仕事から帰ってくると、ワゴンの上に階下からのいただきもの。 慌ててお礼を言うために階段を下りてみると、 和室の襖が開いていて、中からは義父母の声がする。 『あの〜…』と言おうとして、一瞬声を呑んでしまった。
4cmほどのゴキブリがこちらに向かって走ってくる。義母は気付かない。
『お義母さん、ゴキブリ…!』と言いながら、殺虫剤を探そうとしても 勝手が分からない階下じゃ右往左往するのが精一杯だ。 すぐ傍に義父のスリッパが目に入ったが、これで叩くのも気がひける。 そうこうしているうちに義母が、『どこ?』と襖の辺りを覗き込んで
…いきなりだん!!と踏みつけた。 (ちなみにその時の義母の足元は綿靴下一枚。)
私、硬直。目は義母の足元から離れない。
『見つけたら、すぐやらなきゃダメなのよー。』と笑いながら 踏んだ右足の靴下を脱ぐ。後には伸びたものが一匹。 チラシ一枚でゴキブリを掴もうとすると、 まだ完全に逝去なされておらず再びカサコソ動き始めた。 しかし義母もさるもの、慌てず騒がず掴み取って丸め、 『まだ死んでなかったみたいだけど、これで大丈夫でしょ。』と
両手でむぎゅうとプレスする。
絶対に圧死しているであろう力の入れ方で。
ええと、私何しに来たんだっけ…そうそう、お礼言わなきゃ。 何とかお礼を言って居間に戻っても、先程の光景が焼き付いている。 驚いたまま相方にそのことを話していたら、彼はあまり驚かない。
『だってさ、ゴキブリは噛むとか引っかくとかしないだろ?』 ……そりゃそうだけど、やっぱり気持ち悪いよ。
『俺、子供の頃さぁ、よくゴキブリに 洗剤かけて火ィつけたんだよね。 ねずみ花火みたいに、くるくる回るんだ。』
うげげげげ。
そういえば中学の担任に青森出身の先生がいらして、東京に来るまで ゴキブリを見たことがなかったのだそうだ。 上京後初めてゴキブリを自分の住まいで見つけた時、 珍しいからと暫く飼育していたという話を聞いたことがある。
踏みつけるのも、火をつけるのも、勿論飼育なんてもってのほかだ。
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