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2005年04月11日(月) 第86-87週 2005.3.28-4.11 コンジェスチョン・チャージの値上げ、英国人のセルフ・イメージ

ロンドンも日がのび、暖かくなってきました。夜は八時頃まで明るさが残っています。

(コンジェスチョン・チャージの値上げ)
先日、ロンドンのコンジェスチョン・チャージが値上がりすることが発表されました。今年の7月4日以降、5ポンドから8ポンドに上がるそうです。かねがね噂は聞こえていましたが、最悪の値上げ幅での実現が決まったのは、ロンドナーにとってショッキングなニュースでした。

コンジェスチョン・チャージ(Congestion Charge)とは、混雑税と訳されますが、ロンドン中心部に車を乗り入れる際に課金されるシステムのことです(夜間の時間帯と週末は課金無し)。課金エリア内に車で乗り入れる際には、事前に(あるいは当日までに)市内の指定商店などで5ポンド(1日当たり)を支払うことが義務づけられています(数日分の一括払いやインターネットでの支払も可)。
エリア境界のすべての道路にカメラが設置されており、ナンバーを照合して未払いが発覚すると、運が悪ければ、罰金を上乗せした請求書が送付されてきます(100ポンド!ただし、支払のタイミングによる加減あり)。

コンジェスチョン・チャージ導入の最大の目的は、その名の通り、ロンドン市内の渋滞緩和と公共交通機関の利用促進にあります(課税権限は自治体=ロンドン市にあり)。
03年2月に導入されてから、その効果に関するメディア記事を何度か目にしましたが、渋滞緩和の効果は多とする見方が多いようです(ロンドン交通局自身のレヴューでは、渋滞が30%解消され、交通量が15%減少したらしい)。一方で、エリア内にあるお店への客足が遠のいたなどの負の経済効果も指摘されているようです。
また、コンジェスチョン・チャージによる「収入」は、公共交通システムの改善のために利用されることになっています。しかし、故障などでたびたび止まる悪名高きロンドンの地下鉄が改善されたという話はあまり聞こえてこず、さらには地下鉄も毎年のように値上げされていることから、あの莫大な「収入」は果たして有効に活用されているのか、といった疑問も出されています。

私の場合はバス通勤しているので、渋滞緩和はけっこうなことであり、値上げでそれがさらに進むのであれば歓迎です。ただ、そのことを措いて考えると、比較するのは必ずしも適切ではないと思いますが、首都高の往復料金をも上回っている8ポンド(1600円)という課金は高いなあと思いますし、一回の値上げ率の高さにも驚きます。
今年七月以降、私が自宅から職場まで往復する場合の費用は、車なら8ポンド(所要時間は片道30〜40分)、地下鉄なら4ポンド(同40分)、バスなら2.4ポンド(同50〜60分)ということになります。

(英国人のセルフ・イメージ)
先日、ブラウン蔵相のブリティッシュネス発言に関してご紹介しましたが(3月21日、参照)、最近、同様のテーマ(英国/イングランドのアイデンティティ)を扱ったメディア記事が散見されました。
このような記事が目立っている背景は二つあると考えられます。第一に、総選挙(5月5日の実施が確定)を前にして各党が選挙民の愛国心に訴えたアピールをし始めていること、第二に、イングランドの守護聖人である聖ジョージの日(St. George’s day, 4月23日)が近づいているということです。この時期にイングランド人のアイデンティティを改めて問うのは年中行事のようになっています。スコットランドやウェールズ、アイルランドの守護聖人の日は、それぞれの地方において祝日になっていたり、盛大なイベントがあったりしますが、イングランドの聖ジョージの日だけは、なんの変哲もない普通の日で誰も気にとめません。

まず、フィナンシャル・タイムズ紙の週末版に挟まれてくる雑誌FT magazine(4月2日号)の最終ページにあるコラムでは、”Stale songs and warm ale(陳腐な歌とぬるいエール・ビール)”と題する文章が掲載されました。イングランド人の特徴(アイデンティティ)を考えると、英国特有のぬるいエール・ビールを飲みながら陳腐な歌を大声でうたう姿くらいしか思い浮かばない、という皮肉な意味がこめられたタイトルです。
このコラムで興味深かったのは、イングランド人自身が、諸外国(さらに、おそらくスコットランドやウェールズなど)と違って、イングランド独自の文化を持っていないことを非常に気にしているという点です。

