|
|
2004年03月06日(土) ■ |
|
白い巨塔 |
|
法廷で有利に証言してくれた船尾教授を酒席でもてなしながら、
「癌センターで協力してもらおうね。財前教授」と鵜飼教授
「いえ、いえ、私はそんなつもりでは・・・」と船尾教授
こういう会話がなされてること事態が”見返りを望んでる”ですよね。暗黙の了解!
こういうまわりくどい、会話があちこちの料亭で、トップクラスの方々によって
やってそうに思ってしまう私って、多分いけない女かしらね!!
「法廷にたったお父さまは、とてもご立派でした」東教授親子の会話。
関西弁のひびきって、きつい事を言ってそうでも冷たいするどさ?が感じないのね。
そこが関西弁のよさと思えるけど、親子の会話で標準語って、ぬくもりが伝わらないとは思いませんか。
まぁー上流社会?ではこういう会話が普通なんでしょうね。
”標準語が日常会話の家庭” 私の中ではあって欲しくない世界ですね。(笑い)
一番心に残ったのは池内淳子の
「十年以上も顔をあわせてないのに、立派でなくとも元気な顔を見れたらいいのだけどね」
そうですね。子育ての段階では”立派な子に・・トップにたてる子に・・自慢できる子に・・”
なんて親らしい気持ちかも知れませんが、えてして、田舎に住んでたとしたら、
出世できた子供を持つ親ほど寂しさを感じます。
池内淳子ではありませんが、息子が”逆玉”なんてになろうものなら、西田敏行みたいに
口出し、手出しする親がそばにどっかりと居座ってる事は、充分ありの世界ですから、
益々寂しさはつのります。
親にとって子供は”そこそこ”が一番です。それも年老いたらわかります。
我が家は?・・・自慢の息子に自慢の娘がいます。だってぇー私の子供ですから!!(笑い)
|
|