歩くということ - 2006年04月27日(木) 昔の人はよく歩いていたのだろうな。 特に悩み事がある時や願い事がある時には。 巡礼・お遍路・お百度参り・・・ 祈りのために歩く人も多かったのだろう。 歩いた結果、悩みは解決したのだろうか? 願い事は叶ったのだろうか? よく、歩いている時に閃くとか考え事がし易いって話も聞くけれど。 私はどっちかというと、考えたくないから、歩くような気がする。 お散歩は結構毎日続いている。 毎日何ってしていないのだから、お散歩くらい、とも思う。 でも、歩いて何になる?とも思う。 すっかり体力も筋力も落ちちゃって ちょっと歩くだけで疲れ、ちんたらしか歩けなくて こんなじゃとても仕事に復帰できないと思う。 以前職場に50歳近い女の人が配属されて その人の前の職場はあまり歩かなくてもよかったところだったようで 私たちのいるところは歩きまくるグループだったので その人、さぞかし大変だっただろう。 その人は半年で退職してしまったが。 歩くのが大変で退職したわけではないだろうけれど。 何で退職したのか知らないけどさ。 ぼーっと自分のペースでちんたら歩いているだけで疲れてしまう。 世の中の普通の生活している人たちって凄いなぁと感心してしまう。 歩いて何になる?と思う。 でも、歩き出してしまうと、 歩かない生活が不安になって 取り敢えず、歩いている。 歩いているうちに、何か閃くだろうか? 何か考えられるだろうか? 何か吹っ切れるだろうか? 何か変われるのだろうか? -
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