コラムの筆者は、イングランド人に本来備わっている特有の気質(美徳)が控えめな態度であるため、自らの特色を自己顕示的にアピールするような共通の文化が形成されなかったのだと結論づけています。ちょっと開き直り的な感なきにしもあらずと思いますが。
ちなみに、筆者が列挙しているイングランド人の気質は、以下の通りでした。
Understatement(控えめな言葉), dryness(さりげなさ), ironic humour(皮肉をこめたユーモア), tolerance(寛容), coolness under pressure(困難な状況下での冷静), pragmatism(実用主義), humility(謙遜), straight talking(率直な言葉), intolerance of pretentious posturing(これ見よがしの気取った態度に対する嫌悪), a gentle sense of dissent(異論への寛大な感覚), a respect of individual choice(個人の自由の尊重)
これらは、日本でもしばしば指摘される英国人気質ですが、私には本当にそうかどうかは判断つきかねます。ただ、英国人のセルフ・イメージや彼らの価値観を知る上では、参考になるように思いました。

(漂流するイングランド人)
また、エコノミスト誌(4月2日号)には、”British or what?”という記事が掲載されていました。
同誌は、最近、労働党が英国人のアイデンティティの問題を熱心に取り上げる理由が二つあるとしています。一つが、選挙の争点の一つとなっている移民対策の問題、もう一つが、テロの脅威に関連した問題です。
前者は、歴史的に多くの民族が混ざり合ってきたのが英国であるということで移民の増大に対する国民の過剰反応を諫めるねらいがあり、後者については、国民のアイデンティティの欠如が、英国がテロの脅威に直面した際に特定の集団や民族に対する排斥の動きを強める懸念を意識したものです(背景に、911の際の米国は、強い愛国心がムスリム排斥の感情に勝った結果、社会の混乱が緩和された面ありとの見方あり)。

ある学者の見解によると、かつてブリティッシュネス(英国民としての一体感)を構成してきたのは、プロテスタンティズムとフランスへの対抗意識であったけれど、20世紀以降の英国民は宗教心が著しく低下しており、また国際関係も複雑化してフランスだけに対抗意識をもつ時代でもなくなっていることが、ブリティッシュネスの危機につながっていると説明されています。
さらに、ブレア政権以降の地方分権の加速もそのような流れに棹さす要因となっています。2000年前後に、スコットランドやウェールズは独自の議会を復活させ、各地方の人々のご当地意識が急速に育っているようです。他方で独自の議会を持たないイングランド人(the English)に関しては、イングランド人としてのご当地意識が醸成される土壌がありません。イングランドの守護聖人の日だけ全く盛り上がらないことが、これを象徴しています。

確固としたブリティッシュネスもイングリッシュネスも持ち合わせず、漂流するイングランド人が、移民や外国人を排斥するだけの”little English”に堕する懸念を示して、記事は結ばれていました。

(ダブルデッカーはいくらで買える?)
長年、ロンドンの象徴として知られてきた旧型・二階建てバス(通称ダブルデッカーorルートマスター)は今年をもってロンドンの街から姿を消します(04年9月27日、参照)。すでに大方のバスが新型に切り替わっていて、現在は(私が利用する14番や22番を含む)四つの路線しか走っていません。

ガーディアン紙の週末版に挟まれてくる雑誌Weekend(4月9日号)に、いらなくなったダブルデッカーを趣味で購入する人々の記事が出ていました。
ネットオークションで「衝動買い」に走ってしまったおじさんは子供の頃からの大のバス好きだったようです。また、ハリーポッターの映画に登場する赤いダブルデッカーがどうしても欲しくなった高校生の少女は、パーキング・スペースを自分で見つけてきて、親から借金して購入したそうです(週三回のKFCでのバイトで返済しているとのこと)。
彼らが購入した「夢(中古のダブルデッカー)」の代金は、それぞれ違いますが、二〜六千ポンド(40〜120万円)程度でした。

ロンドンの街を疾走するダブルデッカーを見たい方は、今年中にロンドンを訪れる必要があります。お忘れなく。


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