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| 2003年08月26日(火) |
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今日は大学へ。 といっても、行かなければならない用事があったわけではない。目的はあった。
次に勉強しようと思っていた本を開く。 二日前の日記で書いていたトピックのほうを優先して勉強するか迷ったのだが、 まずは当初予定していた分を終わらせることにした。 「終わらせる」という言葉の定義が、難しいけれど。 とりあえず本を一通り読んだら終わりなのか、 何も参考にせずともその本の内容を自分で展開できたら終わりなのか、など。
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道が一本あれば、行く手は自然にその一つに決まる。選択する機会が失われる。その不自由さに、人は安堵して、歩み続けるだろう。立ち尽くすよりも歩く方が楽だからだ。そして、その歩かされている営みを「意志」だと思い込み、その楽さ加減を、「幸せ」だと錯覚する。 (森博嗣『恋恋蓮歩の演習』)
二本のレールがずっと続いている。線路の上をただ走り続ける。眠くなるような安心がそこにはあるけれど、窓から見える景色のすべてに、触れることができない。その不自由さを感じない人は、風景を眺めるだけで満足できるだろう。 (森博嗣『議論の余地しかない』)
一言でいえば、「自由からの逃走」だ。そういう邦題の翻訳書がある。 読んだことはないが、このタイトルを見たときはインパクトがあった。 短いフレーズで、的確に、それに関する事柄の本質をついていたからだ。
選択肢を自ら捨て去るべきではない。 選択する機会を積極的に利用したほうが、 楽ではないかもしれないが楽しい。 これは経験則だ。(100%ではない)
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