私の世話は、亡くなった祖母がしてくれました。
ちょうど育ち盛りでお腹を空かせて帰ってくる私に、 祖母は毎日食事の準備をしてくれていました。 私が、「夜食が欲しい」と無理を言ったときにも、 嫌な顔ひとつせず、夜遅くまで開いている食堂まで、 時間がかかっても歩いて買いに行ってくれました。
あるとき祖母が私に、 「あんたのお父さん、早よ死んでしもて、あんたに悪いことしたなぁ」 と申し訳なさそうに言ったことがありましたが、 そのときの祖母の顔は今でも忘れられません。
「あんたのお父さん」は、祖母にとっては「自分の息子」です。
その自分の息子を早く死なせてしまったことへの悔しさと同時に、 そのために母や私に迷惑をかけてしまっているという自分への責め。
今考えると、 祖母がなぜ私のわがままを何でも聞いてくれていたのか、 その理由がわかるような気がします。
私が大学生のとき、祖母は叔父さんの家に移ったので、 それからはゆっくりと話す機会が減ってしまいました。
あのとき大変苦労をかけたことへの感謝の気持ちを 祖母にきちんと伝えられないままになってしまったことが 悔やまれてなりません。
過去の今日・・・
2006年11月25日(土) 日本国憲法前文
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