ひびたわ。
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2002年03月28日(木) SIDS〜娘が天に召された日 あとがき


〜初めていらしてくださった方へ〜

去る、2/21の夜、3号こと長女が翌日に1歳の誕生日を控えてSIDSでこの世を去りました。

これからしばらく、運命のその日と、その後について綴らせていただきます。

こういうことを詳細に綴るのは、反対の方もいらっしゃるでしょう。


しかし私は、私自身のために、綴らせていただきます。

事実の記憶を封印するでなく、表に出すことで

自分自身が立ち直る、術の一つにしたいと思います。

けしてお涙頂戴のつもりではなく、エゴに近いかもしれませんが。

語ることで、がんばろうとしてるんだと、

温かく見守っていただけるととてもありがたいです。

しかしかなり厳しい記憶ですし、日が浅いので生々しいです。

読むのは辛いという方はどうぞ、ご遠慮くださいませ。

というわけでしばらくの間、エンピツのジャンルは「苦悩・心」にさせていただきます。

3月1日の分からお読みいただけると、嬉しいです。

なお、この日記を読んでくださった方、特に小さな赤ちゃんをお持ちの方に

この日記を読んだことで、SIDSに関して、

過度に不安を抱かれるのは本意ではありません。

現在日本では2000人に一人の発症率、この数字が多いとも少ないとも申せませんが、

この日記をきっかけに、SIDSについて正しい知識と理解を深める

きっかけとしていただければ幸いに存じます。


SIDS家族の会http://www.sids.gr.jp/





『SIDS〜娘が天に召された日』

昨日をもって、一区切りとさせていただきました。


葬儀を終えて大阪に戻ってきて3号のいない現実を

あらためて突きつけられ、頭の中を巡るのは

その悪夢のような数日間の出来事の繰り返しでした。

ビデオテープを再生するような鮮明さで襲う記憶と

3号がいないという喪失感はなんともしがたいものでした。

一人で抱え込んだままで、元気なふりなんてとても出来ない。


私には、自分のサイトという場がありました。

体の中に渦巻く記憶と感情をおもてに出したいと思いました。

同情して欲しいなんて気はさらさらありませんでしたが

とにかく自分自身に出口を作りたかった。


読んでくださる方が、楽に読める代物ではないのを承知で

私は必死で綴りました。

綴るからには、自分で納得の出来るところまで書こう、

だから事実と感情を、素直にそのままに書きました。

書くという作業は、少なからず冷静さが要求される作業です。

ともすると、暴走しそうな感情の歯止めにもなってくれました。

ただ、過剰に感情をこめると書けなくなると思ったので

淡々と、小学校低学年児の作文みたいな文章で(苦笑)




ただのエゴです。

だから、ある程度の覚悟はしたうえで書きました。

こんな事を、詳細に、書くなといわれるかもしれない。

お涙頂戴じゃないといいつつ、結局同情されたいんじゃないのかと

言われるかもしれない。

何を言われてもかまわないと思いました。

だって何を言われようと、3号が亡くなったその事実、

それ以上の辛さも衝撃も受けようがないのですから。



だけど。

1件もこなかったです。今日現在まで、1件も来てません。

最終的には連日100人を超える方が読んでくださっていたようですが、

BBSも、頂くメールも、本当に温かい言葉ばかりでした。

一緒に泣いてるよといってくださる方々、ご自身の辛い経験を

話してくださった方々、どんなに辛くても読むから、最後まで書いてと

励ましてくださった方々。


嬉しかったです。

自分自身のやり場のなさを、吐き出させてもらったようなものなのに、

こんなにも、励まして、支えてくれようとする人たちがいる。

見知らぬ私や3号のために涙してくれる人たちがいる。

ほんとに嬉しかったです。




今回、いろんなことを教えてもらいました。

その中のひとつに、皆つらい思いを抱えて生きているということがあります。

自身の子供を亡くした、という人だけでも、

今回私に聞かせてくださった方は、10人を下りません。

私などより、もっともっと、つらい思いをされている方も

たくさんいらっしゃいます。

今まで、子供が亡くなるというようなことは、正直どこか他人事でした。

SIDSの知識はあっても、我が子に降りかかるなど、

夢にも思ったことはありませんでした。

そういう体験を聞くにつれ、私は日々綴りながら、少々おこがましいことを考えました。

こうやって、詳細に綴ることで読んでくださった方が、

こういうことは全くの他人事ではないのだと、

過剰に恐れることはないけれど、誰にもありうることなのだと、思って下さったら。


そして、今回幅広い年齢層の方が読んでくださったのですが

特に、高校生、大学生くらいの年齢の方が意外に多く読んでくださったようで、

その、若い方たちが、生きるということ、命ということについて

あらためて考えたという意見を下さったこと、とても嬉しく思っています。


なかなか遺族感情は赤裸々に語られることは多くありません。

それは話す側の辛さももちろんありますが聞き手の辛さもまたあるからだと思います。

私とて、現実に誰かと面と向かって、こんな詳細な話は出来ません。
(せいぜい親がいいところでしょうか)

この、Webというツール、表現の場が与えられたことにも感謝したいと思います。


はじめは、特別な形で残すつもりはなかったのですが

隠すことでも、忘れることでもないので

新しいコンテンツにするなりして残したいと思います。





そして何よりも、閲覧は全くの自由でありながら

この厳しい内容の手記を読んでくださった皆様に心からお礼申し上げます。

全部読んでくださった方、一部なりと読んでくださった方、

メールをくださった方、BBSにお言葉を下さった方、

ご自身のWeb日記等で、この日記への思いを綴ってくださった方、

リンクを張ってくださった方、

押しにくい位置の、デフォルトのままの投票ボタンを押してくださった方、

本当に、本当に、ありがとうございました。

どれほど皆さんに励まされ、支えていただいたか判りません。



よく、心無い言葉をかけられたといった遺族の言葉を聞きますが

私は親類、友人などもそうですが、医療関係者、警察関係者、葬儀社の方など

見知らぬ方にも本当に暖かく接していただきました。

(もちろん少しの例外はありますけど(苦笑))

そしてネットの皆さんにも本当に温かい言葉を頂きました。


私も3号も、幸せだと思います。

恵まれてるなと思います。

虚勢ではなく、そう思えます。

人は一人では生きられませんね。

そして人生に、無意味なことはありませんね。

それが喜ばしいことであれ、今回のように、身を切るばかりの辛いことであれ、

けして無駄ではないと思います。

無駄にはしたくないと思います。




明日から、ひびたわ。は、3号が亡くなる前のような

基本的にばかばかしい(?)日記、雑記に戻る予定です。

もともと、自分自身、日記くらい笑えるようなくだらないのを

力抜いて書きたいなと始めたひびたわ。です。
(以前の日記はもっと愚痴っぽかったので)

その姿勢は今後も変わらずいきたいと思っています。

こんな状態でそんなばかばかしいのが書けるのかといわれそうですが、

まあ何事もやってみませんと。

多少なりと落ち着いてはきたので少しづつ遺品なども整理しなくてはなりません。

だから今度は逆に、日記くらいは笑えたらいいなと思います。

無理せず、時には3号を偲んでしんみりするかもしれませんが、

明日からはエンピツジャンルは日常/生活に戻します。

気が向いたら、今後も覗いてくださると、とても嬉しいです。



本編ばかりかあとがきまで長くてごめんなさい。

本当に、ありがとうございました。

これからも、どうぞ宜しくお願いします。



最後に、世界中の子供達が、健やかに育ってくれますように。


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