友とは何か。愛とは何か。

MAD TIGERの
のも ...
〜〜  ヲ タ ク の 魂 1 0 0 ま で  〜〜


2006年10月06日(金) OEDO!

こんにちわ!オラマッド!


んで、近況だが、自分、販売士検定とか受けてやんの。
ロクに勉強もせずに向かった結果、惨敗ですよ。あー、ナメてましたとも。
計算式では、出た結果がマークシートのマスの欄(5マスくらいを塗りつぶす)に
全く及ばない遥かな数値が打ち出され、もう混乱ですよ。
なんだこのマークシートは。升目が足らんじゃないか。←自分のせいだろ

つーことでね、まぁそれは忘れようとおもいます。結果は出てないけど、出たようなもんだ。あっはっは!


で、その試験1時ごろ終わって、直後に図書館に直行。
図書館で江戸時代の文献や資料を調べまくる。
万年筆を片手に、ノートに書き写して、資料のコピーをとる。
図書館を出たのが19:30。かるく6時間半図書館に居座ったわけだ。
時間が経つのが全く以って早かった。
もっともっと調べる気力はあったんだがなぁ。
コピーが総数68枚。家に帰り、一つ一つに資料の名前と出版社・編集者の名前を書き入れて
分類ごとにまとめる。
なんつーか、今更自分のコダワリっぷりに恐ろしさを感じるわい・・・。
夏目漱石や、その作品が好きになっただけで、作品の舞台におしかけるし。
江戸時代の小説を書こうと思ったら、とことんまで調べないと気がすまない。
自分の調べが甘いせいで、実際書いたらそれなりに可笑しな事になってくるかとは思うけども、
できるだけ時代や時代背景、文化に忠実でありたいと思っている。


そうだ、そんな中、大量の本を購入した。
読んでない本が大量に積みあがっている。あーあ!!
地元の古本屋に行ったら、「夏目漱石全集」というのがあって、全館15巻あるんやけども
一冊の厚みが3.5cmくらいある辞書なみのやつで、それが12巻まで揃ってたから、大人買いした。
夏目漱石のは文庫は持ってるけど、全集には、漱石の日記やら、考察やら、自分の作品に対する感想やらが
書いてあって、もう読むしかなかろうもん、と。
あとは「作家になりたければ漱石を読め!」という本を古本屋で購入。
別に作家になりたいわけではないんだが、その本がまた夏目漱石の作品や傾向をマニアックに分析していて、
読みたくてたまらんくなって買った。
あとは江戸の資料。「武士はなぜ人を切れるのか。」「幕末Q&A」みたいなやつ。
まだ大量に読んでない小説とか、「夏目漱石はどんな英語教師だったのか」
みたいなのがあるんだけども、面倒なので股今度書く。

で、その夏目漱石全集を小雨の降る日に大人買いしたから、持って帰るのが大変で、できるなら迎えにきてくれんかなーと
甘えた感情丸出しで親に電話かけて、大分待ったら母親が出たわけですよ。
そしたら、「残念ですけどお酒がはいってますので、気をつけて帰ってきてネ☆」
といわれたので、すごすごと引き下がり、気をつけて家路を歩くこと数分。
家に到着すると同時に、母親が電話で喋っているらしい声が聞こえ、彼女が片手に受話器(子機)を持ったまま
パタパタと廊下にでてきて、「おかえりなさい〜・・キャー!なにその荷物!」とぶったまげている。
電話口の相手に「すごくたくさん持って帰ってきてるのよ!」と訴えている。
電話を切ると、「静岡のおばさんがね、TIGERちゃん凄いわねって言ってたわよ!」といわれる。
「最近の子はそういう文学にあまり親しんでないから、自分を表現するのが下手なんですって!」
と大興奮している。大興奮するようなことか???
自分にとっちゃ、読んで当たり前のことで、読まない人がいるほうがビックリなんですけど。←嘘です。言いすぎた。
なにより、静岡のおばさんの娘達がそういうのを読まないのにびっくり。
あの人たちこそ、大量の純文学を読んでそうなんやけどなぁ。




でもなんか、自分が最近理屈っぽくなったと、自分で感じることがある。




若者言葉で「マジウケるー」というのがあるが、あれがとても嫌いだ。
おそらく関西では使われていないと思う。関東での文化ではなかろうか。
以前にも「ウケる」といって笑われるのが不快だと書いたことがあるが、
それに関してさらに深く考察してみたので、今回はそれを理屈っぽく述べたい。


関西で、面白いものを見た・聞いた時など「むっちゃおもろい!!」などである。
腹をかかえて、相手を指差して、ヒィヒィ言いながら「むっちゃおもろい!」だ。
「ほんまにおもろい!」というのは、本当におもしろいものに対して
「ほんまに」をつける必要がないからか、あまり聞かない。
(楽しさは体全身と、破顔で表現するべきものだ。)
関東の若者言葉「マジうけるー」は明らかにそんな場合には使われていない。
多少の微笑や、むしろ嘲りを交えて「なにそれーマジうけんだけど」というのが常である。
腹をかかえて、相手を指差して、ヒィヒィいいながら「マジうける――!!」というのがいたら見てみたい。
その違和感はどこから来るのかを、1人悶々と考えてみたら、結果が出たのでここで披露することにする。

まず、「むっちゃおもろい」を分解すると
「むっちゃ=とても」「おもろい=おもしろい」に分かれる。
「とても」は副詞で、「おもしろい(形容詞)」を強調するためにつかわれている。

そして「マジうけるー」を分解すると
「マジ=本当に」「ウケる=うける」「―=―」
という、最終的には無の境地に達したような顔文字になってしまうというミラクルだ。
違う、問題はそこじゃないな。
「本当に」は副詞で、「うける(形容詞)」を強調するためにつくのだが、
この『うける』が曲者だ。

『うける』は、聞き手側が発するべき言葉ではない。

「うける」の使用例には「客にうける」と書いてある。
この視点はあくまでも、芸人側だ。またその側の立場の人間の言葉である。
「今日は客にうけた」「今日は客にうけなかった」
というのが本来の正しい使い方だ。
「いまの話は、私に本当にうけた」というのは誤用と言えよう。
「いまの話は、私をおもしろい気分にさせた」というのが正しい使い方だ。
それは関西での「むっちゃおもろい!(それはとてもおもしろい!)」に繋がってくる。



この、「マジうけるー」のおこがましい芸人側からのセリフを自分は許すことができない。
芸人よ、今こそ立ち上がれ!!
この節度を弁えぬ若年者どもに、体を以って教育するのだ!!!


・・・とまぁ、こう真面目くさって書いてる自分がマジうけんですけどー☆




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