-殻-
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今日は、某市の美術館で行われているモネ展を観に行った。
例の後輩(2月26日の日記参照)が近くの街で働いているので、待ち合わせをした。彼女は遅刻してきた。 遅刻したことにそれほど意味はない。 そんなことはどうでもいい。 大事なのは、僕らがまたこうして面と向かって話をするという事実にある。 不思議なほどわだかまりもなく、自然に時間を共有できるということ、それが大事なのだ。 美術館を観た後、遅めの昼食を取る。 彼女はいつからかタバコを吸うようになっていた。 でもそれも重要なことじゃない。 とりとめもなく話は続く。 喫茶店に場所を移して、たいしてうまくもないコーヒーを啜りながら、やはりとりとめない話をする。 お互いの視点を探りながら、ある時は牽制しながら、でも近づきながら、同じところと違うところを少しずつ摺り合せていく。 その作業の、なんとスリリングで楽しいことか。 はっきりと僕は気付く。 僕には彼女が必要なのだ。 表現することを選んでしまった人間の、ささやかな慰めなのかも知れない。 それでもなお、僕らは求めずにはいられない。 モネが睡蓮の葉の上に置いた、一筋の赤い絵の具のように、彼女の言葉は僕から離れたところで焦点を結び、輝きを増す。 僕がリンゴの上に置くことができなかった、黄色や緑の絵の具のように、彼女の世界は僕の閉じた世界に彩を添える。 光の要素を分解できる、ほんの一握りの天才たち。 僕にとって彼女は、言葉で関係性を分解できる数少ないアーティストなのだ。 軽く酒を飲んだ後、終電ぎりぎりでお互いに家路についた。 きっと、またすぐに会うだろう。 僕には、彼女が必要なのだ。 INDEX| PAST| NEXT | NEWEST |