-殻-

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2002年03月18日(月) 空港

この日記は、この日に空港の中のカフェで、眠い目をこすりながらドーナツをかじりつつ書いたものです。
今読み返してみると、何が言いたいのかよくわからなかったりしますが、それもそのままここに載せることにしました。「その時」発した言葉にあえてこだわろうと思います。これをいずれ、今の自分の立場と視点から再分析してみたいと思っています。


*****
朝8時10分。
JFK空港はまだ閑散としている。

同じ研究室の韓国人の友人にここまで送ってもらって、チェックインしようとしたら、まるでアメリカ最後の置き土産のように「記録がありません」ときた。まあ、そんなことはびっくりするほどの問題じゃない。
さっさとカスタマー・カウンターでクレームをつけ、チケットを手に入れた。こういうことに全く動じなくなっている自分に今更気付く。ちょっとしたことで、自分がこの1年にずいぶんとタフになったような気がする。相変わらず気は弱いつもりだったのだが。

セキュリティは厳しい。この時間は人が少ないせいか、SPがよく目立つ。
まず目つきが違う。私服・制服・MP織り交ぜて結構な人数だ。
銃(ライフル)をハダカで持ち歩いていたりするところはさすが、というべきか。

「見せる」ということは抑止力のひとつになる。もちろん国家権力あってのことだが。

ハーフ&ハーフをたっぷり入れたコーヒーの味にもすっかり馴染んでしまった。ホウルミルクを入れると重い気すらする。

ここ数日マトモに眠っていないのに、妙に目が冴えている。忙しすぎて、疲れすぎて、就職の緊張も手伝って張り詰めているんだろう。日本にもどったら急に脱力してしまいそうで怖い。


しかし、こんな状況になってもまだ、留学期間を終えたという実感がない。近年の僕は現実感を失っているのか、或いは「変わっていくこと」を完全に受け入れたせいなのか、たじろがずに動いていく。

こういう自分が不思議だ。こんなことはできないと思っていた。悲観主義ゆえだ。でも、こうしたことでも僕は悲観に救われている。現実としてそれが起こると、イメージよりも簡単に思えてしまう。そして調子に乗る。だがまだ悲観的だ。変わらない。

おそらく僕は、それで自分を救う術を見つけ、どこかで計算した上で悲観している。本来のリアリスティックな面を、悲観によって逆説的に補強しているのだ。そんな作業が無意識のうちに行われているようだ。我ながら興味深い。


自分という存在は面白い。他人を観察するよりも面白い。
唯一の同時存在性を絶対的に有する存在。観測と発現が同時性を持つ場所。多重存在を認識できるただひとつの空間。実在。実存。エゴとイド。理性と感情。表と裏、内と外、右と左。陰と陽、正と負。

僕という存在は、僕にとっては「矛盾が矛盾なく多重的に存在しうる可能性の海」そのものだ。それを感じることができるのは自分の観測によってのみだ。それをナルシズムと言ったり、エゴイズムと言ったりする人もいるだろうが、根本にある自己中心性は個が信じられる唯一の「不変性」だ。それを無視して関係性を語ることは僕にはできない。

ぼくはただ僕としてここにあり、そこを存在の基盤として僕の認識宇宙は形作られているのだから。実在の根拠は自分だ。だから僕は今日も僕を見つめるのだ。そこから他者を認識するために。


さて、もうすぐ僕はこの国から出なければならない。

この国が僕に与えてくれたものは計り知れない。
いや、この国が、というよりは、外から見た日本というコミュニティが、だろうか。

いずれ僕は、また何かの形でこの国の土を踏むだろう。
その時に、僕は一体何を思うんだろう。


フライトインフォメーションが、僕の乗る飛行機を告げる。




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