やくめ - 2004年02月05日(木) ヒトにもその他の生き物にもこの世に存在する全てに 各々の役目が振り分けられた或は授かった役割がある と思っている その役目に気がつかずに終わってしまうこともあり 気付いても自身で気に入らなかったりすることもあり 気付かないうちにこつこつと積み上げていることも あるかもしれない なんでそんなことを思ったかといえば 今回の一件(年末の公での件や年明け私事の件でも) どうも自身の役割を知らない或は知ろうとしない もっと云えば知っていてもそれをそれと認めたくない そんな方々が周囲に多く存在したので起こってしまった と思えるからだ 物事を大まかに捉えてヒトを動かして成し遂げることと 誰かに指図されながら自身の義務をきっちり遂行すること との間には役割の或は立場の違いはあっても その責務の重要さ(本当の意味でヒトとしての)には 決して大きな違いは無いはずなのに なんでそんな簡単なことを理解して貰えないのだろう どっちがより偉いとか上とか下とか そういう下世話なくだらないことではなくって 我々此の世に存在する全てのモノにヒトには 予め誰かが(いずれにせよ人知を越えるモノ)その役目 を各々にあった役目を与えてくれているのだと思う ###此れをきっつい言い方しますと ・ヒトには使うヒトと使われるヒトのふたつに分けられる。 ・使うヒトには全体が見渡せ物事の筋道が見通せる。 ・使われるヒトにはそういうものは見えているつもりで 実は全然見えていない。 ・にもかかわらず見えているつもりで行動してしまう。 ・だから何かがいざ起こったときに対処出来ない。 ・そして対処出来ない自分を自分と認められない。 ・助けを呼ぶだけの力量があればまだ良し。 ・無ければとんでもないことを引き起こすまで気付かない 或は起こってもそれがなにを意味するのかさえ理解不能。 ・従って己がどういうモノであるかを知ることは誠に重要。 ・例え知ることが苦痛であったとしても。だ。 ・怠ってはいけない。自分の為に誰かの為に自分の役目を知る ことを。 ########やはりきっついですか??? ...
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