-殻-
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後輩が職場を移るというので、話を聞くと、
驚いたことに僕が出張で毎月行く会社のすぐ近くだった。 腐れ縁というのだろうか。 その後輩は、大学時代に最も激しく僕とやり合った奴で、 それはつまり、お互いに真剣で、認め合っていた戦友だった。 今日はたまたま東京に出張で、奴も同じ学会に来ていた。 まるで学生時代のように、二人で並んで座り、講演を聴いて、 ああでもないこうでもないと議論をする。 周りの人間はさぞ迷惑だったことだろう。 どうせなら泊まりに来い、と誘われ、僕が断る訳がない。 新宿で軽く飲んだ後、小田急で奴の部屋へ向かった。 奴は研究室の同期と結婚し、今は一児の父になっている。 僕等が着いたのはもう22:30くらいだった。 さすがに子供は眠っていたが、懐かしいもう一人の後輩には会えた。 彼女はすっかり母になっていて、それらしい体つきに変わっていた。 後輩と後輩が夫婦で、その生活の場で僕等は酒を飲んだ。 ふすま一枚を隔てて、彼等の息子が寝息を立てている。 過去と現在が交錯する、不思議な空間だった。 僕等はあの頃へ戻ったり、今を語ったり、いろいろな話をした。 夜はすっかり更けて、僕はリビングの隣の小さな部屋へ引っ込み、 彼等は息子が眠る寝室へ去っていった。 彼等の営みがあの小さなヒトガタを作ったのだという事実が、 俄かには僕には認め難かった。 しかしそれは現実で、確かなことなのだ。 違和感と、奇妙な安堵を覚えながら、僕は眠りに落ちた。 INDEX| PAST| NEXT | NEWEST |