散書
DiaryINDEXpastwill


2007年11月21日(水) 人間関係を面倒臭がっている俺がいる

ような、気がしてきた。


なにも用がなければ人と連絡を取らない、って、そういうことかなあ、とか。雑談を用件と見なすことに抵抗を感じて仕方がない俺。
なんで急にそんなことを思いついたのか。
ここ数日、トリックスターで、そろそろガチャやっておかないと、チビセフィーラがいつ流れるかわからんな、などという強迫観念めいた焦燥に囚われてきていたので、ガチャドリルやったのですよ。取り敢えずは、10+1を2セット買って。
そして、見事、ガチャコイン20枚でチビセフィーラ引き当てましたやっほう。
という喜びを、電話でトリックスター仲間とでもいうか、まあ人に伝えようかと思ったわけですけど。
それだけのことで電話かけるのもなんかなあ。相手も仕事持ってる身だしなあ。と考えると、ケータイに伸ばしかけた手が思わず引っ込んでしまいました。
果たして、雑談は電話をかけるほどの用件たりえるのか。
そもそも、昔つき合いのあった友人たちと縁がぷつっと途切れたのも、その辺なんですよね。向こうはゲームの話だとかその日の体験だとか別にそのときでなくてもいい用で電話してくるのに、こっちからはそういう電話なんてかけたことないし。
先方にも生活のリズムとか仕事なり用事なりがあって、と思うと、どうしても電話するのに躊躇うんですよね。そういう俺にとって、メールというものの普及は、大袈裟に言えば救世主の登場だったわけです。そのときすぐに確認せず、手が空いたときに見ることができる。そうやってメールで電話かけてもいいときに返信一本打っとくれ、と書いておけば、返信があったときに安心して電話をかけられる。
実はこういうことを、公開していた(未完のまま中断中の)小説「水のゆくえ」で、主人公の一人、雫が、作中でしていたりします。で、雫がそういう不必要なんじゃないかってくらいに電話に慎重になってるのに、雫の友人は、そういうところになんら頓着している様子もなく電話をかけてくる。という、俺の実体験に基づいたシーンがあったりしました。
電話って、用事があって取れないときにかかってくると、切れるのを待つしかないのが相手に対して申し訳ないんですよね。そんなわけで、俺はメール信奉者と言えるかもしれません。
実際、世間的にはどうなんでしょうね。電話。相手の行動に無理矢理割り込むという、まるで電話をかけることが悪逆の行為であるかのような言い回しもできてしまいますけど。俺が神経質なだけなんでしょうか。
これ、一生の課題になるんじゃないかな、などと、自分で思っていたりします。

でも、どう考えても電車やバスで電話をかける、電話を取る行為はマナー違反だよな。

というわけで、龍がLv.140に達するのが待ち遠しくなりました、と。


この頃、冬に向けて脂肪を蓄えようとでもしているのか摂食量が増えているのが気になる。
やすやすと脂肪が増える体質でもないのにな。俺。


休日は家から一歩も出ない生活が、記憶にある限りで1ヶ月続きました。


詩螺時依 |HOME PAGE