-殻-
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驚いたけど、嬉しかった。
扉の向こうで眠っている彼女に聞こえないように、 ずいぶんと気を使って話したけど。 そういえば、あの頃から君は夜中に電話をする癖があったね。 僕が電話を取ると、受話器の向こうから缶ビールを開ける音がする。 ぷしゅ。 「お疲れさま、かんぱーい。」 そうして夜な夜な、電話を挟んで僕らは他愛のない話をした。 忘れかけていた感覚を、すぐに思い出した。 穏やかな、穏やかな時間。 こんな風に話せるなんて、思っていなかった。 僕は許されないと思ってたんだ。 きっと、君は今、幸せなんだろう。 だからこうして、僕に話しかけられるんだ。 僕はそう思うことで、君との距離を保つ。 まさか君が淋しくて電話をしてきたなんて、思っちゃいけない。 僕は君を、捨てたんだよ。 でも、また話がしたい。 臆病な僕は、許されたいんだ。 君にとって、本当は僕が憎しみの対象でしかなくても、 許したフリをしてくれれば、それで僕は救われるんだ。 騙してくれて、ありがとう。 そんな言葉さえも、僕は飲み込む。 全てを、今見えているままに留めるために。 INDEX| PAST| NEXT | NEWEST |