つらつら日記

所要時間

私は待つ
来るのを


そう ただ 待つだけ


探しに行っても見つけられない
作り出すこともできない



ただ待つしかないの


その所要時間は・・・・・・










今朝、学校に着いたとたんに
チャリが壊れました。
前輪のブレーキを固定していたネジが外れたのですが・・・・・
もう 直って 
帰りは無事に乗って帰ったけど


ちょっと(いや かなり)びっくりした。


まぁ 古いんですけどね
私の自転車。
だって お父さんが学生だった頃のを
ある程度メンテして 
↑いつやったんだろうね。このメンテ。少なくとも私の記憶には無い時代(爆)
乗っているわけなのですが


せめて 後2年は無事でいてね?
タイヤのパンクとか ねじが外れるとか←場所によるけど
自転車屋さんとか 私とかが
ちょっといじって直るぐらいなら
直すよ
だから 後2年。
私が 高校を卒業するまで・・・・・





今週は寝不足気味
全て 自業自得なんですけど・・・・・


この疲れた週の締めくくり
というか 日曜日だからすでに来週の話になるのか?
まぁ どっちでもいいや←おい


そう 日曜日
タッチ(昔の日記参照)の試合があるのです。


いや 試合自体は良いんですよ
タッチだって 好きでやってるんだから


でも 枚方に7時代・・・・・
に 着くには 私は家を6時20分代とかに出なきゃいけなくて
あう・・・・・(汗)


『なんで 休日の方が平日よりハヤイの・・・・・?』


って ちょっとむかついた(笑)


そして ちゃんと起きれるかが不安(爆)










親がいない生活
友達は「いいなぁ」って言う


確かに気楽だよ


でも 一緒に暮らしてたら
今まで見えなかった部分も見えているかもしれない




最近親が苦手


信じられないわけじゃない
むしろ 信頼してるし
尊敬もしてる


でも・・・・・


なんだか 距離ができてきている


もしかしたら これは「親離れ」みたいなもので
必要なことなのかもしれない


けど どんどん両親が「他人」に近く感じるようになってきて


別に「イヤだ」とまでは言わない
だって 結局「他人」だということには変わりは無いわけだし


私の考え方とか モノの見方とか
そういうの 理解してくれてるあたり
「やっぱり 親だなぁ・・・」
って 思うけどね


「距離」ができたというか
なんだか 
「両親の知っている私」と「私が知っている私」
の間にギャップが生じている気がする








私は13歳で親元を離れた。
これって はやいのかな?
中2で寮生活。


他の国(例えばイギリスとか)では珍しくないことかもしれないし
全寮制の学校とか行ってる人たちにしてみたら
普通なのかもしれないけど


私の周りでは「はやいほう」だった


その頃の私は
ある程度勉強もできてた
(と思う。もうすでに数学は壊滅状態だったけど(爆))


それに 結構(いや かなり)学費の高い学校に
行かせてもらってたから。私の希望で。
だから やっぱり成績とかで落ち込ませたくなかった(と思ってたと思う(爆))


けど この頃から違和感が生まれてた


長期休暇(春休みとか)は寮が閉まっちゃうってのもあって
私は実家に帰ってた。
それ以外でも 月に1回帰ってた。


実家に帰ると その頃は
両親と妹と祖父母がいた。


実家に帰っても
私には居場所が無かった


もともと 子供部屋が1つしかなくて
妹と2人で使ってた部屋


私が居なくなって
私のものは襖の奥にしまわれて
妹のもが溢れていた。


そんな部屋でくつろぐこともできなくて
でも 2階にある部屋も
台所もリビングも座敷も
私の家なのに
私の居場所じゃなかった


だから 寮の部屋に帰るとほっとしてた
『あぁ また学校かぁ』っては思ったけどね(笑)


その頃からあまり「真実」をありのまま
伝えなくなった。


学校のことや友達のこと 色々聞かれたけど 
適当にごまかしてた気がする。
まぁ モノによっては私から話したりもしたけど


学校の大きなイヴェントのこととか
先生の面白い話しとかは話してた
こういう表面的なもの
でも 私がそれについて どう思ったかとかは言わなかった。
親も聞かなかったから
私も話さなかった。




小さい頃はなんでも話していたのに
たぶん その頃から話さなくなった
今も全てを話すことなんてできないし
したいとも思わない


包み隠さず話したところで
この距離や違和感を拭い去ることはできないと思うから


だからかもしれないけど
両親は「あの頃の私」をただ延長したところに
「今の私」が居ると思っているのかもしれない。


でも 私はそんなところには居ないから
だから そのギャップに私は違和感を感じるのかもしれない

















手に入らないとわかっているのに
どうして 私は捜し求めるのでしょう?
どうして・・・・・・?


以前と同じように振舞う
私もあなたも


けれど 以前のようにはいかないの


そう感じているのは私だけかしら?


ねぇ 私を拒否しないの?





ステナイデ


ハイキシテ


キョゼツシテ


ウケイレテ・・・・・・・













季節は変わるけど
この想いは変わらなくて


季節は巡るけど
この気持ちは孵ってくれない


これを何度繰り返すのでしょうね


この愚かな「私」と言う生き物は




「可愛い女よりも想いを寄せてくれる女に男は弱いんだぜ」



だったら まだ想っていてもいいのかな?








上の言葉この方の日記にあったものです。
(文中リンクさせていただきました。ありがとうございます)







この リンクはらせてもらった方
文がとても素敵です。


私の印象は
『強く儚い人』(けっしてCoccoではなく)


私は大切な人を失ったことが無いから
わからないけど
この方はそれを文に書いて
きちんと表現できてる。


すごいなぁ 


って 素直に思える文を書いてらっしゃいます。















ふと気がつくと
梅の花と水仙の花が
通学路とか色んなところに咲いてた


なんで 今まで気がつかなかったんだろう?









春が来て
花が咲いて
夏が来て
葉を茂らせ
秋が来て
実をむすび
冬が来て
眠りにつく


草木はそうやって 
もう 何千年も生きてきたんだろう


そんななかで
ちっぽけな
たった16年ぐらいしか生きていない
私は思う


『どうして?』


何に対しての疑問なんだろう?
わからないけど


色々なモノに対しての疑問だったの















雪華






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今日 Whoismyに久しぶりに行ったら←頻繁に行けよ
登録してくれてる人が増えてました♪
ありがとうっ(>v<)
少しずつ紹介していけたらなぁと思います。


2002年02月21日(木)

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