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■ 死の宣告ですか?
弟が 「事実を本人に話してみようと思う事がある」と言う 本人は何ヶ月か先に今の苦しみ、痛みから解放されて 退院できる日がくると信じている Hは会社を経営している また仕事をする日がやってくる事を信じている だからこそ 「どんなに辛い治療でも耐える」と言っているのだ
弟の言った事を何度も心の中で言ってみる 全てを伝えた時Hはひどく落胆するだろう しかし『死に方』『死に場所』を選択できるかもしれない 退院できると思っているからこそ今の治療に耐えてる 事実を知らせないまま(余命) 今の治療を続けている事の方が 酷な事の様に思えてきた
がん告知の後 「Hの望む治療方法でいいのよ」と話した事がある 確かに抗がん剤を投与する事をHは望んだ しかし、そこには 「桜の咲く季節までは無理でしょう」 との医師の言葉は伝えていない それを知ってもHは今の治療方法を望むだろうか?
もう抗がん剤も第2クールが始まった 確かに本人の意志だ しかし、そこには隠された事実がある
覚悟とは裏腹に奇跡を信じながらも 今一度、考える時が来た
2002年02月13日(水)
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